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福島県立大野病院事件◆Vol.14
検察側、弁護側の主張は平行線のまま
計14回に及んだ公判を振り返る(2) 
橋本佳子(m3.com編集長)
   
 「昨年1月の初公判における冒頭陳述をもう一回聞いたようなもの」。

 今年3月の論告求刑時、計14回の公判を継続して傍聴していた、ある医師が思わずこうもらした(第13回公判「検察の求刑は禁固1年、罰金10万円」を参照)。

 検察側、加藤医師・弁護側、遺族の、それぞれの主張や事件への思いなどは、最後まで変わらなかった――。これが、2007年1月以降、計14回に及んだ、福島県立大野病院事件の公判を傍聴した感想だ。

 死亡した女性は、帝王切開手術の既往がある前置胎盤の女性で、2004年12月17日、帝王切開手術時に出血を来し、死亡した。被告の加藤克彦医師は、業務上過失致死罪と医師法21条違反に問われている。

 検察は初公判時、業務上過失致死罪については、(1)帝王切開手術前の検査時、遅くても胎盤と子宮を用手的に剥離する際に、癒着胎盤であることを認識し、大量出血の危険を予見できた、(2)用手的剥離が困難になった時点で剥離を中止して、子宮摘出術に切り替える義務があったが、それを怠り、大量出血を招いた、(3)死因は出血死であり、加藤医師の行為との因果関係がある――などと主張した。また、医師法21条違反については、異状死の届け出を怠ったとしている。この検察の主張は論告求刑時も変わっていない。

 一方、弁護側は、これらを否定し、一貫して加藤医師の無罪を主張している。また、加藤医師は、初公判時、起訴事実を否定したが、「忸怩(じくじ)たる思いがあり、(死亡した女性の)ご冥福を心からお祈りします」と述べた。その後の証人尋問や今年5月の最終弁論時にも同様に、遺族へのお悔やみの言葉を繰り返し述べている(第11回公判「墓前で自然な気持ちで土下座した」、第14回公判「「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張」を参照)。

 一般的に刑事裁判では、公権力による捜査が行われることから、民事裁判と比べて、「いったい何があったのか、その真実が明らかになる」と考えられているが、今回の場合は当てはまらないようだ。遺族は、計14回の公判を傍聴し、約80時間に及んだ検察、弁護側のやり取りを聞いていた。それでもなお、「真実が明らかになった」とは受け止めておらず、加藤医師の責任追及を求める気持ちは変わっていない(第12回公判「警察関係者に感謝申し上げたい」を参照)。

 「剥離を中断し子宮摘出術に切り替えるべきだったか」が最大の争点

 公判では、証人尋問を受けた医師が、加藤医師の起訴前の事情聴取時などとは異なる発言をする場面が何度か見られた。しかし、検察側の主張は変わることはなく、弁護側の主張とは平行線をたどったままだった。

 裁判の最大の争点は、前述の(2)の「癒着胎盤であることを認識した場合、胎盤剥離を中止して、子宮摘出術に切り替える義務があったか否か」という点だ。

 この争点を因数分解すれば、(1)子宮摘出術に切り替えることができたか、(2)子宮摘出術に切り替えれば、大量出血を防ぐことが可能だったか、(3)胎盤剥離を完遂したことが大量出血をもたらしたのか、(4)大量出血と死亡との間には因果関係があるのか――ということになる。

 以下が、検察側、弁護側それぞれの主張だ。

 【検察側の主張】
 (2008年3月21日の論告求刑、「検察の求刑は禁固1年、罰金10万円」 「被告は医師の社会的信頼を低下させた」

 (1)について
 手術時の女性の体位は子宮摘出術が容易な「砕石位」であり、女性の全身状態など、医学的観点から子宮摘出術が可能な状況にあり、術前の説明で「内容は不十分ながらも手術の危険性を説明し、子宮摘出術の同意を得ていた」などと主張。

 (2)について
 用手的剥離できない癒着胎盤をクーパーで無理に剥離したために、子宮内壁の動脈が子宮内壁に向けて開放された状態になり、子宮後壁下部からの出血が急増したと主張。

 (3)について
 胎盤娩出(午後2時50分)後の午後2時55分ころまでの総出血量は、5000mLに達していた。

 (4)について
 死因は、胎盤剥離を無理に継続したことによる大量出血であり、加藤医師の胎盤剥離行為と死亡との間には因果関係がある。

 検察側が依拠した証拠
 本件手術の麻酔記録、医学書類、病理鑑定医(第5回公判で証人尋問を受けた病理医)、検察側鑑定医(第6回公判で証人尋問を受けた婦人科腫瘍の専門家)など(弁護側の証人の意見については、「日本産婦人科学会などが本事件への抗議声明を出している状況下では、中立性・正確性に疑問がある」などとしている)。

 【弁護側の主張】
 (2008年5月16日の最終弁論、「「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張」「安易な刑事介入を牽制する弁論を展開」)

 (1)(2)について
 胎盤剥離を完遂すれば子宮収縮により止血が期待できる、剥離を中断しても出血は止まらない、剥離を完遂した方が子宮を摘出しやすいことなどから、「胎盤剥離をいったん開始したら完遂するのが、わが国の臨床医学の実践における医療水準」であり、加藤医師の行為は「医学的な合理性がある」と主張。
 
 (3)について
 胎盤胎盤娩出(午後2時50分)後の午後2時52~53分ころまでの総出血量は、2555mLであり、胎盤剥離中の出血は最大でも555mL。

 (4)について
 死亡原因として羊水塞栓の可能性があり、出血の原因として産科DICの発症が考えられ、大量出血と死亡との因果関係には疑問の余地がある。

 弁護側が依拠した証拠
 麻酔記録、医学書類(検察の医学書の解釈は、「誤解もしくは曲解」していると主張)、弁護側証人(胎盤病理や周産期医療の第一人者=第8回、9回、10回の公判で証人尋問を受けた医師。検察側の病理鑑定医などと比較して、経験・実績から極めて信頼性・信用性が高いと主張)。

 胎盤剥離時の出血量という「数字」も一致せず

 加藤医師の医療行為の妥当性はもちろん、(3)の出血量という一見客観的に把握できる数字ですら、検察側と弁護側の主張は一致していない。(3)の客観的証拠として、「麻酔記録」に記載されているのは、「午後2時52~53分ころまでの総出血量は、2555mL」という事実のみ。しかし、検察は「出血があった時期と出血量が麻酔記録に記載された時期との間に間隔が生じることが避けられないこと」「輸血用製剤を手術室に持っていった助産師が『5000mL出てます』と聞いたこと」「加藤医師が、当日夜記載した記録で、『この辺りでbleeding 5000mLぐらいか』と記載したこと」などを指摘し、「胎盤剥離後までに5000mLの大量出血があった」と主張している。

 要は、依拠する証拠およびその解釈によって、主張が異なるのである。果たして裁判所は、いかなる証拠の信憑性を重んじ、判断するのだろうか。

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