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福島県立大野病院事件◆Vol.15
大野病院事件をめぐる5つの誤解・疑問を考察
計14回に及んだ公判を振り返る(3) 
橋本佳子(m3.com編集長)
   
 2006年2月18日の加藤克彦医師の逮捕、翌3月10日の起訴、そして2007年1月26日の初公判以降、福島県立大野病院事件は一般紙やテレビをはじめ、様々なメディアで取り上げられてきた。ネット時代にあって、各種情報が瞬時に伝わり、事件に関する議論が深まった一方で、中には事実とは異なる解釈がされているケースもある。さらに、計14回にわたった公判を傍聴し、疑問に思う部分もあった。今回はこれらについて考察してみる。

 その1●「加藤医師の逮捕は、医師法21条がきっかけではない」

 「福島県立大野病院事件の発端は、医師法21条に基づき、異状死の届け出をしなかったことにある」との見方が医療界にある。

 確かに、加藤医師は、業務上過失致死罪に加えて、医師法21条違反でも起訴されている。しかし、加藤医師の捜査の発端となったのは、2005年3月22日に「県立大野病院医療事故調査委員会」がまとめた、「県立大野病院医療事故について」と題する報告書だ。ここに、

 「出血は子宮摘出に進むべきところを、癒着胎盤を剥離し止血に進んだためである。胎盤剥離操作は十分な血液の到着を待ってから行うべきであった」

 などと、加藤医師に過失があったと受け取られかねない記載がある。しかし、報告書は医師法21条に基づく届け出には言及していない。つまり、業務上過失致死容疑で捜査が開始されたのであり、医師法21条違反はその捜査の過程で浮上したものと見るのが妥当だ。

 2007年6月27日に開催された、厚生労働省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」で、警察庁刑事局刑事企画課長はこう述べている(下記は、当日の議事録から引用)。

 「(平成9年以降、ここ10年間で)医師法21条に基づいて届け出なかったから事件になったというのは7件ありますが、これはすべていわゆる業務上過失致死が付いています。どちらかというと医師法21条は変な言い方ですが、当然過失致死等で立件にふさわしい案件に合わせて、21条の届出がなされていなかったから立件しているのだということで、届け出なかったゆえに、そのことをもって立件しているという21条だけのケースは1件もありません」

 つまり、「医師法21条違反だけで立件することはない」と述べているのである。確かに、今の医師法21条をめぐっては様々な問題があり、今の“医療事故調”をめぐる議論に発展している。しかし、医師法21条だけを改正しても問題は解決しない。同時並行的に、「どんな医療行為に対して業務上過失致死罪を適用するか」、この点を議論しないと、医療事故が刑事事件に発展する懸念は払拭できず、“医療崩壊”を食い止めることもできない。

 その2●「なぜ公判で医師法21条について、ほとんど議論されなかったか」

 前述のように、加藤医師は医師法21条違反で起訴されている。しかし、加藤医師本人(第11回公判「異状死の届け出はしなくていい」を参照)と、大野病院の院長がそれぞれ当時の様子を語り、また弁護団が最終弁論で医師法21条違反はないことを主張した以外は(「第14回公判「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張」を参照)、ほとんど21条が取り上げられることがなかった。

 医師法21条をめぐっては、1994年が日本法医学会がガイドラインを出して以降、各学会、さらには厚生労働省が解釈を出しているが、見解は一致しておらず、医療現場に混乱が生じている。加藤医師の弁護団は、医師法21条に詳しい法学者の証人尋問を求めたものの、理由は不明だが、認められなかった。このため、弁護団はこの法学者の「意見書」の形で証拠提出しているが、証拠採用されていない。

 その3●「なぜ院内事故調査報告は証拠採用されなかったか」

 「その1」で言及した通り、加藤医師の逮捕は、2005年3月の「県立大野病院医療事故調査委員会」の報告書が発端となっている。この延長線上で考えれば、検察側は、この報告書の証拠採用を求めるはずだが、実際にはされていない。

 この報告書は、本文部分4ページ(A4判)に、表紙と目次、「用語集」が付いた体裁で、計3回の議論を経てまとめられている。

 注目すべきは、「今回の事例は、前1回帝王切開、後璧付着の前置胎盤であった妊婦が…」としている点だ。この点が検察の主張と、実は異なる。「後壁付着」の場合、「前壁付着」と比べて、子宮と胎盤が癒着(癒着胎盤)しているかを、帝王切開手術前の検査などで診断するのは難しい。検察は「前壁」に癒着があったと主張し、術前、遅くても用手的剥離をした時点で癒着胎盤の予見が可能だったとしている。

 なお、福島県立医科大学産婦人科教授の佐藤章氏は以前、「この報告書を見たとき、ミスがあったと受け取られかねない記載があるため、表現の訂正を求めたが、県は認めなかった」と語っている。この報告書は、示談金を支払うことを想定してまとめられたものとされ、医療側に問題がある内容でないと、示談金の支払いに支障が出ると県は判断したものと思われる。

 その4●「加藤医師は、外来患者さんの前で逮捕されたのではない」

 「加藤医師は外来診療中に逮捕された」と解釈している人がいるが、実際にはそうではない。加藤医師が逮捕・起訴以降、公の場でコメントしたのは、初公判の直後に開かれた記者会見の席上のみだが、ここで本人自身がこの点を否定している。

 2005年3月の「県立大野病院医療事故調査委員会」の報告書以降、加藤医師は数回、警察に事情を聞かれていた。2006年2月18日の逮捕当日の3~4日前に、警察から家宅捜索に入る旨の連絡があった。当日、家宅捜索後、「警察で話を聞く」と言われ、加藤医師は警察署に同行した。警察署の取調室に入った後、突然、逮捕状が読み上げられたという。

 「逮捕」は、証拠隠滅や海外逃亡の恐れなどがある場合に行われるのが一般的。今回の場合、既にカルテなどは押収され、加藤医師は数回取り調べを受けていた。書類送検ではなく、なぜ「逮捕」されたのかを疑問視する向きは多い。

 その5●「遺族は告訴していない」

 近年、「医療事故に遭った遺族が警察に訴える」というケースが見られる。しかし、大野病院事件の場合は、前述のように、警察の捜査の発端は、「県立大野病院医療事故調査委員会」の報告書であり、遺族が告訴したわけではない。なお、遺族への示談金は、現時点ではまだ支払われてない。
 
 もっとも、帝王切開手術で死亡した女性の遺族が、今回の経過に納得しているわけではない。今年1月25日に開催された第12回公判で、女性の夫、父親、弟がそれぞれ意見を述べた(「警察関係者に感謝申し上げたい」を参照)。警察や検察に対する感謝の意を述べた上で、加藤医師の責任追及、事故の真相究明を求めている。

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福島県立大野病院事件◆Vol.14
検察側、弁護側の主張は平行線のまま
計14回に及んだ公判を振り返る(2) 
橋本佳子(m3.com編集長)
   
 「昨年1月の初公判における冒頭陳述をもう一回聞いたようなもの」。

 今年3月の論告求刑時、計14回の公判を継続して傍聴していた、ある医師が思わずこうもらした(第13回公判「検察の求刑は禁固1年、罰金10万円」を参照)。

 検察側、加藤医師・弁護側、遺族の、それぞれの主張や事件への思いなどは、最後まで変わらなかった――。これが、2007年1月以降、計14回に及んだ、福島県立大野病院事件の公判を傍聴した感想だ。

 死亡した女性は、帝王切開手術の既往がある前置胎盤の女性で、2004年12月17日、帝王切開手術時に出血を来し、死亡した。被告の加藤克彦医師は、業務上過失致死罪と医師法21条違反に問われている。

 検察は初公判時、業務上過失致死罪については、(1)帝王切開手術前の検査時、遅くても胎盤と子宮を用手的に剥離する際に、癒着胎盤であることを認識し、大量出血の危険を予見できた、(2)用手的剥離が困難になった時点で剥離を中止して、子宮摘出術に切り替える義務があったが、それを怠り、大量出血を招いた、(3)死因は出血死であり、加藤医師の行為との因果関係がある――などと主張した。また、医師法21条違反については、異状死の届け出を怠ったとしている。この検察の主張は論告求刑時も変わっていない。

 一方、弁護側は、これらを否定し、一貫して加藤医師の無罪を主張している。また、加藤医師は、初公判時、起訴事実を否定したが、「忸怩(じくじ)たる思いがあり、(死亡した女性の)ご冥福を心からお祈りします」と述べた。その後の証人尋問や今年5月の最終弁論時にも同様に、遺族へのお悔やみの言葉を繰り返し述べている(第11回公判「墓前で自然な気持ちで土下座した」、第14回公判「「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張」を参照)。

 一般的に刑事裁判では、公権力による捜査が行われることから、民事裁判と比べて、「いったい何があったのか、その真実が明らかになる」と考えられているが、今回の場合は当てはまらないようだ。遺族は、計14回の公判を傍聴し、約80時間に及んだ検察、弁護側のやり取りを聞いていた。それでもなお、「真実が明らかになった」とは受け止めておらず、加藤医師の責任追及を求める気持ちは変わっていない(第12回公判「警察関係者に感謝申し上げたい」を参照)。

 「剥離を中断し子宮摘出術に切り替えるべきだったか」が最大の争点

 公判では、証人尋問を受けた医師が、加藤医師の起訴前の事情聴取時などとは異なる発言をする場面が何度か見られた。しかし、検察側の主張は変わることはなく、弁護側の主張とは平行線をたどったままだった。

 裁判の最大の争点は、前述の(2)の「癒着胎盤であることを認識した場合、胎盤剥離を中止して、子宮摘出術に切り替える義務があったか否か」という点だ。

 この争点を因数分解すれば、(1)子宮摘出術に切り替えることができたか、(2)子宮摘出術に切り替えれば、大量出血を防ぐことが可能だったか、(3)胎盤剥離を完遂したことが大量出血をもたらしたのか、(4)大量出血と死亡との間には因果関係があるのか――ということになる。

 以下が、検察側、弁護側それぞれの主張だ。

 【検察側の主張】
 (2008年3月21日の論告求刑、「検察の求刑は禁固1年、罰金10万円」 「被告は医師の社会的信頼を低下させた」

 (1)について
 手術時の女性の体位は子宮摘出術が容易な「砕石位」であり、女性の全身状態など、医学的観点から子宮摘出術が可能な状況にあり、術前の説明で「内容は不十分ながらも手術の危険性を説明し、子宮摘出術の同意を得ていた」などと主張。

 (2)について
 用手的剥離できない癒着胎盤をクーパーで無理に剥離したために、子宮内壁の動脈が子宮内壁に向けて開放された状態になり、子宮後壁下部からの出血が急増したと主張。

 (3)について
 胎盤娩出(午後2時50分)後の午後2時55分ころまでの総出血量は、5000mLに達していた。

 (4)について
 死因は、胎盤剥離を無理に継続したことによる大量出血であり、加藤医師の胎盤剥離行為と死亡との間には因果関係がある。

 検察側が依拠した証拠
 本件手術の麻酔記録、医学書類、病理鑑定医(第5回公判で証人尋問を受けた病理医)、検察側鑑定医(第6回公判で証人尋問を受けた婦人科腫瘍の専門家)など(弁護側の証人の意見については、「日本産婦人科学会などが本事件への抗議声明を出している状況下では、中立性・正確性に疑問がある」などとしている)。

 【弁護側の主張】
 (2008年5月16日の最終弁論、「「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張」「安易な刑事介入を牽制する弁論を展開」)

 (1)(2)について
 胎盤剥離を完遂すれば子宮収縮により止血が期待できる、剥離を中断しても出血は止まらない、剥離を完遂した方が子宮を摘出しやすいことなどから、「胎盤剥離をいったん開始したら完遂するのが、わが国の臨床医学の実践における医療水準」であり、加藤医師の行為は「医学的な合理性がある」と主張。
 
 (3)について
 胎盤胎盤娩出(午後2時50分)後の午後2時52~53分ころまでの総出血量は、2555mLであり、胎盤剥離中の出血は最大でも555mL。

 (4)について
 死亡原因として羊水塞栓の可能性があり、出血の原因として産科DICの発症が考えられ、大量出血と死亡との因果関係には疑問の余地がある。

 弁護側が依拠した証拠
 麻酔記録、医学書類(検察の医学書の解釈は、「誤解もしくは曲解」していると主張)、弁護側証人(胎盤病理や周産期医療の第一人者=第8回、9回、10回の公判で証人尋問を受けた医師。検察側の病理鑑定医などと比較して、経験・実績から極めて信頼性・信用性が高いと主張)。

 胎盤剥離時の出血量という「数字」も一致せず

 加藤医師の医療行為の妥当性はもちろん、(3)の出血量という一見客観的に把握できる数字ですら、検察側と弁護側の主張は一致していない。(3)の客観的証拠として、「麻酔記録」に記載されているのは、「午後2時52~53分ころまでの総出血量は、2555mL」という事実のみ。しかし、検察は「出血があった時期と出血量が麻酔記録に記載された時期との間に間隔が生じることが避けられないこと」「輸血用製剤を手術室に持っていった助産師が『5000mL出てます』と聞いたこと」「加藤医師が、当日夜記載した記録で、『この辺りでbleeding 5000mLぐらいか』と記載したこと」などを指摘し、「胎盤剥離後までに5000mLの大量出血があった」と主張している。

 要は、依拠する証拠およびその解釈によって、主張が異なるのである。果たして裁判所は、いかなる証拠の信憑性を重んじ、判断するのだろうか。

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福島県立大野病院事件◆Vol.13
来週8月20日、福島地裁で福島県立大野病院事件の判決が言い渡される。本事件は、2004年12月17日、帝王切開手術時に女性が死亡したもので、同病院の産婦人科医だった加藤克彦医師が業務上過失致死罪と、異状死の届け出を定めた医師法21条違反に問われていた事件だ。検察側は、業務上過失致死罪で禁固1年、医師法21違反で罰金10万円をそれぞれ求刑した(「検察の求刑は禁固1年、罰金10万円」「被告は医師の社会的信頼を低下させた」を参照)。

 これに対して弁護側はあくまで無罪を主張している(「「無罪」と最終弁論で弁護側が改めて主張」「安易な刑事介入を牽制する弁論を展開」を参照)。

 2006年2月18日の加藤医師の逮捕により、産婦人科関係者だけではなく、医療界全体に大きな衝撃が走った。その後、各学会・医療団体が抗議の声明を出したことは、まだ記憶に新しいところだ。医療事故が刑事事件に発展することへの懸念が、今に至る“医療崩壊”につながっている(『「医師逮捕」が投げかけた波紋』、『「医療の変節点」と重要視される理由』を参照)。
 
 2007年1月26日から、2008年5月16日の最終弁論まで、計14回の公判を傍聴した立場から、その経過を振り返ってみる。各公判は、以下の日時で開催された。

【福島県立大野病院事件の公判経過】 (時間は概算)
第1回公判(2007年1月26日)  
・午前10時~午後4時(途中休憩は約1時間) 
・一般傍聴席26席/傍聴席を求めて並んだ人(以下、行列者)349人 
・起訴状朗読、冒頭陳述(検察側、加藤医師)、加藤医師への尋問

第2回公判(2007年2月23日)
・午前10時~午後4時半(途中休憩は約50分)
・一般傍聴席23席/行列者120人
・検察側証人尋問:緊急時に備え応援要請していた双葉厚生病院の産婦人科医と、本件で手術助手を務めた外科医

第3回公判(2007年3月16日)
・午前10時~午後6時10分(途中休憩は1時間強)
・一般傍聴席23席/行列者119人
・検察側証人尋問:本件の手術に携わった助産師と麻酔科医

第4回公判(2007年4月27日)
・午前10時~午後4時半(途中休憩は約1時間強) 
・一般傍聴席23席/行列者78人 
・検察側証人尋問:本件の手術に携わった看護師、大野病院の院長

第5回公判(2007年5月25日)
・午前10時~午後6時(途中休憩は1時間強)
・一般傍聴席23席/行列者84人
・検察側証人尋問:鑑定医(患者の死亡直後の病理検査や鑑定などを実施した病理医)

第6回公判(2007年7月20日)
・午前10時~午後4時半(途中休憩は約1時間15分)
・一般傍聴席15席/行列者90人
・検察側証人尋問:鑑定医(検察側の鑑定を実施した産婦人科医)

第7回公判(2007年8月31日)
・午前9時半~午後7時(途中休憩は約1時間40分)
・一般傍聴席15席/行列者121人
・弁護側証人尋問:加藤医師

第8回公判(2007年9月28日)
・午前10時20分~午後7時半(途中休憩は約1時間30分)
・一般傍聴席27席/行列者66人
・弁護側証人尋問:胎盤病理を専門とする医師

第9回公判(2007年10月26日)
・午前10時~午後4時20分(途中休憩は約1時間30分)
・一般傍聴席27席/行列者63人
・弁護側証人尋問:周産期医療の第一人者
 
第10回公判(2007年11月30日)
・午前9時30分~午後4時(途中休憩は約1時間25分)
・一般傍聴席27席/行列者54人
・弁護側証人尋問:周産期医療の第一人者

第11回公判(2007年12月21日)
・午前10時~午後3時(途中休憩は約1時間)
・一般傍聴席25席/行列者63人
・加藤医師本人への尋問

第12回公判(2008年1月25日)
・午前11時~午後2時すぎ(途中休憩は1時間10分)
・一般傍聴席25席/行列者64人
・死亡した女性の夫、父親、弟の意見陳述

第13回公判(2008年3月21日)
・午後1時30分~午後6時20分(途中休憩は10分)
・一般傍聴席27席/行列者171人
・論告求刑

第14回公判(2008年5月16日)
・午前10時~午後4時40分(途中休憩は約1時間20分)
・一般傍聴席27席/行列者162人
・最終弁論

 以上のように、証人尋問を受けたのは、11人。そのほか、加藤医師本人(「異状死の届け出はしなくていい」「墓前で自然な気持ちで土下座した」を参照)、遺族3人(「警察関係者に感謝申し上げたい」を参照)、計15人が法廷に立った。11人の内訳は、本件の手術の関係者、鑑定人、周産期医療や胎盤病理の専門家。加藤医師は医師法21条違反に問われているが、弁護側が同条に詳しい法学者の証人尋問を求めたが、認められなかった。

 公判の時間は、計約80時間に及んだ。最も長かったのは、加藤医師への尋問が行われた、昨年8月の第7回公判だ。また、第13回の論告求刑で検察側が読み上げた「論告要旨」は160ページ超、第14回の「弁論要旨」は157ページに及ぶものだった。

 本裁判は、3人の裁判官が担当しているが、昨年4月には裁判長が、また今年4月には右陪席(中央に座る裁判長から見て右)の裁判官がそれぞれ交代している。一方、検察側も昨年春と今年春に何人か入れ替わっている。

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 ソネット・エムスリーが、m3.comの会員を対象に、“医療事故調”の試案について調査したところ、「民主党案」の支持が41.5%で、「厚労省案」支持の14.3%を大きく上回ることが明らかになった(図1)。もっとも、「どちらとも言えない」も44.2%で、さらなる検討が必要なことも浮き彫りになりました。

 

 

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◆m3.com「医療維新」のURL
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080623_1.html

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医療再生にはなぜ負担増が必要か◆Vol.8

 

 ――今、“医療崩壊”といわれる現在、いつがタイムリミットでしょうか。いつまでに「見積書」を作ればいいのでしょうか。

 小松
 現場の医師にとっては、難しい質問ですね。ただ今危ないのは、救急と産科です。特に、救急の方が危機にあると私は思っています。

 ――ではまず産科や救急で「見積書」を作り、そのノウハウを他の分野に応用していくことは可能でしょうか。

 権丈 できると思います。「産科医療を守るためにはこれだけ必要ですから、目的税的に社会保険料を何%、消費税を何%上げてください」と、国民を説得する主張することもできるでしょう。

 小松 救急だったら、幾つかパッケージを作って、国民に選んでもらうこともできるでしょう。「救急車の使用料は高い、だけど税は安い」「救急車は安いけど、税は高い」といったパターンです。

 権丈 政治家も怖いでしょうね。医療費に充てるためにも消費税引き上げの議論をしなければならないと考えているにもかかわらず、その引き上げに反対している医療団体がこれだけ多いのですから。

 小松 医療団体に呼ばれて講演するのですが、消費税引き上げを訴えると叱られます。

 ――結局、これまでのお話を踏まえると、現在、日本は医療だけではなく、教育もはじめ、様々な分野でお金が足りない。そうした中で、医療者が消費税引き上げに断固反対すると、結局は医療にお金が回らず、自分で自分の首を絞めることになりそうです。

  権丈
 勢い余って、日本の民主主義を再建するために負担増は絶対許せないという医療者も見受けられますけど、なぜ、日本の民主主義を再建するために医療を生け贄として捧げられなければならないのかと言いたくもなる。だいたいもって、民主主義なんてものは、どの国も潔癖なはずはなく、かなりだらしのないものです。ムダのモグラ叩きは永遠に続くでしょうけど、そこで言われているムダの額は、医療を再建するのに要する額とは二桁も三桁も違うわけです。

 小松 ムダを完全に排除することはできません。しかし、「ムダ」の部分よりも、「足りない」部分の方がけた違いに大きい。

 権丈 だから「見積書」を作り、計数感覚の備わった議論を行って、政府不信の国民を説得していきましょうとなる。

 小松 それをできるだけ、大きくキャンペーンする。

 権丈 しかし、負担増を口にすると、医療者からものすごい反論が来るわけです。社会保障がやっていることは、市場が貢献度に応じて分配した所得を、政府が租税・社会保険料という形で徴収し、それを家計の必要度に応じて分配し直す、所得の再分配制度なのです。だから、社会保障を充実させるためには負担増、国民が社会保障を利用するための料金の支払いは不可欠なのです。

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 財政再建も重要だが、まずは医療・介護、さらには教育の再建を進め、若い人が便益を受ける形にする。「安心して生活できる社会」を作り、消費税・社会保険料率引き上げなどの負担増に対する理解をいかに得るか。その戦略を立てることが今、求められている――。これが、虎の門病院・小松秀樹氏と慶應大・権丈善一氏の対談の結論だ。 

◆m3.com「医療維新」のURL
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080623_1.html

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医療再生にはなぜ負担増が必要か◆Vol.7

 ――どんな財源を医療費に充てる場合でも、国民の理解を得るためには「見積書」が必要になると。

 権丈
 「公共事業から持ってくるべき」という意見を否定するわけではありません。持ってくることができれば、それに越したことはありません。

 医療費に占める租税の割合は約35%、保険料が約50%。高齢者医療制度では国庫負担の割合が大きいので、高齢化の進展に伴い、租税部分が増えていきます。したがって、租税と社会保険料の両方を増やさざるを得なくなります。

 消費税は社会保障に不向き、医療費も不向きという方もいらっしゃいますが、今の社会保障、医療はかなり消費税に依存しています。まず、消費税5%のうち、1%が地方消費税として地方に行くことが決まっていて、残る4%のうち0.295の割合が地方交付税に使われます。つまり、「1%+4%×0.295=2.18%」は地方に行くことが既に決まっています。

  5%の消費税のうち国税分、つまり2.82%(5%―2.18%)は高齢者三経費――介護、高齢者医療、基礎年金――に充てられることが決まっています。要するに消費税の国税分は、今でも社会保障目的税なんですね。高齢者三経費は、2007年度では12.8兆円、2008年度には自然増0.5兆円を上乗せして13.3兆円が見込まれています。しかし、国税分の消費税で三経費を賄っている割合は、6割を下回っています。消費税の国税分は高齢者三経費に使うべしというルールが予算総則に明記された1999年には、高齢者三経費が賄われる率は8割以上ありました。

 

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医療再生にはなぜ負担増が必要か◆Vol.6

◆m3.com「医療維新」のURL
http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080619_1.html
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 ――医療は患者やその家族にならないと、現実問題として捉えにくい一方、教育問題は誰でも直面する問題です。

  権丈 だから教育の方が、勝つかもしれません。以前、あるインタビューで「5年で1兆円の財源があったら、何に使うべきですか」と聞かれたことがあります。その時は答えなかったのですが、5年で1兆円使えても、医療はどうなるものでもありません。それなら、教育や環境の問題に使い、医療については負担増の必要性を国民に訴えていくべきですし、それを訴える正当性が医療にはあると思っています。

 そのためには、「いったい、どのくらい必要なのか」、その「見積書」を出す必要があります。例えば100億円や1000億円といった単位で医療の問題が解決するのならば、今の運動方針を続けられても良いと思う。しかし、日本の医療を再建するには恐らく兆の単位が必要ですね。兆の単位になると、他の支出から持ってくることは難しい。

 ――「見積書」はどのように作成すればいいのでしょうか。 

 権丈 前期高齢者については、来年から窓口負担が1割から2割に上げることになっていますが、その見直しが検討されています。では、1割に抑えるためにはいくら財源が必要か、その中で国庫負担をどうするか。救急、産科、小児科医療を再建するには、何をやる必要があり、それには幾らかかるのか。

 人件費については、積み上げが必要です。例えば、医師の場合、勤務時間を法廷労働時間内に抑えるためには何人の増加が必要か、夜勤明けに医師が休むことができるようにするには医師が何人必要でそのためにはいくらかかるのかなどの検討を行うことです。何十年も前に決めた医療法標準の医師数すら満たしていない医療機関が多いのですから、これを満たすためには何人必要なのかです。労働条件の改善は急務です。「昔は。少ない人数でこれだけ当直をこなしたんだ」などと言われても、若い人たちはかわいそうです。

 目に見える、国民に分かる形で「見積書」を提示することです。「見積書」を作ると、必要な医療費の「単位」が分かります。今までは、こうした計数感覚を踏まえずに議論してきたわけです。

 小松 「実は最近、権丈先生から、「医療費を7兆円増やすなら、何に使うか」と聞かれました。

 権丈 日本のGDP比の医療費は8%ですが、そのうち公費負担は6.6%です。それをドイツ並みの8.1%に上げるには、7.5兆円必要です。フランスレベルだと10兆円の財源が必要。そこまでは無理でしょうから、7兆円の財源が回るとしたら、何に優先的に使っていくかを小松先生にお聞きしたわけです。「ヨーロッパ標準の医療費を」ということは、医療政策の研究者や医療者が揃って言ってきたことですけど、それが幾らなのかはあまり意識されてこなかった。7兆円の公的医療費の使途を小松先生が知り合いに聞いてくださったところ、本当に詳細な試算が返ってきました。お持ちしたのはその一部です。

 小松 この試算が当たっているかどうかは分かりませんが、議論のたたき台にはなるわけです。ただ、「見積書」を作るのは、そう簡単な作業ではありません。例えば、私は急性期病院のことしか知りません。臨床を何年かやって、さらに医療制度や臨床に精通した方が何人か集まって、急性期から慢性期まで幅広い視点から作る必要があります。

 権丈 そのようにしてたたき台を作って、議論していくことが必要です。「医療費を増やすべき」という点では、私と小松先生と意見は一致しているのです。

 医療は、一つのサービスを購入することでもあります。その負担を上げるためには、「購入できるものは何なのか」をある程度、納税者に見える形にすることが必要なのです。年金だったら、「6万6000円を7万円にします」と言えば、どれくらい恩恵を受けるかは想像できます。一方、医療の場合は、「医療費を、国民1人当たり年間4万4000円増やして約5兆円必要です」と言われても、どんな医療を受けられるようになるかは分かりません。

 確かに「見積書」を作るのは簡単ではありませんが、医師や経済学者をはじめとした社会科学者、そして官僚を含めて、何人かの専門家が協力すればできると思います。「見積書」の作成と並行して、医療不信や政府不信をどう払拭するかが課題になってきます。

 

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 「公共事業のムダを削れ」「埋蔵金を医療費」などと、他の分野の歳出を削減し、医療費に充てる議論は、やめた方がいい――。慶應大・権丈善一氏はこう指摘します。虎の門病院・小松秀樹氏もこの意見を支持。ムダがあるのならば、そのムダは徹底的に削りながら、医療費を増やすことは可能だからです。「いったいどのくらい医療費が必要か」、その試算のための「見積書」が不可欠だそうです。


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医療再生にはなぜ負担増が必要か◆Vol.5

――日本では医療に関する満足度は高くはないのに、負担感は強い。それは正しく情報が伝わっていないことが理由ということです。


 小松 費用負担について、大学教育にどうしても触れたい。日本では、大学教育のための費用は低く、OECD28カ国中24番目です。しかもその内訳がいびつです。多くの国で公費負担が大半を占めますが、日本は私費が半分以上です。

 権丈 私費の負担、つまり親のがんばりで、なんとかこれまである程度の水準を維持してきましたが、それも既に限界に達し、今は教育に歴然とした格差がでてきています。私は、教育は既に混合診療化していると言っているわけです。

 小松 このため、親が貧しいと大学に進学できません。貧困の再生産ですね。

 権丈 となれば、少子化問題や格差の固定化問題の緩和にかなりの効果が見込まれる。私がよく教育の話を持ち出すのは、「(公費の少なさや費用負担のあり方が問題になっているのは)医療だけじゃない」ことを言うためです。医療は社会保険という手段を持っていますが、教育はそうした手段もありません。

 ですから、医療費増の必要性を主張する際、「消費税の引き上げは、絶対反対」という医療者がいますが、それでは教育や少子化対策など、保険財源を持っていない他の分野に、しわ寄せが行くことになります。教育については、高等教育だけではなく、義務教育を含めた教育全体で見ても公費負担の割合は低く、悲惨な状態です。

 小松 2007年度の一般会計の歳出を見ると、国債費と社会保障費がそれぞれ約4分の1で、約21兆円。残りのうち、地方交付税が18%。防衛費は5.8%で約5兆円なので、削減できても1兆円程度でしょう。知り合いが自衛隊にいて、先日韓国に行ったのですが、韓国と比べると、日本の自衛隊は、節約に節約を重ねているので、宿舎などの設備はとても貧弱だそうです。

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医療再生にはなぜ負担増が必要か◆Vol.4

――なぜそうした不満になるのでしょうか。

 小松 医療制度や医療費のあり方について、あまり考えてこなかったからでしょう。国民負担率はデータがそろうOECD27カ国中、下から5番目と低い(財務省データ)。そんなことも知られていません。

 権丈 一般紙が一面で、日本の医療政策を低医療費政策として取り上げたのは2007年1月23日の毎日新聞が初めてです。そこではGDPに占める日本の医療費割合が「先進7カ国(G7)の水準にほど遠く、差が広がるばかり。2003年のG7平均は10.1%で、日本はG7平均に比べて医療費の支出が2割も少なく」、医師数も「OECD平均に達するには、医師を1.5倍に増やす必要があると」と指摘しました。誰もがすぐに入手でき、かつ医療に関心のある人の間では当たり前のデータなのに、それまで一般紙はほとんど取り上げず、国民の多くが知らなかった。
 
 先日、この企画に係わった記者と話をしていたら、医療クライシスの企画が始まるまで彼らの多くも、日本が低医療費政策であることを知らなかったらしいです。これは不思議なことです。私が初めて書いた書評は、『エコノミスト』から頼まれた二木先生の『世界一の医療費抑制政策を見直す時期』なのですが、これが出されたのは1994年ですよ。毎日新聞が2007年の段階で取り上げたのは、前年に上梓された小松先生の『医療崩壊』の影響もあったのでしょう。毎日新聞が医療クライシス特集を開始した直後から、各紙が日本の医療崩壊を取り上げるようになりましたが。

 私は、大学の授業や一般人向けの講演会で社会保障について話す際、まず「日本の医療費は、OECD諸国の中でも低い」ことを言わなければなりません。学生はこのくらいで驚きます。そこから始めないと、彼らは日本の医療費は高いと思っていますし、競争市場のおかげでアメリカの医療費は安いと思っていますので。

 小松 記者さえも、知らなかった方が多いのでは。

 権丈 いまだに「医療は市場原理に任せるべき」と主張される方がいます。医療を市場にゆだねた米国の方が、日本と比べて医療費が安いと思っているのでしょう。医療に関する基本的な情報が伝わっていないのです。

――報道する側の不勉強に加えて、さらにさかのぼって情報を出す行政当局が情報をコントロールしているという事情があるのですか。

 権丈 情報操作があるなどと批判する方もいらっしゃいますけど、そういうサスペンス仕立ての問題ではなく、世の中の「常識」が原因だと思います。「常識」が、見るべき「事実」見たい「事実」を選択している結果、正しい「事実」を見てくれないのです。年金も同じですが、普通の人が自信を持って信じ切っている素人の常識と専門家の常識とはあまりにも距離があるんですね。

 小松 報道する側、さらにはその受け手の思い込みは、すごく大きいと思います。

 権丈 医療に限らず、税金の問題をはじめ、どの分野でもそうですね。素人の常識と専門家の常識の乖離は、いずこも甚だしい。最近の動きを見ると、新聞よりテレビの方が強いですね。例えば、日銀総裁問題、道路特定財源問題、そして後期高齢者医療制度の問題は、新聞は比較的冷静に論じようとしていましたが、テレビに「3連敗」してしまった感があります。

 小松 テレビは悲惨な一部の状況だけを報道しており、後期高齢者医療制度の全体像などは全然伝えていません。

 権丈 医療について正しく理解してもらうためには、人々の「思い込み」をなくす必要があり、突き詰めれば教育から見直すことが重要です。これは昔から長年言われていることであり、医療だけでなく、税や年金、社会保障全般についても同様で、教育段階、つまりメディアの影響をあまり受けない子どもの頃からきちんと教えなければなりません。

 ところがそれをやってこなかったので、「日本が低医療費政策を取っている」「医師の給与もさほど高くはない」「医師は大変な状況で働いている」などという「事実」が伝っていないのです。税にしろ社会保障にしろ、義務教育段階での教育が重要というのは、結局のところ、大人に情報を提供する今日のメディアは商業主義に走る傾向が強すぎてあまり信頼できなというはなしと裏返しのことなのですけどね。

――医療者の間では、「日本の医療費は諸外国と比べて安い」というのは常識なのに、医療界以外の方の多くはそう考えていない。それは認識の違いではなく、そもそも情報を知らない。医療のあり方を議論する前に、情報を正しく伝えることが重要だという結論です。

 小松 私は様々な場で話をしています。新聞やテレビの興味を引く「言説」を出すと、彼らはそれを取り上げるようになります。とにかく、医療者側から語り、情報を出し続けることが重要だと思います。

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 『医療提供体制は「今日的医師不足」』では、医療提供体制から見た現状認識を語っていただきましたが、では患者側はどう見ているのでしょうか。「いい医療を受けたいが、お金は出したくない」という認識の人が多いという結論です。「それは子供が、おもちゃが欲しい、と駄々をこねるのと同じ」と虎の門病院・小松秀樹氏は手厳しく指摘されます。個々人の価値観の問題などではなく、正しい情報が伝わっておらず、「事実」を的確に認識していないことが理由だそうです。

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医療再生にはなぜ負担増が必要か◆Vol.3

――では患者さんは医療の現状をどう見ているのでしょうか。各種調査を見ても、患者さんの医療への満足度は必ずしも高くはありません。その上、「医療費は高い」という意識です。

 権丈 二木立先生(日本福祉大学教授・大学院委員長)が、医療制度に関する満足度を国際比較しています(『社会保険旬報』2007年1月1日号)。医療の満足度は、医療費水準(一人当たりの医療費)と生活満足度、この二つの要因で説明できるという結果でした。一人当たりの医療費が低いほど、また生活満足度が低いほど、医療に対する満足度も低い傾向にあります。

 つまり、日本人は何に対しても不満を訴えやすい国民性を持っているようで、生活満足度そのものが低いので、この点を割り引いて考える必要もあります。

 小松 満足度を調査する場合の調査票の作り方も問題ですね。

 権丈 二木先生が紹介されている国際比較は、各国とも同じ質問票を使っているので、この点は問題ありませんが。

 小松 日本の大半の調査は、「文句を言いなさい」と促すための質問票です。「いい医療を受けるためには、お金を払ってもいい」と「最低限の医療でいいから、お金は払いたくない」といった質問票ならいいのです。しかし、現状で実施されている多くの調査は、例えば、「わが国の国民医療費について」や「医療費に係る国民の負担」について尋ね、「非常に高いと感じる」「やや高いと感じる」「やや低いと感じる」「非常に低いと感じる」という選択肢から選んでもらうやり方です。

 この前、内田樹先生(神戸女学院大学文学部総合文化学科教授)と対談したのですが、その際、「庶民社会の無責任」という言葉が出てきました。日本の報道は「市民社会」を前提としていない、「庶民社会」を前提にしていると。「庶民社会」では、堅牢な社会システムが作られており、それが世の中を抑圧的に支配しています。その社会システムが機能不全に陥った際は、文句を言うのが庶民の役割で、「不満のリスト」を長くするほど、社会にとっていいことだとされます。それを前提に新聞も作られている。

 「文句を言いなさい」と言っている社会システムで調査しても、限界があります。

――「文句を言う社会」だと、医療の現状に不満を抱いていても、「ではお金を出して、いいシステムを作りましょう」という話には展開しにくい。

 小松 「いい医療を受けたいが、お金は出したくない」と言うのは、子供が「おもちゃが欲しい」と駄々をこねるのと、ほとんど同じです。この要求に応えるのは無理です。この矛盾に全然気付かせずに、満足度調査を実施しても意味はありません。

 権丈 「おもちゃが欲しいけど、お金は出さない」という意識を持っていればまだいいのですが、「お金を出しているのに、なぜおもちゃをくれないのか」と思っている方が多いのも問題ですね。

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