「先生、ワシ、若いころはボクサーやっててんで。」
大腸がんで入院してきたCさんは、自慢げにそう言いました。
「あのころは、けっこうモテたんや。今は、会社をおこして社長してるんやで。」
そう言って、私に「社長」の名刺をくれました。
「へえ、すごいですねえ!」
Cさんがそんなふうに言う理由が、私にはなんとなくわかりました。
若いころは体力に自信もあって、女性にモテたCさん。
病衣を着てベッドに寝かされていることが、とてもみじめに思えたのだろうと、私には感じられたのです。
本当は、自分はもっとバリバリ働いていて、元気なんだ。
今の自分は、本来の自分ではない。
そういう思いがにじみ出るような様子でした。
実はCさんの大腸がんは、すでに肝臓に転移していました。
それでも、大腸が詰まってしまうといけないので、手術で大腸の一部を切除しました。
Cさんの病気が大腸がんであることも、肝臓に転移していることも、家族にしか話していませんでした。
それでも、なんとなく、自分の病気はがんで、あまり楽観できないらしいということは、感じているようでした。
自分を奮い立たせるためか、本当の自分を見てほしいと思ったのか、Cさんの昔話は、その後回診のたびに続きました。
いったん退院されましたが、その後の経過はあまりよくなかったと記憶しています。
だれしもいずれは何らかの原因で、命が尽きるのだけれど、弱っていく自分と、元気だったころの自分のギャップを埋めるために、みなそれぞれ、いろんな思いを抱くのかもしれません。
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