凡庸な教師はしゃべる。
良い教師は説明する。
優れた教師は示す。
偉大な教師は心に火を付ける。
ウィリアム・アーサー・ワード
英国 19世紀の哲学者のことばです。私には人を教育してやろうという思い上がった気持ちはありませんが、教育ということを考えるとき必ずこの格言が頭に浮かんできます。
臨床の現場において、後輩や他のスタッフに仕事を教えなければならない場合があります。まずは凡庸な教師よろしくしゃべりまくることになります。仕事のマニュアルや知識を伝えるためです。しかし、あるレベルを超えると理解度を確認しながら説明するようになります。さらに老婆心から図で示し、具体例を出して説明します。時には実演したりします。そして、全身全霊で教え伝えようと努力します。そして願わくは、相手の心に火を付けたいと思うのです。
皆さん、人の心に火を付けることは可能だと思われますか?
私は自信を持って、然りと答えます。本物の教育とは、生徒の心に火を付けることだと本気で信じています。 この感覚は、心に火を付けられた経験が無ければ、分からないものなのかもしれません。幸いにして私は、心の火を灯してくださる先輩に恵まれてきました。これは私にとって大きな財産です。
職業人としての教師にはならなくても、組織のリーダーとなるためには、この教師的要素は持ち合わせていなければならないと思います。まず、第一に話すことばに力が必要です。聞く者の腹に響くような言霊(ことだま)があれば最高です。今日のリーダーにはこの言霊が無くなったとよく言われます。ことばの持つ偉大なる力を復興させなければなりません。言霊を語ることを意識することから始める、それしかないのだと思います。それを続けていくと自己の存在そのものに中身が無ければ、ことばに力が宿ることはないことにやがて気づくはずです。結局は、生き様が問われるということなのでしょう。
リーダーと言霊
ここには不可分な関係があるように思えます。リーダーたるものことばに言霊を宿し、多くの人の心に火を付けることを意識すべきでしょう。そのために、生き様が問われるのであり、力に満ちて存在しなければならないのだと思います。
言霊を宿すリーダーとなるためには、他人に火を付けるだけではなく、常に自分に火を灯し続ける術を有しなければならないような気がします。人間にそんな力があるのかと訝しがる人もいらっしゃるかもしれません。しかし、私は信じています。
真のリーダーにはその力が備わっていることを…
逆境や失意のときも、自らを鼓舞し、自らの心に火を灯すことが出来る
人間はそのような力を有することが可能であり、それこそ、リーダーの資質であると
ゆるぎない確信をもって申し上げたいと思います。
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