大阪で、90歳の男性が87歳の妻の首を絞めて殺害したという事件が報道されました。
87歳の妻は数年前から寝たきりで、90歳の夫が妻の介護をしていたそうです。
夫婦は二人暮らし。
歳をとっても若々しい人が多いのは事実ですが、しかし、老化の進み具合は個人差がありますし、常識的には90歳という年齢では、自分が介護を受けても、人を介護するというのはかなり肉体的にも精神的にもきついのではないでしょうか。
どの程度介護支援を受けておられたのか定かではありませんが、手厚い支援を受けていたとは想像できません。
介護に疲れて、歳老いた夫や妻が、パートナーを殺害してしまう、という事件は、珍しくなくなってしまいました。
いずれは自分自身も無関係ではなくなるはずの介護問題は、今からどうすることもできず、「その時になって考える」ことしかできません。
そして、「その時」になって、厳しい現実と向き合わねばならないのでしょう。
少子高齢化が進んで、社会保障制度が崩壊の一途をたどっていると、政府は言います。
確かに少子高齢化が不安定な社会の一因になっているのだと思います。
しかし、それは国民が選んだ道だから、自己責任だと放置していいのでしょうか。
私だって、歳老いた両親と遠く離れて暮らしていて、親に介護が必要になったといってすぐに地元に帰れるかというと、とてもそういう状況ではありません。
仕事もあり、生活もあり、介護のために自分自身の生活の基盤を打ち捨ててしまったら、結局親ともども共倒れになってしまいます。
だから、どうしても公的な支援に頼らざるを得ないのです。
多くの人は、介護がいやで自治体や政府に介護を押し付けているわけではないと思います。
ましてや、現役を引退するまで、ほとんどの人は税金や社会保障費をきちんと納めてきているはずです。
国民の義務を果たしてきたのに、まるで歳をとることが自己責任なのだと言わんばかりの現在の国に対しては、強い憤りを感じます。
日本という国は、コンクリートで作られた建物やダム、道路をとても大事にします。
そういうものを作るためには、何兆円もお金をかけます。
日本は外交交渉に手を尽くすことにはあまり熱心ではありません。いや、困難な外交交渉をくぐりぬけていくエキスパートを育ててこなかったのかもしれません。
でも、戦闘機や空母、ミサイル、ミサイル迎撃機などに何兆円もお金をかけます。
アメリカ軍の基地やアメリカ軍兵士の宿舎まで、何億円もかけて建ててあげます。
全ては国民のためであるという大義名分のもとに。
でも、そんな建物の中にいる人、ダムを使う人、道路の上を車で走る人、がいなくなってしまったら、それらはただのコンクリートの塊でしかありません。
ミサイルが飛び交うと脅された国土の上に、守るべき人々がいなくなってしまったら、それはもう、漫画にもなりません。
第二次世界大戦で、日本は多くの人と物を失いました。
そこから這い上がって、かつては経済一流国にまでのぼりつめました。
でも、いつまでも同じような手法で国を運営していいはずがありません。
なぜ、これほどまでに政府も政治も無策なのか。
人あってこそ、という意識をもたなければ、日本全体が廃墟になってしまいます。
自分自身も、その廃墟の下にうずもれるのではないか、という危機感を日々感じて、不安ばかりがつのります。
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コメント
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>そこから這い上がって、かつては経済一流国にまでのぼりつめました。
★敗戦当時(1945年、昭和20年)、20歳前後であった方々は(現在80歳前後)、戦後の廃墟からの復興を担われてきた方々です。私の父母も同世代です。子どもの頃、父母から「お国のため」という言葉をよく聞きました。戦前に受けた教育の影響でしょう。
>なぜ、これほどまでに政府も政治も無策なのか。
>人あってこそ、という意識をもたなければ、日本全体が廃墟になってしまいます。
★「政治」は、ある組織体制を維持するためのもので、個々の人を顧みないものなのだと思います。
その意味では、「無策」ではないのでしょう。
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