ある会社でのことです。
もうすでに、退職していて、他支社に再就職が決まっている人が、わざわざ私の面談に来ると言うのです。
仮に、その人をAさんとでもしておきましょう。
Aさんは、以前「うつ状態」と診断されて、しばらく仕事を休んでいた時期があります。
そこそこの職責にある人でもあって、会社としてはその職責に見合う仕事ぶりを期待していたのですが、思い切って言ってしまえば、「うつ状態」であることを盾に、職責通りの仕事はしないけど、職責は下りないという態度で、会社の幹部はかなり手を焼いていたのです。
もちろん、本人にはそんなこと言いませんし、私も何度も面談しましたが、あくまでAさんの不平不満に積極的に耳を傾けるという面談が延々と続いた人でした。
だから、正直なところ、退職されてほっとしたんです。
ところが…
面談時にAさんに示した「理解」の部分を真に受けて、私が「ほっとしている」ことなど露ほども気づいておられないことがわかりました。
つまり、その後も、時々私の産業医としての時間を平気で割くことに何の躊躇もなく、ただ現在の自分の境遇や不満、あるいは自慢話をしに来るようになったのでした。
話が終わるたびに、「どうぞお気遣いなく。」とやんわりお断りするのだけれど、その「お気遣いなく」が、「遠慮」ととられて、かといって「もう来ないでくれ」というのは大人げなく、対応に苦慮しておりました。
先日見えた時、たまたま私が疲れていたこともあって、「歓迎されざる客」をもてなすのに、少々エネルギー不足の状態でした。
「先生、今日はお疲れのようですね。聞くところによると、(わが社で)残業なさっているとか。ほどほどになさったほうがいいですよ。」
返す言葉がなく、いつもよりもやもやとした滑り出し。
面談を段取りしてくれた事務方が、この面談がエンドレスにならないよう後ろに一人、別の面談を組んでくれていました。
そのことを知っていたのか、
「なんなら、私、しばらくそのへんで時間つぶしてますから、その方の面談先になさいますか。」
ときたのです。
疲れた顔の私に向かって、仕事をほどほどにしろとさっき言ったばっかりのその口で、自分の面談は時間を気にせずやっちまえってえことなのか? と、思わず口汚い言葉が頭に浮かび、ひきつった作り笑いを浮かべて、
「あ、いや、大丈夫ですよ。」
とわけのわからない反応をしてしまいました。
ああ… その後、小一時間みっちり、しゃべりたいだけ自慢話をして帰って行ったAさん。
もう来るなよ、と、私の頭の中はさらに口汚い言葉で充満していました。
それでも、Aさんはまた、来るのでしょう。
KYな人。
うつ病になる人は、一般的に自分の力の無さを憂い、自責の念に駆られると言いますが、たまにこういう人がいます。
誰かのせいで、なった「うつ」。だから自分は好きなようにやらせてもらいますよ、という人。
本当は、そのKYさ加減が周りから自分を浮いた存在にし、うつ状態になる原因を作っていることがわからない。
本当の治療は、そういうKYなところを気づかせてあげることなんだとわかってはいるけれど、指摘したところで本人は、「うつがひどくなった。」と反発するんでしょうし。
最近は、こういう人のおかげで、一旦緩み過ぎた「うつ」に対する偏見が、反動のようにまた偏見に満ちるようになって、本当に助けてあげなければならない「うつ病」の人が、助けてあげられにくくなってきている気がします。
本当の「うつ」とそうでない「うつ」、ちゃんと仕分けて治療しないと、いずれ社会は大変なことになる…
私は、最近そんなふうに思っています。
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