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2008.12.25 12:23 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  三毛猫  | 推薦数 : 0

どこまでが自己責任か。

先日、ある会社社員のCさんと、面談をしていた時のことです。

このところの派遣社員、期間工、などの大リストラについて、どう思うか聞いてみました。

Cさんは正社員で、今のところリストラの恐れもありません。

そういう立場の人が、非正規社員さんのことをどう思っているのか、興味があったのです。

 

「フリーターとか、定職に就かないことがかっこいいと思ってきた人らだから、かわいそうとは思わない。自己責任ですよ。」

 

なんと答えていいか、ちょっと戸惑うような言葉がかえってきました。

Cさんのような考え方をしている人もいるということは、いろいろなメディアの情報から知っていましたが、面と向かってそのような意見を聞くと、このご時世に、リストラされる人たちに批判的な意見は前に出にくいけれど、実は意外とそういう考えをしている人も多いのかもしれないなあと思いました。

 

自ら進んで非正規雇用に身をおいていたのだから、リストラされても仕方がない…

もともと雇用調整に利用しやすいから、企業はこぞってそういう人を雇っていたのだから…

 

確かにそういう議論もあるのだけれど、では、どこまでが自己責任として負わなければならないのでしょうか。

 

住むところを失ったり、

明日の生活費もままならなかったり。

厳しい寒空の下で、段ボールに身を包んで暮らすところまで落ちなければ、自己責任をとったとは言えないのでしょうか。

 

少なくとも、アメリカから押し寄せた金融危機の責任は、彼らにはないのではないだろうか、とも思います。

そこまで予想しておかなければ、結果はすべて自己責任なのでしょうか。

 

ならば、並みいるプロの経営者たちは、なぜこのような事態になるまで、何の対策も講じなかったのでしょうか。

 

人間は、失敗もするし、今、非正規雇用に自ら身を置いてきた人は、後悔しているかもしれません。

ただ、失敗をしてもまた再起することのできる社会でなければ、健全とは言えないのではないだろうか、と思います。

そのために、一時的にでも公的な支援を受けて、またがんばれる社会でなければ…

 

率直に意見を話してくれたCさんを責める気にはなりませんが、世の中がどんどん優しさを失っていくような気がしてなりません。

しんどい時代であります。

 

 

 

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2008.12.24 12:15 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  三毛猫  | 推薦数 : 0

大きなストーブ

今日出勤途中の自家用車の中で、なぜだかわからないけれど、幼稚園時代を思い出しました。

 

自宅からは少し離れたところの公立小学校に併設された幼稚園で、朝8時40分になると、母が私をバイクの後ろに乗せて連れて行ってくれました。

だから、時計の8時40分は、最初に覚えた時計の時刻でした。

 

途中で、必ず大きな声で吠える犬がいて、そこを通るときはいつもひやひやしました。

 

冬になると、部屋の中央に大きなストーブを置いて、その上にでっかいアルミのケースを乗せ、中にはみんなのお弁当を入れておきました。

そうすると、お昼の時間には、お弁当がほどよく温められていました。

 

当時のお弁当箱と言えば、アルミ製で、わたしのは、フタにディズニーの白雪姫が描かれていました。

いまどきのお弁当箱のように密閉できるタイプではなかったので、少し汁気の多いおかずがはいっていると、お弁当箱をつつんでいる布にしみたりしました。

 

幼稚園の先生は、40歳代の女の先生で、オルガンが上手でした。

よく、オルガンをひく先生の周りを園児が取り囲んで、歌をうたったものでした。

 

あのころは、レースのひらひらしたのが大好きでした。

幼稚園のお誕生日会で、大きくなったら何になりたいかと尋ねられ、スチュワーデスと答えていた私。

薄桃色の画用紙に、色とりどりのチューリップと親指姫を描くような子供でした。

 

今ではすっかりオバサンになってしまい、世の中のいろいろを心配ばかりしています。

大人になるということは、そういうことでもあるのだろうけれど。

 

 

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昨日はNHKで、医師不足についての討論番組がありました。

医師数は増えているが、偏在しているというデータが示されていました。

小児科や産婦人科、救急医療などを担う医師が不足している一方で、緊急度の低い科の医師が増えているという話でした。

その理由の一つが新臨床研修制度だということでした。

また、忙しい科が必ずしも高収入とは言えず、むしろ逆になているということも話題に上っていました。

 

1年のうち休みがほとんどなく、薄給であるというのは、昔からそうだったんじゃないかなあと、私などは思います。

少なくとも、私が外科の世界にいるころは、そうでした。

公立の総合病院だと、当直がなくても、オンコール当番があったし、オンコールで呼ばれても賃金の支払いはなかったですし。

また、自分が担当している入院患者さんに何かあった時は、夜中でも、たいてい主治医が呼ばれていました。

 

みんなそうやって、疲れたと言いながらも何とか踏ん張っていたのだと思います。

いまでも何とか踏ん張っている先生方もいらっしゃいます。

でも、もう支えきれなくなってきているのでしょう。

 

原因を知ることは、大事なことだと思います。

でも、その原因を探っている側の人たちが、マスコミ関係者であることは、真相究明にやや力不足の感があります。

なぜなら、原因の一つが、マスコミの報道の仕方にあるからです。

最近は、医師のみをバッシングする報道ではなくなってきているようには思います。

でも、自分たちマスメディアにも責任があったのだという言葉は、今のところ聞こえてきません。

 

だから、どんなに一生懸命に医療崩壊の問題を論じようとしていても、何かちょっと、冷めた目で見てしまいます。

 

 

 

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いろんなところから、DMが届きます。

DMの目的が商売だから、あの手この手で、物を買わせようとするのは仕方がないにしても、保険の案内だの、なんだのと、振込用紙を同封して、そこに私の名前、住所、電話番号までご丁寧に印刷するのはやめてほしいのです。

 

そういうDMが来たからと言って、物を買ったり保険の契約をしたりすることはほとんどなく、したがって、ちらっと中身をみたら、即ゴミ箱行きになります。

ところが、名前、住所が印刷されていると、シュレッダーにかけるとか、手で細かく引き裂くとか、そういう手間がかかるのですよ。

 

燃えるゴミとしてそのまま出して、誰かが抜き取って悪さをすることはあまりないのかもしれませんが、個人情報が書いてあるものが、どこでどんなふうに使われるかわからない、と思うと、やはりそのまま捨てる気になれないのです。

 

本当に買いたい、契約したいと思えば、ちゃんと自分の手で書きますし。

そのくらいの手間を惜しんでまで、物を買いたいとは思いませんね。

 

親切ぶっていて、実は物を買わせようという意図がありありで、迷惑千万。

頼みもしないのに、勝手に振込用紙に、住所とか電話番号とかを印刷しないでほしいです。

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金融危機が製造業にまで及び、雇用不安が勃発しています。

毎日毎日、経済対策をどうするのかについて、議論されている割には、何かもう打つ手がないかのように、ただ時間が流れて行きます。

 

いろんな規制改革をやり、アメリカ型社会を目指した裏で、いやアメリカの要求に次々と応えていくうちに、いかにセーフティーネットが穴だらけになっていたか、この金融危機で一気に露呈してしまったように思います。

 

ところで、そもそもの原因だったサブプライムローン問題は解決したのでしょうか。

話題が経済危機に移ってしまい、根本原因の解決にめどがたったのかどうかさえ、情報が全く出てこなくなっている気がします。

 

すでに解決済みで、今は第二、第三のステージに移っていったのか、はたまた、人々の興味が経済危機に移っただけで、サブプライムローン問題は解決していないのか。

 

情報がないだけに、何か不気味な感じがします。

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2008.12.15 12:28 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  お金 / 株  |  三毛猫  | 推薦数 : 1

失業保険のこと。

派遣切り、正社員のリストラ、内定取り消し…

日本の雇用状況が、どんどん悪化しています。

あのリーマンブラザーズの破たん以降、日本の製造業までがここまで金融不安に影響を受けるなんて、私にとっては驚愕の一言に尽きます。

堅実に、いいものを作っていれば、大丈夫だと思っていたのに。

 

とにかく、仕事を失ってしまった人は、今できることは何かを考える必要があるのではと思います。

 

失業保険でなんとかつないでいけるかもしれません。

下記のサイトにまとまった情報があるから、一度見てみるといいと思います。

 

http://allabout.co.jp/career/careerhaken/closeup/CU20081205A/

 

政府の新しい政策を待っていては、いつになるかわかりません。

今ある制度の中でも、できることがあるかもしれません…

 

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2008.12.12 13:07 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  三毛猫  | 推薦数 : 0

姪っ子から花が届く。

先日、姪っ子が、私の誕生日のお祝いに、花を送ってくれました。

いつも何か贈るのは私の方ばかりだったので、おどろくやら、うれしいやら、でした。

 

知人の何人かに聞くと、姪や甥というのは、子供のいない人にとっては、本当にかわいくて仕方がないと言います。

私もそのくちです。

だから、お誕生日には、何がほしいかあらかじめ尋ねておいて、希望通りのものを探しては、せっせと送ってあげて、電話でもかかってこようものなら、もううれしくて。

 

ただ、子供がいない分、子供のほしがるものがいまいちよくわからなくて、時々見当違いなものを送ってしまったりします。

「喜んでいるよ。」と言われても、子供ながらに気を遣っているのかなあ、などと勘ぐってしまいます。

 

聞けば、ためたおこずかいで買ってくれたとのこと。

いつの間にか、大きくなったんだなあと思いました。

 

そのうち、「おばちゃん、お金の方がええわ。」と言われるようになるのかもしれません。

彼氏でもできたら、もうそっちばかりになって、叔母の存在感ゼロになるのかも。

 

まあ、元気でいてくれれば、それだけで十分かなと思う今日この頃です。

 

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選挙人通知は、住民票がある住所に届きます。

私たちはその通知を持って、指定された投票所に行きます。

だから、住民票を置くことのできる住所がなければ、選挙人通知を受け取ることができません。

 

いつ解散総選挙があるのか、いまだ不透明ですが、私は、今最も政治に訴えたいことがあるはずの、解雇寸前の派遣労働者の方々が、当然あるべき選挙権を行使できるように、そのことは保障してあげるべきだと思います。

住居を取り上げられてしまったら、自らの主張を投票行動にこめることさえできなくなります。

 

もちろん、選挙どころか、生活そのものが危うくなっていて、この寒空の下、とにかく雨露がしのげる住まいだけは、確保してあげてほしいと思います。

でも、もう一つの大切な選挙権を保障してあげなければ、もう彼らは奴隷と同じ扱いになってしまいます。

 

大切な、一票です。

 

 

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2008.12.09 12:30 |  生活 / くらし  |  趣味  |  その他(一般)  |  三毛猫  | 推薦数 : 0

地デジはアカン。

地デジはええ、ええ、と言うから、たっかいお金はろて、地デジが受信できる、ちょっと大きめのテレビ、買いましてん。

 

でも、見たいテレビ、うつりませんねん。

なんでかわからんけど、報道ステーションとか、日曜日のサンプロとか、フィギュアスケートグランプリシリーズとか、報道発ドキュメンタリー宣言とか、見たいテレ朝の番組が、いっつもその時間帯に、映像が乱れますねん。

 

いや、こないだなんか、全部の放送局、映らんようになったし。

リモコン押しても、「現在放送されていません。」って出よった。

なんでやねん!

 

ピッ、とか、キッとか、変な音が出だすと、もうあかん。

そのうち画面が左へ寄ったり右へ寄ったりして、そのうち真っ暗になります。

 

「現在放送されていません。」

 

が~ん。

 

ケーブルテレビに期待したけど、ケーブルテレビ屋には、

「その地域、ケーブルいってませんねん。」

 

「エリア拡大する予定、ないのん?」

「ありません。」

 

ふぇ~!!

 

フレッツテレビに期待したけど、

「その地域へのサービスエリア拡大の予定は未定です。」

 

ふぇ~!!

 

あかんやん、地デジ。

どうしてくれんねん、地デジ。

 

結局田舎と都会で、差あ、つけとるやないか!

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この土曜日に、NHKで裁判員制度についての討論番組がありました。

一般市民が20数名参加しての討論でしたが、白熱した議論の中で、裁判員制度に反対する人から強く出されたのが、 あなたは被告に死刑判決を下せるか、という問題でした。

 

 

確かに、素人が死刑を決めるのは気の重いことではあります。

でも、それと同じくらい難しいと思うのが、「無罪判決」ではないだろうかと私は思うのです。

裁判の被告は、それだけでもうすでに「犯罪者」扱いになりがちですが、えん罪ということだってあり得ます。

そのうえ、もって生れた人相とか、話し方とか、そういうものが判決に影響を与えないとは限りません。

そして、検察の描くストーリーが、あたかも真実のように受け止められてしまうかもしれません。

 

 

それでも、あなたは無罪判決を下せるでしょうか。

 

 

「12人の怒れる男」という映画を見たことがあります。

たまたま、大学の一般教養の講義の教材として使われたので、見る機会があったのです。

 

この映画の中で、アメリカの陪審員が、少年の殺人事件について「有罪か無罪か」を決めるプロセスが描かれています。

11人の陪審員は「有罪」と判断したのですが、1人だけが「無罪」を主張するのです。

最終的に「無罪」と判断されるのですが(確かそういう結末だったと思います)、そこに至るまでに、11人の陪審員のさまざまな抵抗が描かれています。

 

 

裁判員制度を考えるとき、私は「無罪判決」の困難さを思わずには居られません。

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