段ボール工場に行ってきました。
衛生管理者の人と工場内を30分ほど巡視し、安全衛生委員会の開かれる会議室に向かいました。部屋に入ると、誰も来ていません。
まあ、いつものことだから・・・ 驚きはしませんでしたが、それにしても電灯は消えているし、椅子は片付けられているし、むっとした埃っぽい空気が満ちていました。
仕方がないので、窓を開けて空気を入れ替え、椅子を人数分準備して、座って待ちました。10分ほどたって、いっしょに巡視に回った衛生管理者の人が来ました。
「えっ、誰も来てませんか?」
「はい・・・」
「ちょっと待っててください。」
あわてて他のメンバーを呼びに行かれたのでしょうけれども、5分後には一人で戻っていらっしゃいました。
しばらく二人で雑談していると、結局開始予定時刻から20分以上も遅れて、どやどやと他のメンバーが集まってきました。
この工場の若い社員さんが二人病院を訪ねてきて、産業医派遣を依頼された日のことを思い出します。
「最近、他の工場で大きな労働災害があって、社長の肝いりで会社の安全衛生を立て直すことになった、ついてはぜひに産業医を引き受けてほしい―。」
そのころすでに、多くの会社に派遣されていた私は、引き受けても産業医として業務をきちんとこなせるかどうか、自信がありませんでした。それでも、若い社員さんが熱心に話をされるので、
「私は名前だけの産業医というのはやりませんよ、法律で定められた産業医活動をきちんとさせてもらえないのでしたら、初めからお断りします。」
と念をおしました。
その後そのうちの一人は他工場へ転勤になり、一人は会社を辞めてしまいました。彼女もはじめはとてもやる気になっていたのですが、会社の上層部の理解を得られず、少し空回りしていた部分もあり、失望して辞めてしまったのです。安全衛生委員会のメンバーもひっきりなしに交代しました。
皆が安全衛生は最優先だ、という一致した気持でいたころの、委員会の議論を知っている人はほとんどいなくなりました。委員会で決まった事項も、メンバーが変わるたびに反故にされてしまいました。
以前は毎月の安全衛生委員会でさえ開かれていなかったのですから、進歩したといえばそうなのかもしれません。でも、結局メンバー全員が日常の業務を抱えているので、
不良品が出た、
お客さんからのクレーム対応が必要になった、
急に本社での会議の予定が入った、
生産が追いつかない、
などの理由で欠席者が続出することが常態となってしまいました。
安全衛生はすべてに優先する―
大きな労働災害を経験して、高い理想をかかげたものの、やっぱり、生産がすべてに優先する、という以前の体制にもどってしまいました。ただ、現場で仕事を抱える人たちに対しては、彼らに権限がないのですから、半ば同情さえ感じます。
直接利益につながらないように見える安全衛生を最優先に重要視するのかどうかは、トップの意識次第です。結局社長自身の考え方の根っこは変わっていなかったと思わざるを得ません。
では、わが病院はどうか―
トップの意識は・・・
この話は、次の機会に。
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