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死体からの臓器提供が可能になったために、人の死は、心臓死から脳死へと、シフトしつつあります。

 

脳死を人の死とすることに賛成の人に問いたい。

 

臓器提供を前提としない脳死判定を受けて、尊厳死を選ぶことを認めるのか。

 

私自身が脳死での臓器提供をしない理由のもう一つの理由がこの問題です。

脳死が人の死であるならば、脳死の時点で生命維持装置を止めることが、無条件で許されなければなりません。

臓器提供をすることを人質にとって、臓器提供に同意した者だけが、「死ぬ権利を得る」ということに、私はとうてい納得がいかないのです。

 

なぜ、臓器提供者にのみ「脳死」判定が認められ、臓器を提供しない者には判定を受ける機会さえ与えられないのか。

脳死を人の死と言っておきながら、それは臓器提供者のみに適応されるというのなら、死の定義のダブルスタンダードということになりはしないのでしょうか。

 

脳死臓器移植には、脳死判定を拒否することの高いハードルが存在するのと同時に、脳死判定を受けることの高いハードルが存在していて、こんな不公平な法律が、「人助け」という美しい言葉だけにまるめこまれて、成立していいのかと、私は強い憤りを感じます。

 

 

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この年まで生きてきたので、「自身の脳死は自身の死」と考えています。

ただ、子どもが脳死になったとき、判定に悩むと思います。

written by 労働者A / 2009.07.04 05:12
みけ先生と同じように、「臓器提供」を前提とした「脳死」論議に違和感を感じます。
written by 労働者A / 2009.07.04 18:40
労働者A 様

いつもコメント、ありがとうございます。
政界が騒がしくなり、衆議院でA案が可決された時に一時的にマスコミに取り上げられはしましたが、また議論が見えにくくなってしまいましたね。
実は脳死判定と現在の医療崩壊が分けられない問題でもあって、越えなければならないハードルはまだまだ高いと感じています。
written by 三毛猫 / 2009.07.07 12:11

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