「みけ先生は、何科が専門ですか。」
とよく聞かれます。
何科が専門、と聞かれても、
産業医学?
産業衛生?
労働衛生?
予防医学?
いずれも「科」という字がつきません。仕方がないので、
「昔外科医をしていたことがありまして。今現在は産業医の仕事だけしています。」
と答えるようにしています。でも、相手の反応は、
「ああ、そうなんですか。」と言ったまま、会話ははずみません。
「先生も、当直なさるんでしょう? 大変ですね。」
と言われて、
「いえ、私は産業医の仕事だけやってますので・・・」
と答えている自分が、けっこうみじめです。なんか医者としては半人前の仕事しかしていないみたいで。この医師不足のご時世に、なんと贅沢な・・・と思われているのではないかと罪悪感に似た気分になってみたり。
世間一般の医師のイメージは、白衣を着て病院で忙しそうに仕事をしている、といもので、私のように社員服を着て社内をうろうろしたり(本当は職場巡視なんですが)、煙草をやめましょう、運動しましょう、などとうるさく言っているのは「医師」ではないのかもしれません。
小さい頃からなりたかった医師ではありますが、実は私自身も、やっぱり白衣を着て病院の中をさっそうと歩いている「カッコイイ」お医者さんをイメージしていました。外科医のころは、そのイメージそのもの。首から聴診器ぶら下げて。若気の至りで、そんな自分に酔っていた・・かもしれません。
訳あって、白衣を着ない医者もどきになってしまって、時々自分は落ちこぼれなんじゃないかと気分がふさがることがあります。
時々「みけさん」と、さんづけで呼ばれることもありますし。
「あ、私は先生じゃないのね。そうですよね~。」って悲しくなります。
患者さんの病気を治してあげて、患者さんがよろこんでくれれば手ごたえもあるし、「いい仕事してますネ!」なんて、多少自己満足かもしれませんが。
医療費削減の時代だから、これからは予防が大事、
地道にやっていれば、産業医だって光があたることだってある、
そういうふうに自分を励まし、励まし、なんとかモチベーションを維持しています。
本当は、私自身が産業医の仕事に誇りをもたなければ、一般の方々に存在感を示すことはできないのに。
今日も、救急外来で忙しそうにしていらっしゃる臨床医の先生方を尻目に、足早に、そうっと帰ってきました。
Bさんは、企業の研究開発に携わる方で、あと数年で定年を迎えるというお歳でした。
私がその会社の産業医をするずっと前からアルコール依存症で、何年かに1回入院のために仕事をお休みされていました。
退院してきたので面談を、と会社から要請があり、初めてお会いしたときは、少し黄疸があるもののまだ活気のあるほうで、会社が学術的な会合や研究会に出席させてくれない、とぼやいていました。
あらかじめ会社から教えられていた情報で、Bさんはもうまともに仕事はできていないのだ、ということでした。だから、いつ会社をクビになってもよい状況で、まして研究会など、ということは会社側の言い分としてはごもっともなことでした。
ただ、Bさんがなぜアルコールに依存するようになったのか、きっかけは不眠症からだったようなので、その不眠の原因になったのがひょっとすると会社での仕事がからんでいたのでしょうか。
Bさんは、あまりそのことは言いません。言葉の端々にはなんとなく、こうなったのは会社にも原因があるのだと言いたげな様子でしたが、今会社と争えば、それこそ放り出されるので得策ではない、と思っていたのかもしれません。
常識的には半日勤務からでも始めたかったのですが、これまでの経緯があって会社側が難色を示し、職場に戻っても負担になるような仕事を任されるわけではないので、Bさんとよく話し合ってフルタイム勤務、としました。
その後、私も日々の業務に追われるまま、いつの間にかBさんの定年が間近にせまっていました。
あと数カ月となった頃にまた入院したらしく、退院してきたのはもう退職まで約1か月というところ。形式的になることはわかっていたのですが、Bさんと面談をしました。
驚いたことに、Bさんの身体から、一切の生気というものが感じられません。やせ細った両腕と両足、おそらく腹水のせいでしょうか、おなかだけが膨れており、黄疸で黄色く染まった眼だけがぎょろぎょろと動いているという感じです。なんと表現していいのか適切な言葉がみつかりませんでしたが、まるで「死体」と話をしているような、そんな気分でした。
こんな状態では出勤すらできないのではないか、と思い、退職まで自宅療養をすることを勧めました。入院は病気休暇でとっていたので、年次休暇が残っていたし、それを消化してもいいのではないか、と提案しました。
でも、Bさんは、黄色い眼でぎょろぎょろと私を見ながら、
「最後まできちんと勤め上げて、あいさつをして退職したい。」
と言いました。
そんな意欲が残っていること自体が驚きでしたが、医学的にみてとても無理だと思っても、Bさんの最後の意地を尊重せざるを得ませんでした。
そうは言っても、結局Bさんはほとんど出勤できず、ひっそりと退職していきました。
不眠に陥った時に、お薬を飲むことにとても抵抗感を持つ方が多い一方で、お酒の力を借りて眠ろうとする方が少なくないいうことを、日々の産業医活動の中で感じます。
睡眠の専門家の解説などを見ると、
お酒を飲むことは麻酔といっしょであり、酔いがさめたら目が覚めてしまうし睡眠のリズムも崩してしまう、ぐっすり眠れた気分になるが、実は浅い睡眠しかとれていない、
ということが書かれています。
また、最近の睡眠剤は習慣性になりにくく、比較的安全に使えます。一方で、お酒の力で眠ろうとすると、だんだん酒量が増えてくることはよくあり、その先にあるアルコール依存症が極めて難治性であることを考えれば、決して手をだしてはいけない方法ではないでしょうか。
もちろん、眠れない原因が職場にあるのなら、まずそれを解消するために、産業医としてもできるだけ手助けしていかなければなりません。
Bさんの場合、はじめから私がかかわっていたとして、果たしてBさんを助けることができたのかどうか、今となってはわかりませんが・・・
Bさんの身体をむしばんだアルコール依存症。
決して忘れられない症例です。
先日、皇族の方がアルコール依存症で入院されたという報道がありましたが・・・
産業医をしていると、たまにアルコール依存症の社員さんと接点をもつことがあります。
ある会社のAさんは、人望の厚い温厚な人柄の中間管理職でした。
ある日、会社の駐車場で奇妙な運転をして他の車にぶつかったまま、帰宅してしまいました。その日はそっとしておいて、翌日上司がさりげなく、「体調はどう?」と尋ねたそうです。すると、前日のことはまるでなかったかのように、「ちょっと風邪をひいて・・・」との返事。
精神的にどこかおかしくなってしまったんじゃないだろうか、と会社の上層部が心配して、産業医に相談の電話をかけてこられました。その日、たまたま院内でデスクワークをしていたので、さっそく会社に出向きました。
上司の方に伺っても、何が起きたのかいま一つ釈然とせず、とりあえず本人と面談をすることにしました。
「Aさん、体調悪いですか?」
「ちょっと風邪気味です。」(少し顔色が青い・・・)
「昨日のこと、覚えておられますか?」
「・・・」
触れられたくなかったかのような表情でしたが、忘れているわけではなさそうでした。
その後、事実関係を丁寧にたずねた結果、目の前がだんだん狭くなってくるような感じがして、あちこちぶつかった、というようなことだったようです。
でも、最後までどうしてその場を立ち去ってしまったのかはわかりませんでした。
とりあえず、脳の器質的な病気がないかどうかを調べるために、脳神経外科に紹介状を書いて受診していただきましたが、結果は「異常なし」。
週末にさしかかっていたので、そのまま様子を見ることにしました。
翌週になり、奥さまから面談を受けたいとの申し入れがありました。スケジュールはとってもきつかったけれど、ご家族から産業医に要望があるのは大変珍しく、面談の時間を作って病院に来ていただきました。
実はAさんは単身赴任です。週末に奥さまがAさんに電話をかけた時に夫といろいろ話しているうちに、会社での出来事を知って驚き、なんとかしなければと思ったそうです。
面談のとき、奥さまの話で初めて、Aさんが毎日大量の飲酒をされていることがわかりました。奥さまは夫の身体を気遣ってはいたのですが、本人が楽しそうに飲んでいるのを見て、深刻な事態とは思っていなかったそうです。
アルコール依存症の可能性もあるため、専門的な治療が必要かもしれない、と告げました。お酒は控えるように、とも伝えました。何か相談したいことがあれば、と私のメールアドレスをお渡しし、また奥さまのメールアドレスと携帯電話、ご自宅の電話番号を伺いました。
次の週末に、Aさんがご家族と家で過ごしているときに、新たな変化が現れました。お酒をあまり飲んではいけないと、お酒を控えていたそうですが、
昼間に電車の中で倒れそうになり、
夜はカッと目を見開いて、家じゅうを動き回っていたそうです。
いわゆる、離脱症状、だったのかもしれません。
奥さまから、メールで、「早めに受診したほうがよいでしょうか。」と相談があり、あわててご自宅にお電話しました。ちょっと遠方だけれど本格的なアルコール依存症の病院があり、奥さまはそちらに連れて行きたいとのこと。
できるだけ早く受診されるよう勧めました。
その後、Aさんは入院治療を受けて無事退院されました。
ほどなく転勤になり、現在はご家族とともに生活し、元気でお勤めだそうです。
私は会社の産業医ではあるのですが、時にご家族の支援が必要な時があります。多くの場合、特に精神面でのケアが必要なケースでは本人任せになることが多く、ご家族が関与したがらないこともあります。
アルコール依存症は再発率がとても高い、と聞きます。
今回のケースでは、かなりスムースに治療が進んだ稀有なケースかもしれません。
やはり、奥さまの協力がとても大きかった、と思っています。
産業医の仕事にはいろいろあって、たとえば毎月開かれる安全衛生委員会に出席したり(・・・開いていない企業さんもちらほらあるのですが・・これは法律で定められた義務なのです。)、職場巡視をしたり、健康診断のあとの健康指導を行ったり、長く病気で休んでいた人が復帰する時に、業務の軽減や配置換えなど必要ないか検討したり、その他たくさんあります。最近では精神面で病んでしまった人のケアも、大切な業務の一つになっています。
ある会社では、毎月私が行くと、机の上に面談者リストが置いてありました。そして、一人10分ぐらいの割り当てで、とにかくひたすら面談をさせられたのでした。
リストにあがっている人は、前月の労働時間が長かった人。一通り健康状態を聞くともう時間がきて、
「では、次の人どうぞ。」
なんとなく、こんな産業医の仕事はいやだなあと思っていました。だって、仮に誰か体調不良の人がいても、「この方、休ませてあげないといけませんよ。」と忠告したところで、「上司に伝えます。」と言われたきり、結局労働条件は変わりはしなかったのです。
かろうじて職場巡視はさせてもらっていましたが、「産業医は安全衛生委員会に出席する義務もあるのですよ。」と何度話しても、「上と相談します。」の繰り返し。
安全衛生委員会に出席できれば、この労働条件の悪さを改善していただくよう、議題として取り上げてもらえます。少なくとも産業医が直接、会社に問いかけのできる唯一の場なので、安全衛生委員会にはこだわっていました。
あるとき、リストに同じ人が結構あがってくるので、その社員さんに現状を聞くと、
「結局仕事があるから休めない。」
「自分が休んだら他の人にしわ寄せがいくから休めない。」
と言うのです。
病院へ戻る道々、考えました。
・・・私は、会社が長時間労働をさせることにお墨付きを与えてしまっているのではないだろうか。
産業医との面談を受けさせているから、会社はきちんと健康管理をしています、そういう言い訳にされているだけなのではないだろうか。
とても大きな無力感でいっぱいになりました。
ある日意を決して、産業医契約を終了したいと申し出ました。本当は院長先生に相談してからそうすべきだったのですが、私の中では結論が出ていたのです。
先方は、私が帰った後病院の職員に、大変激しい口調で電話をかけてきたそうです。
「頭を下げてまで頼むようなことではない。」と。
結局その会社との契約は翌月から終了となりました。
ほっとしたと同時に、なんだか後味の悪い結末でした。
東証一部上場の、立派な会社なのですが、中で働いている人たちが必ずしも幸福とは限らないことがよくわかる経験でした。
パソコン歴は20年以上になるのに、不惑の歳をすぎて初めてブログなるものを始めてみました。
妙に自意識過剰になりそうだし、
いざ書き始めると、あれほどいろいろ書こうと思っていたことがあったはずなのに、キーボードを打つ手が止まってしまいました。
今日は、きばらずぼちぼちと・・・
そういえば、今朝ベランダにとんぼが飛んできました。
もう、夏ですね・・・
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