安倍総理大臣が病院で記者会見を行いました。
総理大臣在職中は、自分の病気のことについて話すべきでないと判断して、辞任会見のときには触れなかった、と言っていました。
顔色はあおく、生気のない様子がテレビで全国的に流されて、次の総理大臣も決まりそうな状況では、もう安倍さんを批判する気にもなれない、と多くの人が思ったかもしれません。
安倍さんの姿を見ながら、夢をどこまで追求すべきなのか、ということを考えました。
私は大学を卒業するのを目前にして入院しなければならず、大きな手術も受けました。
そして、それまで別のことを考えていたのに、急に小児外科医を目指したくなったのです。
決心するまでに、あまり多くの人からアドバイスをもらいませんでした。なぜなら、病気で治療をしている最中に、誰もが反対すると思えたからです。
小さいころから私の身体を心配してくれていた伯母が、見舞に来てくれた時に、枕元でこう言いました。
「あんたみたいに病弱な先生に、診てもらいたい患者さんなんていない。」
伯母は、もっと規則正しい生活を送れる科を選ぶべきだと言いました。
若くて希望に満ちていた私は、病気は何とでも克服できる、どんなに身体の具合が悪くても、演技をしてでも平静を装うことができる、とつっぱねました。
卒業して、外科医の道を歩み始めて、いろいろなことがありました。
健康状態は、必ずしもよかったとは言えません。
時々具合が悪くなって、外来で点滴をしてもらったり、強い鎮痛剤を服用して手術に入ったことも何度もありました。
身体には相当無理を強いてきたと思います。
その後方向転換したのは、今でも健康上の理由が原因だとは考えていません。
主な理由は他にあるのです。
私としては、病気を理由に外科医を辞めたと思いたくないし、思われたくない、その気持は今でも変わりません。
ただ、どんどん健康が失われていったことが、全く無関係でもないと感じています。
子供のころは、病気をもちながらがんばることを、誰もが褒めてくれました。
一生懸命努力すれば、克服できないことはない、と信じていました。
私自身は、総理大臣という日本に一人しかいない重責を担っていたわけでもなく、ただ一外科医としてのつとめを果たそうとしていただけです。
そこには大きな差があります。
ただ、夢をどこまで追求すべきなのか、という点について、ただがんばることだけが素晴らしいとも言えないのかもしれない、と、昨日の会見をみて、改めて感じています。
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コメント
コメント一覧
「夢」の内容が問われます。その「夢」を、国民は望ませんでした。
(先生の事情は、察するしかできませんが、)
大きな手術をされる外科医には、それを無事に行うために必要な体力・健康管理が必要であると思います。
医師過疎地のお医者さんの新聞投書で、「せめて手術の前日は十分な睡眠を確保させてほしい。」とありました。
医師の夢と患者の夢が乖離しないことが、条件であると思います。
今日もコメントいただきまして、ありがとうございます。
私は新人歓迎会の時に、「手術の上手な外科医になりたい。」とあいさつした思い出があります。
でも、大学という組織では必ずしもそのことを最優先にさせてはもらえませんでした。
自分自身の健康上の問題もあって、今は産業医という仕事をしています。
心身ともにタフな人でも、外科の仕事は時に過酷でありますので、やはり健康も能力の一つなのかもしれないなあと思ったりします。
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