中学生のころ、勉強し始めた英語に魅せられて、海外にあこがれておりました。
25年以上も前のことです(ちょっとだけ? サバよんでます)。
今みたいに、何でもインターネットで見られる時代ではありません。
人間、手に入れられないものほど、あこがれるのかもしれませんね。
ある日、国際フレンドシップ・クラブというのに出会いました。
日本人と文通を希望している海外の人を紹介してくれる協会で、もうずいぶん昔のことなのではっきりとは覚えていませんが、確かリーフレットのようなものが定期的に送られてきたのではないかと思います。
国際フレンドシップ・クラブとどのように出会ったのかはさらに記憶がなく、本棚に、その国際フレンドシップ・クラブが編集した「学生国際文通」という本が残っているので、その本と関係があるのかもしれません。
この、「学生国際文通」という本は、手紙に書く例文がたくさん載っている、いわゆる「手紙の書き方」のような本でした。
私が文通していたのは、
アメリカ・メーン州在住の小学生
ポルトガル・リスボン在住のおねー様
ユーゴスラビア在住のオニーチャン
でした。
それぞれ、何度もやり取りしましたが、結局自然消滅で現在に至っています。
当時は、和英辞典と英和辞典を首っ引きで、つたない英文書いてました(その後もあんまり進歩していないかもしれませんが)。
かなり、おかしな英語だったに違いありません。
特にアメリカ人の小学生には、内心小ばかにされていたかもしれません。
いや、ペンフレンドですもの、暖かく見守ってくれていたと信じたい。
アメリカにおいでよ、と、その女の子は手紙に書いてくれました。
そんなあ~、簡単に言うなヨ。
しがないサラリーマンの娘では、中学生の分際で海外旅行なんて、無理!
彼女が記念コインのようなペンダントを送ってくれたのをよく覚えています。捨てた覚えはないから、きっとどこかにしまっているはず。
リスボンのおねー様は、海岸で写した写真を送ってくれました。
ビキニスタイルで、なかなか豊満なボディでした。
かなり胸元がセクシーで、日本の下町娘には、若干刺激が強すぎました。
彼女も、リスボンに遊びにおいでよ、と書いてよこしました。
欧米人は、人を招くのが好きなんですね~。
日本のように住宅事情が悪くないからでしょうか。
リスボンのおねー様に日本茶を進呈しようと、小包にしました。こっそり、日本の十円玉と五十円玉をしのばせて。
海外に小包を送るのに慣れていなかった私は、地元の本局で、
「これに中身を書きなはれ。」
と緑色の小さな紙を手渡され、正直に、
「日本茶・お金」
って書いてしまったのです。
郵便局のおっちゃんに、
「硬貨は海外におくっちゃダメ!」
と釘を刺されました。
なんとか見逃してくれないかな~、とおっちゃんの顔色をうかがったのですが、ルールはルールです。
いや、それとも中学生の私には、ちと色気が足りませんでしたか。
泣く泣く家に持ち帰り、お金を除いてまた包みなおしました。
年末が近づくと、クリスマスカードなども送ります。
私はクリスチャンではないのだけれど、欧米ではそういう習慣だから、と本に書いてありました。
和風なカードを一生懸命に探して、メッセージを書き込みました。
印刷物扱いにすると郵送料が節約できるので、封筒に封をせず、また船便で送ることを、例の本は勧めていました。
だから、11月にはちゃんとポストに入れなければなりません。
時々売り出される記念切手を折にふれ買い求めておき、こういうときに、珍しい切手を貼って送ります。
海の上を旅して、アメリカやヨーロッパに届く私のカード。
想像するだけでも、わくわくしました。
今は電子メールで、手紙も写真も、一瞬にして送れてしまう時代です。
でも、カードを買ったり、記念切手を集めたり、何週間後かにその手紙を手にする友人の顔を思い浮かべたり、という楽しみはありません。
アメリカの女の子やポルトガルのおねー様は、今頃どうしているのだろう。
ユーゴスラビアなんて、その国さえもうなくなってしまいました。
わたしにとって、大切な思い出です。
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