もう15年ぐらい前のことです。

地域の三次救急までを担った公立病院に勤めていました。

外科スタッフだけでも二桁いる病院でしたが、私たち下っ端が半数近くを占めていました。

 

下っ端日雇医師の中には、

私のように大学医局から派遣されてきた者、

将来へき地医療に携わるという名目で県から奨学金をもらって医大を卒業してきた者、

自治医大出身の者、

などいろいろでした。

 

その中に、私がひそかに「インド人」と名付けた、大学の1年後輩の子がいました。

彼は、やせてひょろひょろしていて手足が長く、なぜか一年中日焼けしていて、古びたTシャツばかり着ていました。

性格は温厚で、怒っているところを見たことがありません。

そういうところが、なんとなく「インド人」のイメージで、「インド人」と名付けたのです。

逆にきびきびしたところがなかったために、よく上の先生から「はよせい!」と怒鳴られていましたが、医療スタッフも含めて、みんなからかわいがられる存在でした。

 

田舎の病院ゆえ、周辺の飲食店は午後9時になると、いっせいに閉まってしまいます。

手術のある日などは、一段落ついた頃にはお店も閉まるころで、私たちは食事をするところを探さねばなりません。

当時自動車の運転免許がなかった私は、「インド人」のボロ車をあてにして、国道沿いのラーメン屋などに、よく連れて行ってもらったものでした。

一日中便所スリッパをはいているような先輩を助手席に乗せて、「インド人」はさぞかしいやだったろうなあと思うのですが、先輩の頼みにはにこにこ応じてくれるような律儀な後輩でした。

 

「インド人」は、なぜか欧米人がきらいで、「あいつらは馬鹿だから。」と、温厚な彼には珍しくそんな表現を使っていました。

そう、彼はアジア大好き人間だったのです。

そして、彼のボロ車には、いつも同じ音楽が流れていました。

それは、「インド人」が学生時代にタイに旅行に行った時に買った「タイポップス」のカセットテープで、入れっぱなしにしていたものが、高温で変形し、取り出せなくなっていたのです。

だから、エンジンをかけると、いつもおなじ「うにゃうにゃうにゃ」(としか、私には聞こえませんでした)というタイ人歌手のポップスが、エンドレスに繰り返されました。

 

おまけに、「インド人」のボロ車は、カビが生えて、年中カビ臭いのです。

 

夕食にありつけるためには、仕方がありません。

タイ人ポップスとカビ臭に襲われながら、そのボロ車は、便所スリッパをはいた先輩をのせては、田舎道を走っていました。

 

最近、その「インド人」が、とうとう実家の病院を継ぐことになったという噂を耳にしました。

前々から知っていたけれど、実は大病院の息子だったんですねえ。

そういうそぶりを微塵も見せなかったところが、「インド人」のええとこでした。

今はもう結婚もして、立派に外科医をしているそうな。

そして、近々「院長先生」と呼ばれるようになるのでしょうか。

 

でも、若造だったあのころの、「タイポップスとカビ臭いボロ車」の質素さを、失わないでほしいと、しみじみ思うのです。

 

 

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