日曜日、テレビ朝日系で放送されていた生番組、「サンデープロジェクト」が最終回でした。
昔の映像が流れた時は、田原総一朗氏やジャーナリストの高野孟氏が、髪は黒々しているし若いというのが印象的で、まあ20年以上もやってれば、歳もとるわなあと思いました。
田原総一朗氏は、番組が終わることを残念がっていましたが、私は、「テレビの限界」を感じていたので、そろそろやめて正解だと思います。
テレビの限界…
いくら本音で討論っていったって――実際最終回の出だしで「今日は放送コードは無視する」などと挑発的なことを言っていた田原氏でしたが、放送コードにひっかかるようなギリギリトークなんてなかったですし――テレビは、スポンサーの顔色をいつも見ていないといけないし、視聴率が上がらなければ、大衆受けするようなことをやってみたりします。
何より、テレビは時間の制約がありすぎて、こういう討論番組は常に「消化不良」の状態でした。
それと、政治家はテレビ慣れする必要がどこまであるのかなあという疑問もすごく持ちました。
選挙が近くなると、テレビにいそいそと出てきて顔を売ってるんじゃないかと思えるような政治家もいるし、かといってそう言う政治家がちゃんと仕事しているとは限りませんし。
むしろ、テレビに出てきていないけど立派な仕事している政治家の方が多いんじゃないでしょうか。
うまくテレビを利用した「小泉純一郎」は、国のために何をしたんでしょうか。
今は次男が後をついで、相変わらずテレビは次男を追いかけているけど、小泉ジュニアが政治家として何をしたかって、私は知りません。
まあ、サンプロが小泉進次郎を取り上げることは、さすがにしませんでしたが。
テレビ受けする論客が国のために汗をかいているとは限らない、ということは、見る側も忘れてはいけないと思うのです。
私は、テレビが流さない情報にも常に気をつけておく必要があると思っています。
「もっともらしい」情報、たとえばテレビで取り上げられる「数字」「統計」などは、それがどこから出てきた数字で、本当にその場で言われているような解釈しかできないのか、について注意を払う必要があるのではないでしょうか。
たとえば、「40パーセント」は多いか少ないか。
半分以下だから少ないのか、半分近いから多いのか。
こんなことだって、結局解釈によってどうにでも誘導できるものかもしれません。
まあ、最後の放送で自画自賛するのは勝手だけれど、「テレビジャーナリズムの限界と未来」ぐらいのテーマで、それこそ一度は自己批判もしてもらいたかった、と思います。
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