私は「君が代」という曲が、結構好きでした。
曲調が厳かだし、歌詞が日本の和歌から取られているからです。
古今和歌集におさめられている、詠み人知らずの歌…
小学生の時だったか、中学生の時だったか…
学校で、「君が代」の歌詞の意味について教わったことがありました。
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
「君が代」の「君」とは「あなた」のことで、
あなたの命が永遠に続きますように、
転がっていく石に苔がむすように。
そんな、恋の歌だと教わったんです。
歌うときは、「さざれ、石の」と息継ぎをしてはいけない、
「さざれ石の」を一気に歌いなさい、
と教わりました。
それ以来、この歌は恋の歌だと思って、ずっと歌ってきました。
ところが、です。
昨日の朝日ニュースター「ニュースの真相」で、京都産業大学の所功(ところ いさお)教授の解説では、1990年に「国旗及び国歌に関する法律」が制定された時、「君が代」が法的に日本の国家と決められたわけですが、「君が代」の「君」とは、国民の総意である「天皇(君主)」であるとされているとのことでした。
これは私にとって大変なショックでした。
別に天皇のことが嫌いと言うわけではありません。
しかしながら…
私自身は、君が代を歌う時、天皇を思い浮かべて歌っているわけではありませんでした。
あの法律が国会で議論されている時、学校で国旗の掲揚や国歌斉唱の際の起立を義務付けるかどうかについて、やんややんやの大騒ぎとなったことは覚えていますが、かつて学校の先生から教わった「君が代」の意味まで、決められてしまったとは知りませんでした。
もうすぐ、冬のオリンピックが始まります。
その時、日本の選手が金メダルを取れば、必ず流れる「君が代」。
演奏される国歌に歌詞は入っていませんが、勝利に酔う選手や観客が、「君が代」を口ずさむ光景はよく見ます。
その時、みんな天皇のことを思い浮かべて歌うのでしょうか?
なんか、とても、いやなかんじがします。
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「君が代」問題は丁度バブルが頂点からはじける分岐点の頃でよく覚えています。私は歌詞を変えるべきと主張していましたが、友人の学者(或る大学で国際関係学の教授をしています)によると「これが自民党の保守の本質だよ」と言われました。ですから靖国神社へ天皇が参拝するのを願っているのです。天皇が嫌いでは有りませんが、世界では国家元首とされているところに何か引っかかる所が有ります。
この部分が有るので我が国では大統領制は不可能なのです。憲法では国民主権を謳っていながら、天皇が元首なのです。民主主義国家ではなく君主国家なのです。おかしいですね。
「国中平らかに安らけく」と祈られるそうです。
今年も元日未明から、天皇はずっと国家国民の安寧を祈られ、それはご高齢でなくとも肉体的に厳しいものだと聞きます。
私のような俗人は主に自分や家族のため、私利私欲で祈りますが、天皇はひたすらに日本や世界の平和を、私を超えた立場で祈られます。
このような皇室(王室)が世界のどこに存在するでしょうか。
私はそのような天皇が存在する日本は素晴らしい国だと思います。実際、海外に行くと日本の良さが身にしみます。
「君が代」の「君」が愛しい人であっても、また天皇のことであっても、私どちらも素晴らしいと思います。
大御宝(国民)の安寧を祈って下さる天皇に対して、感謝の気持ちとして「命が永遠に続きますように」と歌うことは、これもまた素晴らしいことだと私は思います。
ほんとに、同じ番組をご覧になっているんですね。
政権が代わって、今まであまり意識していなかったようなことが話題になるようになって、私自身も自分で調べてみるようになりました。
国民ひとりひとりが、「あたりまえ」が本当に当たり前なのか、今一度考えてみる必要があるように思います。
その時に、何を情報源にするかは、とても大事ですね。
当ブログにお立ち寄りいただきありがとうございます。
国民すべての安全、安寧を祈る天皇という人を思いながら歌うということは、それはそれでいいと思います。
私が問題としたいのは、法律で「君が代でいうところの君とは天皇のことである」と決めてしまったことです。
そのことで、私自身は、君が代を歌うことに、今までのような無邪気な気持ちを抱けなくなってしまうからです。
いにしえの無名の人が愛する人のことをよんだ歌が、日本の国家であることが、とても素朴で素敵なことと思っていたものですから…
不勉強の故かも知れませんが、「国旗及び国歌に関する法律」の条文中、「君」を天皇であると定めた個所を探したのですが、見当たりませんでした。
大変お手数ですが、宜しければご指摘いただけませんでしょうか。
政府答弁の中でそのような表現があったかも知れませんが、私の記憶の中では法文化されたという認識がないのです。
もしあれば、もっとニュースになっていたと思うのです。
まあ、マスコミの報道など当てになりませんが。
ご指摘ありがとうございます。
確かに法律の条文には何も書いていませんね。
1999年6月29日の衆議院本会議で、君が代の「君」は天皇のことであるとの政府見解が出されているというレベルのもののようでした。
以下のサイトに、その当時の議事録があります。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000114519990629041.htm?OpenDocument
政府見解と言うのは、どのくらいの拘束力といいますか、私たちへの影響があるものなんでしょうか…
でも、君をどう解釈するかにはあまりこだわらないほうがいいです。
この歌詞の元となった和歌でいう君がだれを指すのかは明らかでありませんし、その和歌は広く祝い事のさいに歌われたそうですが、結婚に際して歌う場合は花婿や花嫁を君とし、長寿を祝うさいに歌うのなら祝われる者を君とする、といったように君の解釈は元々けして決まっていたものではありません。
君が天皇を指すとされだしたのは明治以降日本が軍国主義に走ってからで、この歌は当時の政府に政治的に利用されたわけです。そのために今でも君がだれなのか、そこにどういう意味が込められているかでなにかと騒がれがちなのです。
しかしなにより大事なのは、この歌詞が千年以上の昔から受け継がれ、日本国民に広く親しまれてきた、という事実であり、そういう意味でこの歌詞は日本という国の象徴としてふさわしいものであると思います。
当ブログにお立ち寄りくださりありがとうございます。
また、君が代についての詳しい説明ありがとうございます。君が代を歌う側の気持ちに素直に従って、その場面場面で思い描く「君」が違っていていよいという考え方をみんなが共有できれば、こじれなくてもすむのかもしれません。
やはり利用しようとする一部の人たちによって、君が代を素直に受け止められなくなってしまうのは、もったいない気がしますね。
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