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私が在宅医療で診ていた乳がんの末期患者Kさん(72)が、いよいよ危なくなって入院し、その3週間後に亡くなったという連絡が届いた。報告書によると、Kさんは午後8時過ぎに、病室を巡回した看護師によって、心肺停止の状態で発見されたらしい。すぐに当直医が呼ばれ、心臓マッサージなどの蘇生(そせい)処置を受け、心拍が再開した。その後、人工呼吸器を装着し、強心剤などの投与を行ったが、治療の甲斐なく、翌日の午後9時過ぎに息を引き取ったという。
この処置により、家族はKさんの死に目に会うことができた。それはよかったが、実際の蘇生処置を知っている私としては、ちょっと複雑な気持ちになった。
慌ただしくのどに人工呼吸の管を挿し込まれ、激しい心臓マッサージを受けるのは、決して穏やかなことではない。Kさんは痩(や)せていたので、本格的な心臓マッサージを受けたら、肋骨(ろっこつ)が折れた可能性も高い。点滴だけでなく、尿の管も入れられただろう。がんの末期で静かに死を迎えているのに、そうやって生の側に引き戻すことが、ほんとうにKさんのためなのだろうか。
Kさんの意識がもどらなかったからよかったものの、気がついていたら、きっと治療の苦しみに悶(もだ)えたにちがいない。
治療にベストを尽くさなければならない病院の立場もわかるし、少しでも延命を望む家族の気持ちもわかる。しかし、こういう事例を耳にするたび、終末期医療はいったいだれのためにあるのかと、考え込んでしまう。(医師・作家)
「いよいよ危なくなって」とあるので急変ではなくおそらく予期し得た心肺停止だったのでしょうね。
ところでこの先生、自分が在宅医療で診ていた際にきちんと死を受容させる努力をしたのでしょうか?
家族が受容できず、末期癌患者にフルで延命処置をおこなうことも稀にあります。
コラムの中ではこの件は一切触れていません。
ここは大事な点なのですよ。実は。
在宅でずっと診てた先生が「もう延命処置をやめましょう」と言うのと、末期になって初めて診る医者がそう言うのとでは全然意味合いが違うのです。
「挿管されてきつかっただろう」
とか
「心マで肋骨が折れただろう」
などと余計な推測をしている暇があったら、家族がなぜ延命を希望されたのか、もっと深く考察してそれを記事にして欲しいものです。
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ネタ本はssd先生より
「もう一度、一から説明しましょうか!」。医師は突然、声を荒らげた。昨年末、兄が大病をした。治療法の説明の場に私も同席し、質問しまくった。もちろん面白半分にではない。学会のガイドライン本(書店でも買える)を読み、病状の微妙な差によって治療法も違うことを知っていたからだ。
だが、医師は「そんな細かいところまで聞いてきたのはあなたが初めてですよ」などと繰り返し、明らかにいらだっていた。揚げ句に、私が「念のため確認しますが……」と治療法のある細部についてたずねた途端、冒頭のようにキレてしまったのである。
私はひるまず質問し続けたが、こうした場面に慣れていない人なら黙ってしまっただろう。医師と患者・家族を隔てる「壁」はまだまだ高いと痛感した。申し添えておくと、医師はその後も献身的に兄を診てくれた。【平野幸治】
毎日新聞 2009年2月6日 地方版
読むだけで腹が立ってきますな。
献身的に診たのは、これ以上無知で無礼な毎日の記者にからまれるのが鬱陶しいからですよ。
そもそも医者がその辺の本屋で売ってるようなガイドラインなぞ熟知してるのは当たり前。
日々患者さんに合わせて、ガイドラインを超えた診断、治療を行っているのです。
患者の権利とばかりに、上から目線で質問すれば医者は誰でも切れますって。
「俺は記者だ。何かあったら記事に書いてやるからな」
こんな態度でムンテラに臨んでるニオイが漂いまくりですし、予想通り記事になっちゃいました。
患者は医療の不確実性には少しも目を向けません。
何か起これば、そんなこと聞いてない。医療ミスでしょうと。
医師は患者以上に医師患者間の「壁」を感じるようになっています。
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