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破綻する新聞社

loop / 2008.12.27 21:35 / 推薦数 : 1

  J-CASTより

毎日・産経が半期赤字転落 「新聞の危機」いよいよ表面化

朝日新聞社の赤字決算が新聞業界に波紋を広げるなか、その流れが他の新聞社にも波及してきた。毎日新聞社と産経新聞社が相次いで半期の連結決算を発表したが、両社とも売り上げが大幅に落ち込み、営業赤字に転落していることが分かった。両社とも背景には広告の大幅な落ち込みがある。景気後退の影響で、さらに「右肩下がり」になるものとみられ、いよいよ、「新聞危機」が表面化してきた形だ。

「販売部数の低迷、広告収入の減少など引き続き多くの課題」

毎日新聞は、半期ベースで単体・連結ともに営業赤字を計上した

毎日新聞社は2008年12月25日、08年9月中間期(08年4月~9月)の連結決算を発表した。売上高は前年同期比4.2%減の1380億3100万円だったが、営業利益は、前年同期26億8300万円の黒字だったものが、9億1900万円の赤字に転落。純利益も、同12億5600万円の黒字が16億1900万円の赤字に転じている

   単体ベースで見ると、売上高は前年同期が734億2500万円だったものが、6.5%減の686億8400万円に減少。営業利益は同5億4100万円の黒字が25億8000万円の赤字に転じ、純利益は1億8900万円の赤字がさらに拡大し、20億7800万円の赤字と、約11倍に膨らんだ。 発表された報告書では、

「当社グループを取り巻く新聞業界は、若年層を中心として深刻な購買離れによる販売部数の低迷、広告収入の減少など引き続き多くの課題を抱えている」とし、業績不振の原因として、販売部数と広告収入の落ち込みを挙げている。

   毎日新聞社の常務取締役(営業・総合メディア担当)などを歴任し、「新聞社-破綻したビジネスモデル」などの著書があるジャーリストの河内孝さんは、

「『上期で赤字が出ても、下期で巻き返して通期では黒字にする』ということは、これまでにもあった」と話す。ところが、今回は事情が違うといい、広告の大幅落ち込み傾向もあって、通期でも赤字が出る可能性が高いと予測している。河内さんは、

「仮に通期で赤字が出たとすれば、事実上倒産し、1977年に現在の『株式会社毎日新聞社』に改組されて以来、初めての事態なのでは」と話している。

産経新聞も営業赤字に転落

産経新聞も08年12月19日に、08年9月中間期の連結決算を発表している。こちらも、毎日新聞と同様、不振ぶりが読み取れる。

   子会社の「サンケイリビング」をフジテレビに売却した関係で、売上高は978億500万円から17.4%減の808億1900万円にまで落ち込んだ。9億2900万円の黒字だった営業損益は、4億3400万円の赤字に転落。特別損失として「事業再編損」16億8400万円が計上されており、純利益は前年同期では1億1700万円の黒字だったものが、19億8400万円の赤字となっている

   単体ベースでは、売上高は前年同期が588億1200万円だったものが539億4300万円に8.3%減少。営業利益は9億2700万円の黒字が10億7800万円の赤字に転落。一方、純利益は、特別利益として「関係会社株式売却益」39億100万円が計上されたことなどから、前年同期は2億2900億円の黒字だったものが、5億8300万円に倍増している。

 

自分達の質の悪い報道の報いはスポンサー離れと購読数減少による赤字転落ということで。

正当な評価だと思います。

部数を伸ばしたいなら、報道の原点に立ち返って「プロの書く記事」はこういうものだと見せ付けることです。

中立、公平、公正の原則に沿って物を書く。目先の部数欲しさに扇動的なこと書いても駄目ですよ。

その辺のブログに突っ込まれるような低レベルの記事に、この不況の中誰も金払いませんからね。

自分自身は新聞が無くても全く困りません。

内容もさることながら新聞は1日経てばただの紙くずです。

今流行の「エコ」的にも地球に悪そうですから(笑)

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いちいち言うことでもないけれど

loop / 2008.12.27 16:06 / 推薦数 : 3

 諸先生方のブログで既に批判されていますが…

 

ペン&ぺん:「捨」 /福岡

 今年の世相を表す漢字は「捨」ではないかと思っている。いろいろな人間が、いろいろなものを捨てた1年だった。

 社保庁の職員は年金記録改ざんで、社会的責任を捨てた。大分県教委のお偉方は、教員採用と昇任試験不正で先生に対する信頼を捨てた。角界の一部不心得者は大麻疑惑で力士の品格を捨てた。全国各地で救急搬送を拒否した病院は患者を捨てた。ああ、そういえば、首相も政権を捨てた。忘れるところだった。

 食品会社は産地偽装で消費者の信用を捨てた。大企業は急激な円高でなりふり構わず派遣労働者を捨てた。一世を風靡(ふうび)した有名ミュージシャンは、みごとなまでの転落人生を見せつけてファンを捨てた。東京・秋葉原通り魔の被告は、人間性そのものを捨てた。社会に捨てられたと思ったかどうかは知らないが、不満のはけ口が、見ず知らずの人たちに向けられたのはやるせない。

 もっとも、捨ててこそ浮かぶ瀬もある。

 パナソニックは、松下電器の社名とナショナルのブランド名を捨て、ワールドカンパニーになることを決意した。柔道の石井慧選手は、金メダルを捨て格闘技の世界に飛び込んだ。社会人野球の田沢純一投手は、日本プロ球界に進む道を捨て、メジャーへ旅立った。ノーベル物理学賞の益川敏英教授は受賞記念講演で英語のスピーチを捨て、堂々と日本語であいさつした。とはいっても終了後に「英語は話せるに越したことはない」と、ご愛嬌(あいきょう)。アラフォーの女優、牧瀬里穂さんと富田靖子さんは独身を捨て、愛する家族を持ったことを公表した。

 誰しも人生の折々で分かれ道に立ち、選択を迫られる。何かを選ぶというのは、何かを捨てることでもある。捨てることが一概に悪いわけではない。でも、みんな捨てるもの間違ってない? この1年を振り返り、胸に手を当てて考えてみよう。【藤清隆】

毎日新聞 2008年12月24日 地方版

 

これでもかというくらいに医師への悪意に満ちた記事です。

病院を大分県教委の汚職や大麻中毒の力士と同列に扱うとは愚弄もはなはだしい。

自分達が捨てたものに少しも気づいてないようだから、教えてやろう。

「毎日新聞は大衆迎合の記事を量産して報道の中立性を捨てた」
「毎日新聞はネットで変態記事を世界中に配信してモラルを捨てた」

もう少し自分の過ちを「胸に手を当てて考えた」ほうがよいかと。

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マスコミの方々へ

loop / 2008.12.20 10:02 / 推薦数 : 3

東京の妊婦死亡で医療界と行政に望む=清水健二(東京社会部)

◇「急患拒否」報告・開示制度を 危機感・情報共有し連携図れ
 「妻が死をもって浮き彫りにした問題を、力を合わせて改善してほしい」。脳出血を起こした36歳の妊婦が10月、東京都内の8病院に受け入れを断られた末に死亡した問題で、涙をこらえて気丈に語った夫(36)の姿が忘れられない。その言葉にどう応えればいいのか、厚生労働省の担当記者として自分なりに考えてきた。
 いくつかの問題点と解決策は朝刊の連載「医療クライシス」(12月9日から3回、東京、大阪、中部本社版)で示したつもりだが、取材して強く感じるのは、産科救急医療の危機的状況が、現場の医療関係者以外に十分に伝わっていないことだ。不祥事を隠すな、という意味ではなく、再発防止策を皆で考えるために、一定の「受け入れ拒否」事案を報告・開示する制度の創設を求めたい
 私は今回のケースに、現在の産科救急医療体制の限界を感じている。
 日本の乳児死亡率は1000人当たり2・6人(06年)と世界一低い。経済協力開発機構(OECD)加盟国中最低レベルの医師数でそれを成し遂げたのは、産科医同士が緊密な連携を取り、独自の救急ネットワークを作ってきた努力のたまものと言っていい。
 仕組みは地域で異なるが、東京では都内を8ブロックに分け、命の危険がある患者は各ブロックの総合周産期母子医療センターが受け入れ、無理な場合はセンターが別ブロックの病院を探す取り決めだった。「最後のとりで」の総合センターが受け入れを断ってもいいことになるが、「満床で無理に受け入れるより、空いている施設を使った方が安全」という考え方は、それなりの合理性がある。
 ただし、このネットワークは、医師や病院に余裕があってこそ成り立つ。リスクの高い低体重児が生まれる率は30年間で倍増したのに、産科医数は最近10年で1割以上減った。病床が満杯で受け入れ不能が多くなる一方、救急隊が受け入れ先を探す一般救急と違い、通常はかかりつけ医がいる産科の救急では基本的に医師個人が病院を探すため、産科は患者を診ながら病院探しもしなければならない。
 過酷な勤務で産科医が減り、残った産科医の負担がさらに増す悪循環。都内の総合センターは、母体搬送の5~7割を断っている状態だった。今回のような悲劇はいつでも起こり得た。
 問題の根本が、医師数の絶対的な不足にあるのは間違いない。だが、ネットワークが破綻(はたん)しないよう、できる工夫もある。開業医の活用、救急など他診療科との連携、搬送先を速やかに決めるための調整役の配置などだ。しかし、都も厚生労働省も、結果的に有効な手を打ってこなかった。
 その背景には、行政の認識と情報の不足があると思う。例えば医療事故は、厚労省所管の財団法人「日本医療機能評価機構」への報告が、大学病院などに義務付けられている。報告が少な過ぎるとの指摘もあるが、機構は事故情報を整理して医療機関に伝え、再発防止に役立てるという形はできている。
 だが、急患の受け入れを断ることは医療事故に当たらないため、行政にも機構にも情報は上がってこない。しかも、一般救急なら救急隊を持つ消防本部がある程度全体像を把握できるのに対し、医師個人が病院を探す産科救急では全体像が見えにくい。表面化するのは事例の一部に過ぎない。
 「急患受け入れ拒否」が報道されると、医療界の一部から「医療崩壊を助長する」といったメディア批判が必ず出る。それは筋違いだと思う。誰かに強引に責任を押しつけるような報道は慎むべきだが、報道がなければ関係者は危機感を共有できず、再発防止策も立てられないからだ。また、医療を受ける側に、地域の産科を守る自覚と配慮を促すためにも、現状を積極的に知らせる必要がある。
 厚労省は、受け入れ先が決まらなかった患者が死亡したり重い後遺症が残ったケースについて、医療機関に自治体への報告を義務付ける法整備や行政指導に乗り出すべきだ。「搬送に1時間以上」「拒否が5病院以上」のような線を引いても構わない。報告があった事案は、各都道府県に設けられている周産期医療協議会で検証し、結果を遺族や患者本人に伝える。国民にも匿名の形で開示するのが望ましい。
 都内のある救命救急センター長は、産科医療を「閉じた世界」と表現した。現場の産科医に任せるだけでは、今後、ネットワークの維持はますます難しくなる。体制立て直しの第一歩として、行政と医療界全体で情報の共有化を進めてほしい。

毎日新聞 清水健二様

あなた達マスコミはブログから発される医師の意見など戯言程度に思っているのでしょう。所詮匿名のインターネットの世界の意見だ。相手にするな、と。

今医療現場に起きている本当の危機をあなた達は全く理解していない。それどころかマスコミの偏向報道によって、日本の救急医療は今死に絶えようとしています。

現場で限界に耐えている医師を「患者をたらい回しにして死に至らしめた」と非難し、現場の士気を大きく低下させました。また医師に過失があるような報道は、医師は悪者だという印象を国民に植え付け、患者の医療不信もピークへと達しています。

あなた達の仲間が奈良で大活躍され、奈良の産科医療を崩壊させたのは記憶に新しいところです。

「たらい回し」という悪意に満ちた言葉で現場に責任を押し付けておきながら、「自分達が報道して問題を明らかにしてやっている」というその恥知らず、傲慢な態度にはただ呆れるばかりです。

そして今回の提言は「搬送不能事例を医療機関を国民の目に見えるよう晒せ」ということのようですね。

変態記事を世界に向けて配信する御社のクオリティーの低さは周知の事実です。ただし今でもメディアの意見に流される国民は少なからず存在します。

無責任かつ傲慢な報道姿勢への猛省を促したいと思います。

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本気で言ってるのか?

loop / 2008.12.20 09:58 / 推薦数 : 0

毎日新聞

臨床研修:1年に短縮へ 医師不足で10年度から

 大学を卒業した新人医師に2年間義務付けられる臨床研修制度について、厚生労働省と文部科学省は17日、医師不足への対応から研修期間を実質1年に短縮する見直し案を両省の専門家検討会に提示した。検討会は年度内にこの方向で報告書をまとめる見通しで、国は10年度の導入を目指す。総合的な診療能力向上を目的に04年度から始まった制度は、わずか6年で方針転換されることになる。

 新人医師はかつて、卒業した大学の医局(診療科)にそのまま所属するケースが大半だったが、臨床研修制度導入により、2年間で内科、外科・救急、小児科など6診療科の研修が必修となり研修先の医療機関も自由に選べるようになった。この結果、地域の病院に医師を派遣してきた大学病院を研修先に選ばない研修医が多くなり、「地域の医療崩壊を助長した」との制度批判が出ていた。

 見直し案は、必修を内科、救急など2~3診療科に減らして1年で終わらせ、その後は将来専門とする診療科に入るという内容。2年目も医師法上は「研修」の扱いだが、実質的に各診療科の働き手として組み込まれる。地方の病院も研修医を確保できるよう、募集定員に地域別の上限を設定する案も盛り込んだ。

 ただし、研修医は例年、5割以上が大学以外の病院を研修先に選んでいる。見直し後も大学病院に研修医が戻る保証はなく、勤務医不足の解消につながるかは不透明だ。

 検討会では「卒業前の教育を充実させれば研修は1年でも可能」などと肯定的な意見が相次いだが、「見直す必然性がない」との声もあった。また、国が約7600人の医学生に行ったアンケートでも、研修期間は「現状がいい」が31%と最も多く、厚労省は「さらに議論していきたい」としている。【清水健二

「研修医諸君、喜びたまえ。1年の研修で君も立派な戦力だ。ガンガン働いてもらうよ!」

こんなんで医師増えるわけないだろ、厚労省のお役人さんよ。相変わらず長期的ビジョンゼロだな。

どうせ「私たちも何か対策を打ってますよ」っていう見せ掛けなんだろ。

 

 

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身通しZERO

loop / 2008.12.17 23:05 / 推薦数 : 0

NEWS ZEROでactionという企画をやっていた。医療崩壊を食い止めるための提言といっていたが、内容はいまひとつ。

「たらい回し」や「搬送拒否」という言葉を使わない点は他社よりまだマシなのですが、結局は「更なる開業医の活用」という点で終結していました。

開業医に24時間の一次救急を輪番でやってもらう、いわゆる鹿屋方式は理想なのですが、開業医がとてもそれで収益を維持できるとは思えません。

医療報酬が抑制され、開業医の収益が落ち込む中何人患者が来るか分からない夜間診療を行う。人件費を考えた場合おそらくペイしないでしょう。

地域の公的中核病院が赤字部門を担うのはある面では避けられません。救急、小児診療は構造的にやればやるほど赤字になるように決まっています。

ですから、根本的な解決は

「もっと医療に金かけろ」

この一点につきます。

開業医の活用でこの場はしのげるかもしれませんが、誰かの犠牲でなりたつシステムが破綻するのは自明です。

 

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患者の意識の変化

loop / 2008.12.15 23:36 / 推薦数 : 1

「医療崩壊」という言葉が公民権を得たのはこの数年だと思います。

マスコミの報道が劣悪なのは散々書いてきましたが、患者から寄せられる理不尽なクレームの山もボディーブローのように医療者から体力を奪い去ります。

身の危険を感じるような暴言も年に何回かは経験します。それも突然に。事前に十分説明をして、理解していただいたはずの治療方針。

人間の体は残念ながら機械のように精密にできてはおらず、致命的な状態であってもその異常がどの臓器に由来するのかさえ分からない場合も多いのです。

治療中の突然の急変に狼狽しながら治療を行う中、一度も会ったことのない親戚の登場。

入院されて治療を行っていた以上、私達が治療行為の責任を負うのは当然です。合理的な説明を試みてもほとんど理解されず、暴言を浴びせられながらの医療行為。

今年一度だけ医師を辞めたいという気になった瞬間でした。

医師という生き物は単純で患者の感謝の言葉があれば、少々の過重労働には耐えられる一面、クレームに対しては脆弱です。

年々患者からかけられる「ありがとう」は減っていっている気がします。

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想像力の欠落した医師より

loop / 2008.12.13 10:33 / 推薦数 : 5

 他の諸先生がたも取り上げておられますが私にも一言言わせて頂きたい。

「想像力」の欠落した医師

コラムニスト北 連一さん

昨年の12月10日、大腸がんの手術を受けるために入院してから、ちょうど1年になる。幸い発見が早かったために、大腸を15センチ切除しただけで大事に至らなかったが、がんをほぼ撃退したとして仕事に復帰し、1年後73歳で亡くなった筑紫哲也さんの例もあるから、安心はできない。

 1年が過ぎた今も、医師から「がんです」と宣告されたときの衝撃は忘れられない。麻生首相は、医師には「社会的常識が欠落している人が多い。価値観なんかが違う」とおっしゃったそうだが、これだけでは麻生首相の真意が奈辺にあるかわからない。しかし、想像力の欠如している医師は少なからず存在するような気がする

 私の言う「想像力の欠如」とは、患者に対する思いやり、デリカシーの欠如ということである。70歳で亡くなった作家の吉行淳之介さんは、放射線の医師からがんであることを告げられた時「シビアなことを、おっしゃいますなあ」とショックを受け、それ以後、病と闘う気力が急速に薄らいでいったという。

 私にがんの宣告をした医師も「これからオリンピックに出るわけじゃなし、肉は厳禁。お酒もだめ」と追い打ちをかけた。『ハラスのいた日々』や『清貧の思想』で知られる中野孝次さんの『ガン日記』(文春文庫)にも、食道がんにかかった中野さんが「で、もしいかなる方法もないとすると、あと生きるのはどのくらいです?」と聞くと、「あと一年ですね」とオウム返しに答える若い医師が登場する

 セネカと唐代禅僧の語録に親しみ、死に対する心構えをしてきたという中野さんは、「自分に余命一年と知って以来、まわりのものすべてに対し愛しさの増すを覚える。すべてが愛おしく」と書かれている。

 私にはとてもムリだ。

2008年12月10日  読売新聞)

一体何なんでしょうか。このコラムは。 

最後まで論理展開が分からない文章なのですが、まずこのコラムからは著者自身が医師への取材を行った形跡が全くうかがえない。

自身が癌で入院した際の経験で主治医と合わなかっただけのことを、なぜか医師全体へと一般化し「想像力の欠如」と非難。

この方の執刀医がこのコラムを読んだ時に、どれだけ傷つくかは逆に「想像」はつかないのだろうか。

このコラムニストの発言根拠は吉行淳之介さん、中野孝次さんの著作に自分と似た体験が書いていたから、ということのようだから話にならない。

不特定多数の人間が目にする媒体で「想像力を欠いた医師が多数存在する」と断言するならば、せめて自分で取材して根拠を示すべきだろう。

そんな手間のかかることは「私にはとてもムリ」ですか?

 

 

 

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謝罪会見の意味

loop / 2008.12.06 12:48 / 推薦数 : 4

今の日本ではマスコミが特定人物をつるし上げてマスコミが「謝れ、謝れ」と強要するの大流行している。

朝青龍の帰国問題、倖田來未の羊水発言、亀田兄弟のリング上の乱闘などなど、マスコミにこぞって叩かれた。みんな復活したけど。

ここでのお決まりの言葉は

「国民への謝罪をお願いします」

テレビを見てて、すごく違和感がある。特に亀田大毅なんかは、謝る相手は内藤選手で国民じゃないし。

ライセンスの1年停止というペナルティーを既に喰らってるのに、まだまだ足りない。もっと国民に謝れ、と。

叩かれるのは良くも悪くもそれまで「調子に乗ってた」人達。

格差が広がる中、頂点から堕ちていく人間を手をたたいて喜ぶ民衆とそれを煽るマスコミ。

日本人はこの十年で相当に劣化したと思う。

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ノット医師

loop / 2008.12.05 21:15 / 推薦数 : 0

腕の切断手術、携帯メールで手順を送信し遠隔指示で成功

CNN.co.jp

ロンドン(CNN) 国境なき医師団のボランティアとしてコンゴ民主共和国(旧ザイール)に滞在中だった英国の医師が、経験したことのない腕の切断手術を執刀するため、英国にいる同僚から携帯メールで指示を受けて無事に成功させた。腕を切断した少年の命は助かった。

携帯メールを読んで手術に挑んだのは、デイビッド・ノット医師。血液分野が専門のノット医師の元に運び込まれた16歳の少年は、腕がちぎれて壊疽(えそ)を起こしており、腕を切断するしか命を助ける方法がなかった。

しかし、ノット医師はこれまで腕や脚の切断手術を執刀したことがない。そこで、四肢の切断手術の経験が豊富な同僚のメイリオン・トーマス医師に指示を仰いだ。

トーマス医師はすぐに、ノット医師の携帯電話にメールを送信。手術手順を10段階に分けて説明し、「大丈夫、簡単だ。幸運を祈る」と締めくくった。

携帯メールを受信したノット医師は、トーマス医師の指示に従って、約3時間の手術を実施。必要だった輸血量は約500ミリリットルですみ、無事に終わった。

ノット医師は、「まるで守護天使が左肩に降りてきて、何をするべきかを指し示してくれたようだった。その指示に従って手術しただけだ」と感謝している。

トーマス医師は、「手術手順を10段階に分けてデイビッドに伝えただけ。彼がその手順に沿って手術できることはわかっていた」と、ノット医師を信頼していた様子だった。

 

Yahooトップ記事より。

自分が研修医の時は初めてCVとるだけでちびりそうだったけど。

やったことない腕の切断を「携帯メールを見ながら」って(笑)

しかも専門が「血液内科」というがまた何とも言えない。

 

 

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謝罪の意味する所

loop / 2008.12.03 22:50 / 推薦数 : 0

 早産男児、7病院拒否 10日後死亡 札幌で昨年11月(北海道新聞)

札幌市内の三十歳代の女性が自宅で早産した未熟児が昨年十一月、七病院に「満床」などを理由に受け入れを断られ、一時間半後に新生児集中治療室(NICU)のない市内の病院に搬送され十日後に死亡していたことが一日、分かった。道内で医療体制が最も整備されているはずの札幌で、生まれてくる未熟児の生命が危機にさらされている現実が明らかになった。

 専門医はNICU不足を指摘する一方「未熟児はすぐに低体温、低酸素状態となる。もっと早くNICUで治療できていれば助かったはずだ」としている。

 未熟児は搬送当初は呼吸をしていたものの病院に着いたときには心肺停止に陥っていた。リスクの高い新生児を引き受ける道央圏で唯一の「総合周産期母子医療センター」である市立札幌病院も受け入れを断っていた。

 市などによると、女性は昨年十一月十五日午後十時半ごろ、北区の自宅で腹痛を覚え、妊娠二十七週で一三〇〇グラムの男児を出産。119番通報で男児は救急車で運ばれた。

 市立札幌病院救命救急センターの医師がドクターカーで駆けつけて二十八分後にこの救急車に同乗し、車内で応急処置にあたった。

 女性のかかりつけの医院は重篤な患者を受け入れる施設が整っていなかったため、救急隊が未熟児の状態を確認した直後から消防局指令情報センター(中央区)が電話で受け入れ先病院を探した。

 情報センターは市立札幌病院、北大や札幌医大、道立子ども総合医療・療育センター、民間の総合病院三病院に「NICUが満床」などと次々と断られた。この中にはNICUがない病院もあったが「治療は無理」と断られたという。

 三番目に依頼を受けた市立札幌病院によると、同院のNICUも満床だった上、当直医が「別の患者の治療中で手が離せない」と断ったという。最終的にNICUのない手稲区内の病院が受け入れたが、病院着は翌日午前零時八分。通報から一時間半が経過し、未熟児は心肺停止となっていた。女性は別の救急車で産科のある病院に搬送され、無事だった。

 市立札幌病院は翌日、未熟児の受け入れを申し出たが、この病院から「動かせる状態ではない」と言われたという。市立札幌病院の服部司新生児科部長は「あってはならないケースと認識している。無理をしてでも当日に受け入れるべきだった」と対応の不備を認めている

 

今回の事例は「対応の不備」で片付けていい問題ではなく、極めて脆弱な小児医療体制が根本にあるのですが。

…ていうかこの部長さん、本当にこんな発言したのだろうか?

マスゴミが都合のいいところだけ切り取って恣意的に発言を歪めている可能性は大有りですが。

限界で働いている部下がこれを聞いた時にどう思うか想像すると、気の毒でなりません。

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