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前の仕事を辞めた原因は
「どうしても、仕事に行くこともできなくなった」
もちろん、仕事がきつかったり、体力的に無理があったりしたのですが、一番つらかったのは、精神科にかかっていたことも知ってある上司から、「診断書があってもすぐに休まれたら困るからもう辞めて」と怒って言われたことでした。
仕事が忙しくなり、無理して、仕事に行って、一時的に症状がひどくなったところがあったのに、と、精神科の先生は少し怒ってありましたが(ついでに、ハローワークの人も)。
ちょうど去年の今頃、精神科の先輩に薦められて、抗うつ剤を飲み始めました。
「飲むと楽になるよ~精神科の先生なんてほとんど飲んでいるんだから。(それが本当かは知らない)」
「自分はいらない人間かもしれない」と思うはじめると、まず家から出て行きたくなる。1週間くらいは本当になにもしたくない。
タイミングがよければ、仕事に行って、少し気晴らしになることもあるけれど、仕事の日の朝などにそういう気分になると、とにかく必死で娘に食べさせて、保育園に連れて行って、もうそれ以上のことができない。
とにかく、何もせずに、眠っていたい。
お酒でも、薬でも、眠れるのなら、死んでもいい、、、
精神的にも落ち込むことが前提だけど、体力が弱っているのも大きな原因のような気がする。
3年目の頃、1週間に一度しか帰れない生活、それでも楽しくて楽しくて頑張っていた。精神的には余力があった。
でも、体力に余力がなくなり、途中から精神的にもつらくなってきた。もともと、体力はあまりない自分。
逃げたい、、?
結局、結核にかかっていることが分かり入院。
1ヶ月休み、どうにか体力回復。気力も戻ってきた。
(だけど、逃げたい気持ちがどこかにあり、結婚)
その頃、親友がうつ状態で休養していた。
「いったん、底力みたいなものがなくなると、戻るのに3年はかかるんだよ。ゆっくりもどしていかないと」
結婚したり、新しい土地で勉強を始めたり、そういうことで、自分の底力が戻ったような気がしていた。
娘も生まれた。このホルモンバランスも侮れなかった。
今回の大きな原因は、遠距離を娘をつれて毎週通勤したことだった。(週末に自宅の家事をしたり、何より夫の浮気が心配で)
体力がもうなかった。
バス停から宿舎まで娘を抱っこして帰る、、、途中で、へこたれそうになった。
そういうことを繰り返しているうちに、精神的にも何もしたくなくなってしまった。
休息しても、戻らない、
もっと昔の自分は頑張れたのに、、、
精神科に行ってみて、自分の気持ちが整理できて、「きつかったんだ」。薬ももらったけど、その日は受診しただけで、涙があふれてきて、ほっとした。
お薬は、初めて飲んだときには、頭を押さえつけられて無理やり眠らされているようだったけれど、3時間くらいして目覚めた時、すっきりしていた。
びっくりした。
今は、薬なしでも過ごせるようになっている。
体もきちんと、三食食べて、眠って、眠れない時には薬を少しのんで。
仕事の負荷が増えたら、どうなるかな、と心配なところはあるけれど、出て行った夫の世話がないだけ、家事はかなり楽。
娘のことも、前よりも見れるようになった。
心と体は本当に関係している。
「西の魔女が死んだ」(原作しか読んでないけど)に書いてあることは本当のような気がする。
体をしっかり作らないと、いい心だって作れない。
だけど、今の医療制度って、心と体を治す医者が疲弊するしくにみなっている、、、その上、子持ちの女医さんが働きにくい環境、、、これは、医者同士で頸を絞めているような気もする。
数ヶ月、バイト生活でしたが、それはそれでゆっくりできたのですが、やっぱり、患者さんをじっくり見るためには、、、
働き始めたいです。
常勤と非常勤って、私達の生活としては、保険がつくとか、非常勤の方がお金はもらえるとか、、、、
でも、「この先生はずっといる先生で入院しても見てもらえる先生」というのが患者さんにとっては、一番なのかなあ。
それでも、、、、娘がいるので難しいところもある、、、
でも、コメントを見ていると、応援してくれている人もいるようなので、とりあえず、頑張ります