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近くの病院に、私が一番尊敬している外科の先生がいらっしゃいます。
残念ながら、今勤務している病院とは、あまり仲がよくないみたいですが、昔お世話になったこともあり、個人的にはやっぱり、尊敬する先生です。
がんを勉強しようと思った理由はたくさんありますが、田舎なので、化学療法だけでなく、診断についても、遅れを取っていたということもありました。もちろん、緩和医療も、、、
印象的な患者さんの中で、自分がもっと力があったら(知識がちゃんと標準的なもので、それにしたがって外科の先生を動かせることができたら)と思う症例に関わってくださった先生が、その尊敬する先生です。
悪性リンパ腫だった症例を、その患者さんの不運もあったのですが、いろいろな悪条件が重なって、「クロン病」と診断されました。途中で、おかしいような気がして、リンパ腫の可能性を考え、開腹生検(すぐに届く場所でなく)をお願いしたら、「そんな診断方法はない」といわれ、あきらめました。
その後、腹腔内膿瘍を作るような状態になり、それこそ、開腹なんてとんでもない、、、という状況で、私があの時に無理を言ってでも、精査をお願いできていれば、、、と思いつつ、その人の命を助けたいと、以前いた病院にお願いして、手術してくださった先生でした。
手術に立ちあわせてもらっている途中で。
「難しいかもしれないけど、自分たちは外科としてできることはするよ。」
結局、リンパ腫で、化学療法の甲斐なく、亡くなられたのですが、最後にお見舞いに行った時に、「先生、早く先生のとこに戻りたいよ」と言われ、自分の力のなさを感じました。
その症例が、最後のきっかけとなり、がんセンターに行くことになったのですが。
その尊敬する先生からの紹介の患者さんのことで、同じ病院の外科の先生に相談しました。
私も、がんは専門ですから、化学療法については、どうしても、気になることは、大体において、多々あります。
どうしても、外科の先生との連立なければ治療できない分野も、がんの治療の中では多いので、その、尊敬する先生からの症例について相談したのですが、、、
外科の先輩の先生が、「いくら、外科的にすごい先生だと言っても、、、化学療法的には、先生だって、分かるよね。」
外科医のマスターベーション。と、久しぶりに聞いた気がする。でも、尊敬する先生だけに、あの時のオペ室での言葉を聞いているだけに、、、、
(複雑な心境?)
私は、外科ではないので、腫瘍内科医として、その中で、外科の先生たちと話しをしていきたい。
外科の先生たちと、もっと話しをしないと、、、とも思う。
それよりも、同じ、医者だから、半径1kmにいるのなら、仲良くすればいいのに、、、
男の人たちは、なんで、こんなに仲悪いのでしょう?
患者さんのために、もう少し、よりよい医療圏を考えればいいのに、、、、と、単純に、ためいきです。
新しい病院に赴任して、私以外の常勤も増え、外勤で来ていた頃よりも暇になるのかなあ、と思っていました。
もちろん、入院患者さんを受け持つので、その分は忙しくなるだろうけど、勤務に入っている時間も増えるし、外来枠がそうそう増えるわけではないので、、、、
でも、、なぜか忙しくて、机についてほっとする瞬間が、あまりない、、、。(ブログを書く時間もない、、、)
土日も、なんとなく気になる患者さんがいて、行かないですむことが減ってきたし。
こんなに忙しくなっているから、病床稼働率とかにも、貢献できているのかな~と思いきや、、、
意外と稼働率の上昇率は少ない。
たぶん、看護師サンたちも、そう思っているはず。
夕方の様子などを見ると、特にそう思う。
ごめんなさい、入院させてしまって、、、と。
今までが暇すぎて、それに慣れていて、今の忙しさは他の病院と比べて当たり前かも知れないのだけど、そのあたりはきちんと納得できないと、いつか壊れてしまいそうで怖い。
今は、赤字を補うために、皆ががんばっているけれど。
で、本当は、いろいろやりたいことも進まず、学会に発表するためのネタも考えてはいるものの、実行するためにえいや、とがんばることができないのでした、、、、
ザブングルではないですが。
前回のブログ更新の前に、娘の父親の父がきたそうです。
自分達は育てることをお手伝いできないので。
と、私の父母に、お金を置いていったそうです。
父母は、断りたかったけど、「ああ、実際面倒みたことないもねえ」とも言えずに、「じゃあ、孫の為に使わせてもらいます」と(実際、孫である娘のために父母が使っている洋服代にも足りない金額、、、ほどですが)もらったそうです。
だけど、くやしくて。
お金さえやればいいと思っているの?
そんなにうちは貧しくないし、孫のためなら申し訳ないけどアナタタチよりも世話だけでなくてお金もかけているよ、、、
開業医でお金持っているからと言って、それですむと思うな~
障害があるから、自分の家から離れてほっとしているのはみえみえ~
こんなに可愛い子を、障害とかで分けているアナタタチ
くやしい。
元夫が娘が生まれた時に言った言葉。
「よかった。障害児じゃなくて」
関係なく、かわいい娘なのに。くやしい。
追い討ちをかけるように、義父が言った言葉。
「施設に入れないといけないな」
そのときから、私は元夫の家族を信じられなくなったのかもしれないけど(障害があると分かって、お祝いも躊躇してきてくれそうになかった家族だったよね;今思えば)、、、、
くやしい~むき~
くやしくて、病院の施設内禁煙の話し合いで、「病院だったら、健康増進として禁煙すすめるのが当然でしょう」ということをやんわりと言ってしまいした。
明らかに事務の人たち、自分達が禁煙したくないから、施設内禁煙拒否していたし、、、
あきらかに、やつあたりです(まあ、癌を扱うものとしては、正論を言ったつもりではあるのですが、、、)
娘にとって、離婚はうれしくなかったのは間違いない。
それをマジかに見ている自分と、時々あって喜ばれて嬉しい元夫の違い。
言葉がでなくても、我慢している娘のことを考えてないんか~い。
ばか元夫。
金さえあれば済むのか、元夫の家族。
でも、私的には、別れられて、良かった、、、のかも。
私の悪口を言っていたことを、私につげ口してくれる人がいることも。
離婚するや否や、元夫の兄弟関係のうわさを聞くことを考えると、、、、特に、、、、
今年1年,いろいろなことがありました.
どうしても病院に行けなくなって,ずっと長いこと勤務していた病院を辞めた.
その病院は結婚してから働き始め,元夫の地元でもあった.
新婚とか関係なく,元気だった私は,救急はじめ,どこから血が出てようと呼ばれていたし,当直も多く,週に何度家に帰ったのだろう,,,,?
前のように働いてほしい病院側と,子育てしながらの勤務ではどうしても乖離がある,,,
そして,夫の離婚宣言.
その後に次々に分かっていく夫の浮気の詳細.
迷惑電話.
相手が女医と聞いて,びっくり,,,,
でも,迷惑電話の内容や時間帯を改めて考え直すと,女医だからこそのセリフでもあり,納得,,,
自分の突然の入院.
新しい職場.
相変わらず,救急患者を呼んでしまう自分にため息,,,
年賀状をどうしようか,ずっと悩んでいましたが,お世話になった先生方にもきちんと伝えようと思って,昨日1日かけて作りました.
(メッセージを書くのに手が疲れてしまいました)
書きながら,ふがいない自分を,本当にいろいろな人が助けてくれて,娘と二人生きていけるのだな,,,と.
こんなに気持ちをこめて年賀状を書くのは初めてかも.
新たな1年を,母娘二人でがんばって行きます.
今年も大変お世話になりました.
がんばるぞ~
どうも,このところ,立て続けに,20台前半の女性の急患にため息をつくことが多いです.
まだ,この病院は医師不足のために救急告示をしていないのですが,そういう事情もおそらく何も知らずに,彼氏がギャーギャー騒いで非常識な時間の受診.
親はいったいどういう育て方したのか!と思うと,親までそんな時間にやってくるというパターン.
足裏の米つぶとも言われる、学位というものの、審査が今週あります。
審査をしてもらう主査、副査の教授が、うちの病院の教授報告会にいらっしゃっていたので、挨拶に行きました、、、
副査の先生は、主人がお世話になっている脳外科の教授とお話中で、「ぼくは学位審査でいじめることはありませんから」、お願いします、と思いつつ、「いつも主人がお世話になっております」と、脳外科の先生にも挨拶、、、少しは嫁の役目を果たせたか?・?
主査の先生は、取り巻きが多く、どうやって近づいたらいいだろう??と、先輩に目配せをして、「いつ近づけばいいですか??」
いきなり、行くと、「学位なんてどーでもいい」と言われ、困りました。
私は県で今のところ唯一、がん薬物療法専門医なのですが、そのことを言われていたようです。
でも、大学だと、なかなか好きに働けないし、、、
ちょっと前の自分は、大学で、がん関係で、自分だったらもっとちゃんとしてあげれるのにな~って、悔しく思って、上司に訴えていたけれど、そういう訴えって、通じないんだなって。
今の病院は小さいけれど、患者さんのことを最後まで責任もつよ、という院長の考えが好きです。
出来る限りの医療を、この小さい病院でも、がんの最先端に近い医療を提供したいと思います。