「2000人殺したのと同じだ! まだ殺し続ける気か!」
昨日のテレビ朝日系「TVタックル」で、自民党の河野太郎議員が、共産党の小池晃議員に投げつけた言葉です。
脳死臓器移植について、子供の脳死臨調を作り1年間議論すべきだと主張した小池議員に、河野太郎議員がいらだちをぶつけた瞬間でした。
政治評論家の三宅久之氏も、大きな声をあげて小池議員を非難しました。
私が恐れているのは、まさにこの「恫喝」です。
「脳死」が人の死とされ、本人の意思確認ができない場合は家族の同意で臓器提供ができるとされる新しい法案(いわゆるA案)は、臓器提供の同意が得られない限り脳死判定を受けることはなく、脳死と判断されないのだから、「死」と判断されない、という理屈。
でも、「人の命のため」という大義を出されると、脳死判定を拒んだその時点で、「助けられる命を助けなかった」と非難されるのではないかという思いに、私はかられるのです。
A案の推進者である河野太郎氏がテレビ番組の中で、法案に反対する人間を「人殺し」扱いして、恫喝するその姿を見れば、「人助け」に協力しない私自身も、恫喝されているような気持ちになります。
脳死臓器移植が一向に進まないことに苛立っているのは手に取るように分かりますが、脳死臓器移植というのは、他人の善意にすがるようなものであり、その善意を強要されるような雰囲気があってはならない、と私は思います。
でも、昨日のテレビを見る限り、脳死判定を拒む側の方が、圧倒的に立場が不利であるという気がしています。
マイケル・ジャクソンさんが急死したのは、合成麻薬の副作用が原因なんじゃないか、普段から抗うつ剤を含めていろんな薬を飲み過ぎていたようだ、など、お薬がらみの情報が飛び交っております。
確かに、薬物への依存って、怖いですね。
私も以前、薬物依存と思われる症例を経験したことがあります。
関連病院での研修を終えて、大学病院に戻されたころの話です。
夜、アルバイトである病院の当直に行っていたんです。
そこは、地域の救急担当病院になることも多くて、まあ何もなくて寝ていられたということはほとんどなかったと思います。
その日も救急患者さんが多かったのですが、その中に救急車で運ばれてきた若い女性患者さんがいました。
病院に到着するなり、「おなかが痛い」とワーワー大騒ぎで、診察室のベッドに横になるなり、「痛み止めの注射、して!」と盛んに叫んでいるのです。
診察しても、触るだけで「痛い、痛い!」の大音響。
しかし、急な腹痛というのは診断を間違えると命取りになることもあるので、まずはレントゲン写真をとって、腸閉塞とか消化管穿孔など急いで処置をしなければならないものかどうかを確認しなければなりません。
それで、「レントゲン、とります。」と言ったんです。
みるみる、その若い女性の顔つきが変わりました。
「レントゲンなんかいらん、痛み止め、打って!」
レントゲン室へ連れて行こうとしても、「痛み止め」の連呼で、言うことを聞きませんでした。
彼女は「ペンタジン」という薬の名前を何度も口走りました。
「診断がつかないと、注射もできませんよ。」
と説明したら、
「アメリカでは、すぐに打ってくれたのに!」とますます、顔がゆがんできました。
「ここはアメリカやないよ。レントゲンとれへんのやったら、何もしてあげられへんよ…」
「もう、ええわ!!!」
救急車で来た患者さんでしたけど、私や看護師さん、事務の人に当たり散らしながら、自分の足で元気に帰られました。
ペタ中… やな。
ペタ中というのは、ペンタジン中毒を短くしたやつで、少なくとも私の仲間内ではそう呼んでいました。
ペンタジンというのは、麻薬ではないですが、依存性があるので使用には注意が必要です。
今は注射薬と内服薬がありますが、あの当時はまだ注射薬しかありませんでした。
彼女は、あのあとどこへ行ったんでしょうか。
他の病院へ行って、同じように人騒がせなことやったんと違うでしょうか。
本当に必要だったのは、薬物中毒の治療のほうだったに違いありません。
テレビで露出度の高い、知事、市長が、今度の衆議院選挙に合わせて、活発な動きをし始めました。
連日、ほぼトップニュースと言っていいほどの取り上げられかたに、私は危うさを感じます。
4年前、小泉純一郎氏が「郵政民営化、賛成か反対か」だけを問うて、大勝ちをした衆議院選挙。
今度は、「地方分権、賛成か反対か」だけでメディアがジャックされるのでしょうか。
年金や社会保障の問題はどうするのでしょうか。
霞が関改革は、地方分権だけでは語れず、天下りの問題も解決しなければなりません。
地方自治体が、中央官庁のやり方に業を煮やす気持ちはわかるのですが、地方分権推進は、あくまでもいくつかある政治課題の一つであって、それがすべてではありません。
もし、地方分権のみを焦点に衆議院選挙が行われるのであれば、私たちは、「小泉時代」をただ再現するだけであり、新たに4年間を失うだけです。
自らの知名度を武器にして何をやるのも自由でしょうけれど、またそういう知名度を当てにして利用しようとする自民党の議員もおり、選挙の争点をいっそう見えにくくしてしまっていることへの猛反省を、私は、東国原宮崎県知事や、橋下大阪府知事、中田横浜市長らに、強く求めたい。
私たち有権者は、これからの4年間の政治に何を求めるのか、冷静にならなければ、もうこの国は終わってしまうのではないか、と、とても苦しい気持ちになります。
医学部を卒業して2年目のころの話です。
私は小さな病院に勤めていました。
外科医が3人ほど、あとは内科と整形外科、小児科しかない病院でしたが、スタッフが少ない分私の出番が多く、研修2年目のぺーぺーにとっては、ずいぶん修行させていただけた、ありがたい病院でした。
さて、その病院の外来での話です。
外来は、入院患者さんを診るよりずっと経験が必要なので、わたしのような新米は、救急外来以外はほとんどかかわることがないのですが、時々術後の処置などで訪れる患者さんをみたり、上の先生がどうしても手が離せないときなどに、応援に入ることがありました。
その日は、50代ぐらいの男性で痔を診てほしいと来院された患者さんを私が診ることになりました。
看護師さんの指示で、ベッドの上で四つん這いになっておしりを私の方に向けられたのですが、おしりの穴の近くに、小さなトイレットペーパーの切れ端がくっついていたんです。
未熟者の私は、つい吹き出しそうになったのですが、そばについていた看護師さんが、ものすごい怖い形相で私をにらみつけて、
「先生、笑ったらアカン!」
と、無言のプレッシャーをかけてきました。
なんとか笑いをかみ殺し、何もなかったかのように診察をしまして、痔のお薬を処方しました。
たぶん、その患者さんは、おしりの診察があるので、普段よりずいぶん丁寧に、おしりをふいてこられたんでしょう。
病院とはいえ、ベッドの上で四つん這いにされた揚句、ペーペーの女医におしりをみられて、さぞかし恥ずかしかっただろうと思います。
あとでベテランの外来看護師長さんに、こっぴどく叱られました。
「先生、あんなとこで笑ったら、患者さんがかわいそうでしょ。患者さんは自分のおしり、見えへんのやから、何がおきているんかわからへんのやし。」
「すいません…」
それ以来、私は患者さんのおしりを診察しても、絶対に笑ったりしゃべったりしないようにしています。
鉢植えの手入れなどをしていると、あちこち蚊に刺されるので、虫よけ剤を買いに、ドラッグストアに出かけたんです。
ところが、置いてあるところが見つからず、うろうろ…
「あった!」と思ったら、なんか種類が少ないし、もしや他においてあるところがあるのかなあ、なんてもういっぺん探しましてん。
そういえば、店の入り口を入ってすぐぐらいのところに、「ムシコナーズ」とか、殺虫剤のようなものとか、山のように積んであったわ… と思いだして、そこへ行ったんです。
まああるにはあるんやけど、さっき見たんとはまた種類が違いますねん。
なんや、いったい。
急激に買う気が失せて、何も買わずに帰りました。
後で調べたら、身体に塗るタイプの虫よけ剤には、医薬部外品と医薬品があって、医薬品の場合「第2類」なんやて。
もう、めんどくさいわ。
要は、薬剤師とか、最近認められたナントカ員(?)の人がおるところで売らんとあかん虫よけ剤と、リップクリームなんかと同じノリで買える虫よけ剤と、あるんやんか。
それで売り場も違うみたいでした。
薬事法の改正がからんでいるのか、薬は薬剤師さんがいるレジで、他のもんは(たとえばシャンプーとかトイレットペーパーとか)普通のレジで、って分けられてしもうて、それだけでもうっとおしいのに、虫よけ剤はどっちで買うねん!
何でもそろうドラッグストアやったけど、なんや面倒くさなってきてかなわんわ…
イランで、大統領選挙結果に不満を持つ市民がデモを行い、当局側と激しくぶつかり合っています。
イラン政府は、デモ隊に向かって発砲しており、死者が出たようです。
デモ隊と政府側の衝突が激しくなると、イラン政府は、政府に批判的な西欧側のマスメディアを締め出しました。
同じようなことは、独裁色の強い国ではよく起きます。
中国でも、北朝鮮でも。
しかし、このことは日本でも無縁ではありません。
東京新聞が、西松建設の違法献金事件について、自民党側の政治家で西松建設から献金を受けた事実を報道したところ、3週間、検察に出入り禁止となったとの報道があります。
The Journal 「検察への対決姿勢?強める東京新聞」
http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2009/06/post_300.html
この記事によると5月28日付のニューヨークタイムスの記事を根拠にしていますが、私が調べたところでは、5月29日付でした。
Memo From Tokyo
In Reporting a Scandal, the Media Are Accused of Just Listening
つまり、自分たちの意にそわない情報を記事にした東京新聞に圧力をかけた、というふうに取られても仕方のないやり方です。
不思議なことに、このことについて批判した他のメディアは、ニューヨークタイムズというアメリカのメディアであって、日本のメディアではありませんでした。
背景にあるのは、記者クラブ…
政権交代が実現したら、政府と大マスコミの談合構造も壊してもらいたいものです。
私の臓器提供意思表示カードには、「すべての臓器を提供する意思がない」に○をつけています。
私が臓器提供をしない理由はいくつかありますが、医師としてそのことを表明することは、その後におきるかもしれない批判を考えると、とてもできません。
衆議院で臓器移植法の改正案が可決されましたが、脳死を人の死と定めたその法案に賛成した人の理屈は、「臓器提供の意思のある人だけが脳死判定を受けるのであって、臓器提供の意思がないのに脳死(=死)と判断されるわけではない。」ということなのでしょう。
確かに、臓器提供の意思のある人が、臓器提供を待っている人に臓器を提供する機会が、法律によって担保されることは必要なことなのかもしれません。
しかし、私自身は、仮に自分の家族が意思表示のないままに脳死状態と推定される場合に、私は臓器提供に同意したくありません。
その、「同意しない」ということも、また公平に担保されるのでしょうか。
「おまえは医者のくせに臓器移植に協力しないのか。」
私はそんな風に非難されるのではないかと、内心びくびくしています。
そして、家族の脳死判定を拒否したら、とたんに自分の家族への治療がないがしろにされてしまうのではないだろうか、あるいは看病に訪れるたびに、看護師や主治医に、白い目で見られるのではないだろうか、冷たくあしらわれるのではないだろうか、という心配をしているのです。
脳死判定に同意しない側の医療が、本当にハンディを負うことがないのかどうか、そのことがほとんど明らかになっていないことに、とてもストレスを感じています。
西松建設事件にからんだ小沢一郎氏の秘書逮捕事件以降、私は、新聞というメディアに絶望感すら抱いておりました。
先日CS放送の朝日ニュースターの、「ニュースの真相」という番組内で、鳩山邦夫氏の元秘書で、現在自民党の国会議員という人がゲストで出ていました。
名前は、残念ながら忘れてしまいました。
その日のテーマは、鳩山邦夫氏の総務大臣更迭劇の真相を語る、ということでしたが、その中で「取材に来た新聞記者が、自分が書いた記事を社にあげると、翌日違う内容の記事になっていると嘆いている。」、というようなことを言っていました。
新聞記事と言うのは、記者が書いた記事をそのまま載せるわけではない… ということでしょうか。
いわゆる「デスク」という人が、下っ端の記者が取材して書いた記事に手を加え、○○新聞社としての記事を作り上げる…
「見出し」も、実は新聞記者が考えているのではない、ということは、別のところで聞いたことがあります。
新聞記者の中では、政治部がエリートであり、たとえば文芸部の記者などは、出世コースから外れる、というような話も、どこかで聞いた覚えがあります。
いずれも、見聞きしたことであり、実際に新聞記者から聞いた話ではありません。
でも、ひょっとしてそういうことが真実であるとすれば、つじつまが合うような気がしてなりません。
会社でもなんでも、組織を構成する人間よりも、組織そのものの存続のために、正義や本音というものが握りつぶされることがあります。
その結果、組織を構成する人間がモチベーションを失い、モラルを失い… やがて組織そのものが崩壊するということは、珍しいことではありません。
新聞について最近気づいたことは、新聞記者でない、ある分野のプロフェッショナルが寄稿した記事が、案外読み応えがあり説得力があるということです。
名前も顔写真も、略歴ものっているから、その文章にプロとして責任を持とうとする気概も感じられます。
6月17日付の朝日新聞に載っていた、辺見庸という人の書いた「死刑制度」についての記事は、そういう思いを抱かせる記事でした。
新聞社がつぶれたら、そのような記事が世間の目に触れる機会を失うことになるのだとしたら、それはそれでとても残念な気がします。
新聞というマスメディアは、「新聞社という組織」をどう考えるのか、一度そういう視点で自らを総点検する必要があるのではないだろうか、と、このところ、そういうことを感じています。
何年か前に、ある厚生労働官僚にあったことがあります。
いわゆるキャリア官僚で、灘中・灘高・東大と、ありがちな学歴ののち、厚生労働省の官僚になったような人でした。
なんでも省内でセクハラ問題を起こして、その時は他省庁に出向させられた身。
と、自分で言ってましたから、間違いないんでしょう。
それでも、不遜な態度で私を一瞥し(そのキャリア官僚に用事があったのは私ではなく、私は単について行っただけでしたが)、その後はまるで私の存在がないかのごとく無視を通し、私の目の前で堂々とタバコを吸い、女性の悪口を言い続けていました。
出向中とはいえ、それは霞が関のど真ん中。
その下品極まりない人間を前にして、失望しました。
日本の行政が、こんな奴らによって動かされているのかと、胸がむかむかし、気分が悪くなりました。
そういう人間ばかりが蠢いているとは思えませんが、結局霞が関も学歴主義。
どんなに人格がおかしくても、旧帝大だ、何だと言って、最後はそういうもので偉そうな肩書がついていくのだということは想像に難くありません。
高知大学出身の、数少ない女性局長の逮捕のニュースを見て、この人は、ああいう品のない人の中でどう生きて、局長になっていったのか、同情する気持ちにはなれないまでも、少し気になりました。
6月13日のNHK「追跡!A to Z」は、年金記録問題を取り上げていました。
今現在、年金記録漏れの問題がどの程度解決されているのかについて取材したもので、現場の社会保険事務所の混乱ぶりがリアルに伝わってくるものでした。
際立っていたのは、社会保険庁の「社会保険業務センター」という建物のあまりに立派すぎるところでした。
社会保険庁のHPをあたってみると、高井戸庁舎のようです。
なんだこれは!
4~5階はあろうかという重厚な造りのビル。
玄関はガラス張り、出入り口の前には赤く塗られたモダンな感じのオブジェのような構造物が。
ロビーも広々として、東京にある一流企業の本社ビルのようです。
記者の取材を受けていた部屋も、大きな部屋にぽつんと机と椅子が並べてあって、ぜいたくな空間の使い方でした。
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