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2007.08.24 13:15 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  三毛猫  | 推薦数 : 2

何もしないという選択肢

私がまだぺーぺーの研修医1年目のころの話です。

 

当時は1年目の研修は大学病院で受けるのが当たり前の時代でした。

病棟の詰所には入院予定の患者さんのリストが貼ってあり、ベッドが空きそうになると、入院係の助手の先生が入院予定日と担当医の名前を書き込んでいきます。

 

ある日、大学の関連病院から、胃がんの患者さんが紹介されて入院してきました。

入院初日は、手術が入っていないときは、問診と診察をして、手術予定日までに必要な検査を組んでいきます。

私も担当医の一人として名前が書かれていたので、さっそくそのFさんの病室へ。Fさんは、ベッドのヘリにちょこんと座っていました。60歳ぐらいの、小柄な男性でした。

Fさんの胃がんは進行していて、胃全摘手術が予定されていました。

 

問診の間、Fさんは、納得いかない表情で、「手術なんか受けたくないから、帰らせてほしい。」と何度も言いました。

そうはいっても、もう入院してきているし、手術の予定日も決まっていました。それに、癌が進行しているので、できるだけ早く手術をしたほうがよい状態でした。

誰しも入院したり手術を受けたりするときは、緊張もするし、場合によっては怖いと思うこともあるでしょう。Fさんも、きっとそういう心境なのだろうと思い、軽く聞き流していました。

 

翌日だったでしょうか、病棟から呼び出しがあり、行ってみると、Fさんが荷物をまとめて帰ってしまった、というのです。

途方にくれていると、婦長さんに肩をたたかれ、

「先生、これから二人でFさんを連れ戻しに行きましょう。」

と誘われました。

たまたま、Fさんの住まいが大学病院の近くにあって、歩いてすぐに行ける距離だったのです。

 

ちょうど今ぐらいの残暑の厳しいころでした。

セミがじゃんじゃん鳴いているアスファルトの道を、婦長さんと連れだってとぼとぼ歩いて行きました。

 

Fさんは、自宅にいました。

玄関先で、婦長さんが懸命に病院に戻るよう説得します。私は何と声をかけてよいかわからず、ただただ婦長さんの話に相槌をうちながら、Fさんの様子をうかがっていました。

 

Fさんは、町内会の役員をしたりするほどの人でしたので、こちらの話が理解できないわけではなさそうでした。

独身で、ひとりで住んでいるようでした。

たとえ研修医でも、「先生」と呼ぶ患者さんが多い中、Fさんは私のことを「さん」づけて呼んでいたことが、とても印象に残っています。それは、私を医者扱いしていない、というよりは、患者と医師は対等である、というFさんの意思表示のように思えました。

 

Fさんは、単に手術が怖いとか、入院が嫌だとか、そういう気持ちで帰ってきたのではなさそうでした。

何か信念のようなものがあって、自らの選択として、手術を拒否した、そういう感じでした。

 

結局婦長さんの説得もむなしく、私たちは二人でもと来た道を、またとぼとぼと帰るしかありませんでした。

 

その後職員食堂で、婦長さんと遅い昼食を食べながら、

進行したFさんの胃癌がさらに進んで、出血するだろうなあ、

そのうち食べ物が通らなくなるだろうなあ、

痛みも出るだろうなあ、

と、ぼんやりと考えていました。

 

これまでお世話になった先輩先生のほとんどは、治療を拒否した患者さんには厳しい先生が多かったです。

中には、あとで頼ってこられても、診てくれる先生を自分で探しなさい、と突き放してしまう先生もいました。

だからというわけではありませんが、私も自然と、こちらの提示する治療方針に納得してくれない人に対しては、どちらかというと厳しい態度で臨むようになっていました。

手術をしないで、あとで入院させてほしい、と頼んでこられても、外科医としてはなすすべがありません。責任もとれない。そういう思いが、少なからず外科医にはあるのかもしれません。

 

病状から考えても、すでにFさんは他界していらっしゃるだろうと思います。

病気が悪化していく過程で、あのとき手術を受けておけばよかった、と後悔しなかっただろうか、と考えてみます。

でも、不思議と、あのFさんの毅然とした態度が思い浮かび、何もしないという選択肢もありかな、と思ったりします。

 

 

 

 

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