「いつまでしゃべってんねん。うち、ずっと待ってるねんで。」
「私だって、まだ聞いてもらいたいこといっぱいあるんや。」
阪神淡路大震災がおきて1か月もたったころでしょうか、公立病院に勤めていた私たちは、看護師さんと医師ひと組で、ローテーションを組んで、小学校の医務室に派遣されることになりました。
そこはにわか作りの診療所。
処方箋を書いて出すような薬もなく、製薬会社さんが寄付したらしい市販薬が並べてあり、救急箱といつのまにか手書きで作られたカルテが置いてあるだけの、本当に何もない診療所でした。
震災後間もないころは、ケガやカゼなど急性疾患が多かったのですが、受診される患者さんの減少とともに、心に傷を負った患者さんばかりが受診するようになりました。
時間が経過すると、仮設住宅に当たって避難所を出ることができたひととそうでないひと、身内の家に身を寄せることができたひととそうでないひと、家族が生き延びることができたひとと独りぼっちのひと、など、被災者の中にも徐々に格差が広がっていきました。
それに比例するように、にわか診療所を受診する人の中に、心の傷をかかえる人が増えていきました。
幸い、受診される患者さんの人数は減っていたので、ひとりひとりにある程度時間をかけることができます。
それでも、待ちきれずに、冒頭のような口げんかが始まるのです。
孤独ほど、人の心を不安にするものはありません。
中国四川の大地震から2週間余りがたちました。
テントや水、食料の不足や地震湖決壊、感染症のまん延など、命に危機が迫っている状態が続いているようです。
しかし、やがて時間がたつにつれて、阪神淡路大震災のときのように、持てる人と持てない人の間の格差が広がっていくのかもしれません。
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