イラクの復興支援の最中、凶弾に倒れた奥 克彦氏のことばです。早稲田のラガーマンだった人ならではの熱いハートが伝わって来るようです。

 

本物の現場主義を見るような思いがします。真実は現場の真只中でしか掴み取ることはできない。紛れもない真理だと思います。さながら,われわれ医療人においては、ベッドサイドが真実のグラウンドと言えるでしょう。

  しかしながら、現場主義にも落とし穴がある、ということも忘れてはなりません。 経験主義ともいうべき、似非現場主義です。 

 

私は消化器外科医ですが、外科の世界にも、あらゆる手術を経験してきたという先輩が時々いらっしゃいます。確かに後輩の目からは、素晴らしい外科医ともいえるのですが、その先輩自身から伝わるものが、あまりに乏しいということが時として経験されます。また、様々なキャリアを有する医療人に遭遇することがあります。看護師、放射線技師、臨床検査技師等の資格をダブル、トリプルで持っていらっしゃる方です。さらに医師でも分野の違う幾つもの専門医資格をもっている方等々、現場でのキャリアや資格としてみれば大変素晴らしいはずなのですが、実際の人物にはそれほどの魅力も感じ得ないということを時々経験します。

 

肩透かしにあったような、この空虚さの正体は一体何なのでしょうか?それは本来、現場の経験から得られるべき智恵が大きく欠如しているからではないかと思います。語る言葉の行間や人格から滲み出る香りとして本来それらの智恵は表出してきます。その智恵が感じられないのです。

 

長らく日本の企業は現場主義を唱えすぎるあまり、表面的な経験主義に堕してしまったように思えます。様々な経験は積んでいるが、人物に中身が無い人、医療の現場にも意外に多いのではないでしょうか?現場主義の落とし穴というのはこのためです。それでは現場主義を本来のものにしていくにはどうしたらよいのでしょう?

  

ナレッジ・マネジメントの手法に古くから“反省”というものがあります。反省という姿勢を通して経験を体験に高めるというものです。経験ではなく体験をすることによって、知識の吸収ではなく智恵の獲得を目指すのです。

 

実際の臨床の現場において、智恵を導くような深い反省の機会を持つということは簡単ではありません。そこで考えたのが、学会発表という舞台です。自分たちの日々の医療行為の結果をデータにまとめ整理する。学会までの準備および発表によって、徹底した言語化がなされます。智恵というものは、知識の整理や言語化の果てに、初めて与えられる天からのギフトのようなものだと思います。すると時として、智恵のみならず為してきた医療行為の深い意味までも悟れることがあるのです。こういう体験の蓄積こそが現場主義の醍醐味ではないかと思われます。

  

冒頭の奥大使のことばには、ある種の凄み、覚悟が感じられます。その生涯は、徹底した現場主義に貫かれていたようです。次元こそ違いますが私も医療の現場にこだわっていきたいと思います。表面的な経験主義に流されないための錨として学会発表にもこだわっていきたいと考えています。

  

大リーグのイチロー選手はフィールドから野球を変えたと言われます。徹底した現場へのこだわりが今日のイチロー選手を誕生させました。

 

  我々も、医療の現場から「日本の医療全体を変えていく」 という気概を持ちたいものです。

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