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当時の担当医の処分を要請 手術事故で死亡女児の両親
記事:共同通信社【2008年10月1日】
2001年に東京女子医大病院で心臓手術を受けた女児=当時(12)=が死亡した事故で、父親の平柳利明(ひらやなぎ・としあき)さん(58)が30日、当時、人工心肺装置を担当した医師について「事故隠ぺいのためカルテ改ざんをした疑いがある」として、厚生労働省の医道審議会で行政処分を検討するよう求める申立書を同省に提出した。
平柳さんは「手術にかかわった医師や技師の公判での供述などから情報を得ており、確度は高い」と主張。厚労省医事課は「提出を受けた資料を精査し、医道審の委員とも相談しながら対応を考える」としている。
この医師は業務上過失致死罪に問われたが、東京地裁で無罪判決を受け、検察側が控訴している。カルテ改ざんに関する刑事責任は問われていない。
一方、手術にかかわった別の医師は、証拠隠滅罪について執行猶予付きの有罪が確定。医道審は05年、1年6カ月の医業停止処分とした。
厚労省で会見した平柳さんは「医道審は、刑事罰が確定した事例だけを行政処分の対象としているのが実情。医療倫理上問題があると疑われるケースもきちんと対応すべきだ」と話した。
大崎市民病院医療事故:業過致死容疑で執刀医を書類送検 /宮城
大崎市民病院で昨年6月、当時40歳の女性が脳動脈瘤(りゅう)の破裂を防ぐ手術を受けた後に死亡した問題で、県警捜査1課と古川署は18日、手術を行った男性医師(43)を業務上過失致死容疑で仙台地検に書類送検した。過失があったことを認めているという。
調べでは、男性医師は昨年6月6日、入院していた同市のパート従業員女性の手術をした際、生理食塩水入りの加圧式点滴パックが空になったことの確認を怠ったため、脳動脈に空気が送り込まれて血流が止まる「空気塞栓(そくせん)症」に陥らせ、同12日に脳循環不全で死亡させた疑い。
手術は、点滴で広がった血管を通じて動脈瘤に特殊合金コイルを入れ、中に血液が流れ込まないようにして肥大化を防ぐものだった。同病院が死亡直後に「異状死」として古川署に届け出て、県警が捜査していた。
市は昨年10月、遺族に4513万円の損害賠償を支払うことで示談で合意した。【比嘉洋】
毎日新聞 2008年9月19日 地方版
【はじめに 医療安全委員会の設立に向けて】
医療事故や医療過誤、そして相次ぐ医療訴訟を背景に、日本でも現在、医療安
全調査委員会の試案が厚生省の会議で議論されており、この試案(第三次試案)
を基にした法案の作成と国民からの意見聴取が予定されています。これに際し、
日本が世界標準の医療安全委員会を設立する基準たりうるのが、アメリカ合衆国
・連邦復員軍人局の患者安全ナショナル・センター(1999~)が掲げる医療安全
のポリシー(1)です。同センターは全米の復員軍人病院を運営し、医療安全シ
ステムの重要な世界的モデルのひとつとされています。
それでは、連邦復員軍人局の患者安全ナショナル・センターのホームページか
ら、医療安全システムの基礎となる考え方をご紹介致します。
【Culture Change:Prevention,Not Punishment(文化の変化:予防、刑罰を与えない)】
「復員軍人病院の患者安全へのアプローチ」
1999年に出版された医学研究所(the Institute of Medicine)の画期的な報
告である「人間は間違えるものである(To Err is Human)」に先立って、事実
上、全てのヘルスケア機関は患者に害を及ぼした原因の調査を行ってきた。しか
しながら、体系的に問題を解決しようと試みるアプローチはほとんど存在しなかっ
た。
従来の調査では、有害事象に関係した個人と失敗に焦点を当ててきた。それに
より個人の名前を挙げて罪を負わせるもので、有害事象の予防よりも処罰(刑罰)
を強調したものだった。
復員軍人病院では、「エラーをなくすこと」から「患者への害を減らすあるい
は害をなくすこと」へそのゴールを変換し、個人の行為に焦点を当てるよりも医
療ケアシステムの存立可能性を調べることで、多くのことが成し遂げられた。
我々のゴールは単純である:ケアの結果として、患者に対する不意の(=故意
でない)害を減らし、予防すること。
患者への害を減らすあるいはなくすことが、患者安全のための本当の鍵である。
エラーをなくすことだけに焦点をあてた試みは失敗に帰するであろう。個人のエ
ラーをゼロにすることは無理である。ゴールは"誤りに寛容な"システムの構築
である。たとえ個人が誤りを犯しても患者への害につながらないシステムである。
こうして我々は復員軍人病院の患者安全プログラムの基盤を、処罰(刑罰)で
はなく予防に焦点をあてるような問題解決型システム・アプローチに置いた。我
々はシステムの脆弱さに照準を定め、それを排除するために、航空機産業や原子
力発電のような"高信頼性"(を要求される)組織からの方法を学び、その考え
方を応用している。
例えば、"誤りへの寛容"の原理も、"高信頼性"組織がそのシステムを構築
する際に長年使ってきたものである。そして安全性も、ヘルスケア組織のものを
圧倒的に凌駕している。
我々は人々を標的にはしない。個人の名前を挙げて、罪を負わせる過去の文化
に加わるつもりはない。我々は繰り返し発生する問題、すなわちシステムに端を
発し、無視されたり気づかれないままとなっている問題の連鎖を断ち切る方法を
探している。
これを実行するための最も重要な方法の一つは、時にニアミスと呼ばれる身近
なサインから学ぶことである――それらは実際、有害事象よりももっと高い頻度
で起こっている。このような方法で問題点に取り組むことは、結果として安全な
システムであるばかりか、起こりうる問題を継続的に明らかにしては解決してい
る全ての人々の努力に焦点をあてることになる。
だからといって、このことが在郷軍人病院が全くの処罰(刑罰)なしの組織だ
というわけではない。我々はどの行為が処罰(刑罰)の対象になるのか、ならな
いのかを線引きするシステムを持っている。故意に安全でない行為を行ったと判
定された有害事象だけが、処罰(刑罰)の対象となる。患者と関係を持つという
ような、故意に安全でない行為をしたときは、刑法、患者との不適切な(肉体)
関係法、アルコールもしくは薬物濫用や患者虐待などに関係する法律の対象とな
る。
こうしたアプローチを組織横断的に統合させることで、一定レベルの信頼と、
安全の文化の永続につながる努力の焦点が創出される。
【Root Cause Analysis(RCA、基にある原因の分析)】
上記の患者安全のアプローチへの基本的な考えに続き、有害事象やニアミスに
関して「どんなことが起こったのか」「なぜ起こったのか」を見いだし、再発予
防のためにできることを決定するRoot Cause Analysis(RCA、基にある原因の分
析)と呼ばれる集学的チームアプローチのプロセスが記載されていますので、以
下にご紹介します。
通常、臨床の第一線で働く現場の人間こそ、問題点および解決法を見いだす一
番良いポジションにいるので、復員軍人病院でもRCAチームが患者安全の改善を
図るために必要な解決法、検査、医療機器を考案し、結果を見極めることとなっ
ている。
*RCAのゴールは、
・何が起こったか
・なぜ起こったのか
・再び起きないよう予防するためになすべきこと
を見いだすことである。
RCAは、予防戦略を明らかにする手段であり、罪を負わせる文化を越えて「患
者安全の文化」を構築する努力の一過程である。RCAでは、常に再発防止を念頭
においたゴール設定がなされるという点で、病気の診断に似たプロセスで根本原
因を見いだす。
*RCAは
1.第一線のサービスから専門家を参加させる学際領域である。
2.その状況に最も精通した人を参加させることである。
3.個々の原因や効果のレベルで「なぜか」を尋ねることによって、継続的により深く掘り下げることである。
4.システムを必要とされる変化を明らかにするプロセスである。
5.できる限り公平なプロセスである。
*完璧である為には、RCAは以下の内容を含んでいなければならない。
1.人あるいは他の因子を決める。
2.関係するプロセスとシステムを決める。
3.「なぜ?」という質問を繰り返すことにより、基礎のある原因と効果システムを分析する。
4.プロセスやシステムをどれだけ改善できるかを決める。
*信頼できるためには、RCAは、
1.組織のリーダーシップとプロセスとシステムに最も密接に関連した人を参加させなければならない。
2.本質的に首尾一貫していなければならない。
3.関係する論文を考慮しなければならない。
【結論 罪を負わせる文化からの離脱】
既に欧米の先進国は罪を負わせる文化を超えて、医療安全システムを構築に取
り組んでいます。医療安全システムに関して2006年に発表されたイギリス議会の
報告書「患者のためのより安全な場所:患者安全を改善するために学ぶこと」
(2)でも、患者安全ナショナル・センターの医療安全のポリシーは紹介されて
います。そして同報告書は、「毎日、NHS(National Health Service)は100万
人を超える人々を首尾よく診療している。しかしながら、ヘルスケアは国民、技
能、テクノロジー、そして医薬品を含むある種の複雑な相互関係に依っている。
時には、外科的治療は悪い方向に進み、医薬品投与の際のエラーは起き、患者は
他の有害事象をこうむる。患者の安全を改善する為の動きは、2000年に保健省大
臣のリポート『記憶のある組織』に始まった。罪を負わせる文化と、学んだ知識
を共有するシステムの欠如が、医療安全の個別の事象を明らかにしてその数を減
らすことの重大な障害となったことが、このリポートで明らかになった。」と結
論付けています。罪を負わせる文化からは、医療安全のためのシステムは生まれ
ないのです。
翻って、これから法案化の手続きに入る日本の第三次試案は、いまだに罪を負
わせる文化から抜け出せていない内容です。日本の医療安全委員会のシステムを
世界標準から逸脱させず、正常に機能させるためには、モデルとしての欧米の先
進国の医療安全の文化を学び取り、拙速ではない十分な議論を重ねてから法案の
作成に着手することが不可欠かつ最重要といえるでしょう。
参考資料
(1)アメリカ合衆国復員軍人局・患者安全ナショナル・センター
「文化の変化:予防、処罰(刑罰)なし」
http://www.patientsafety.gov/vision.html
(2)イギリス議会・「患者のための安全な場所:患者安全を改善するための学習」
A safer place for patients: learning to improve patient safety
http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200506/cmselect/cmpubacc/831/831.pdf
著者経歴
関根 利藏
1988年 神戸大医学部卒
1989年 国立国際医療センター内科
1991年 東京医科歯科大学医学部循環器内科
2001~2002年 オランダ国立エラスムス大学メディカル・センター(心臓移植ユニット)
2006年 葛西循環器脳神経外科病院内科
日本内科学会認定総合内科専門医、日本循環器学会認定循環器専門医
大野病院事件は一応の収束を見ましたが、本丸である福島県立医大産婦人科に関わる理不尽な判決の控訴審が始まりました。注目して行こうと思います。
福島県立医大病院医療過誤訴訟:控訴審始まる--仙台高裁
記事:毎日新聞社 【2008年9月5日】
県立医大付属病院で出産した次女が脳性まひになり、4年9カ月後に死亡したのは医療ミスが原因として、福島市の両親が県立医大を相手取り、約1億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審第1回口頭弁論が4日、仙台高裁(大橋弘裁判長)であった。
同病院の過失を認めた1審判決について、医大側は控訴理由書で「症例が子宮破裂の危険性が高かったという前提自体が誤っており、結果を回避できたとする医学的根拠も示されていない」と主張した。原告側は答弁書で「病院は子宮破裂を想定した監視体制をとるなどの注意義務を果たしておらず、責任は明らか」と控訴棄却を求めた。
1審で福島地裁は「子宮破裂の危険性が高く、直ちに帝王切開手術を行える準備が必要だったのに怠った」と、医大側に約7340万円の支払いを命じた。医大側が控訴していた。
弁論後、原告の幕田智広さん(42)は「6年間争い心身ともに疲れ切っているが、病院側が医療行為について正当に論じたいというなら控訴審を受け入れたい」と語った。【今井美津子】
そもそもこれがどのような事例かというと、「新小児科医のつぶやき」の2008-05-26 福島VBAC訴訟 報道編や2008-05-30 福島VBAC訴訟 判決文編に詳しい情報が載っています。また、「産科医療のこれから」の裁判は公正?も重要な情報源です。拙ブログでも、2008.05.22の日記でこの件に触れています。
第一審では病院の責任が認められ、病院敗訴の判決が下されました。でも、裁判所の求める責任は実現不可能です。病院には数多くの患者がいて、何時容態が急変するか分からない患者も多いのです。それらの患者すべてに至れり尽くせりで対応できればよいのですが、日本の医療費ではそのようなことは夢物語です。現状で出来る範囲で注意を払う以上のことは出来るはずもありません。
一審判決の要求を満たそうとすれば、他の患者を放置して、かかりきりで当該患者の観察を行い、麻酔科医や手術室スタッフを常駐させ、他の緊急手術は決して受けずに待機していなければなりません。他の患者は決して緊急事態にはならず、当該患者だけが緊急事態になることが始めから分かっていなければ出来ないことです。医療関係者は神でも超能力者でもないのですが、世間では理解されていないのでしょうか。
判断を下すのであれば、具体的にどのような(実現可能な)体制を取るべきなのかまで踏み込んで判断して欲しいと思います。実現不可能な理想論を述べられても、社会にとって有害です。
医療現場に安堵広がる 大野病院事件で地検控訴断念
8月30日6時13分配信 河北新報
医療界を震撼(しんかん)させた事件は一審で幕が引かれることになった。産婦人科医が帝王切開中の過失を問われた福島県立大野病院事件。福島地裁が言い渡した無罪判決に福島地検は29日、控訴断念の方針を明らかにした。事件が暗い影を落とした産科医療現場には安堵(あんど)が広がり、捜査関係者らは淡々と結末を受け止めた。
被告の加藤克彦医師(40)には弁護団から地検の方針が伝えられた。加藤医師は「逮捕からの2年6カ月はとても長く、ほっとしている。今後も地域医療に精いっぱい取り組んでいきたい。あらためて患者さんのご冥福をお祈り申し上げます」とのコメントを出した。
福島県は2005年、判断ミスなどを指摘した事故調査結果に基づき加藤医師らに減給などの懲戒処分を科し、加藤医師は起訴に伴い休職となった。無罪が確定すれば休職は解かれる見通しで、県は処分の取り消しも検討する。
茂田士郎県病院事業管理者は、発表した談話で「引き続き県民医療の安全確保に努め、医療事故の再発防止に全力を尽くしていく」との考えを示した。
逮捕には当初から医療界が猛反発し、お産を扱う現場に動揺を与えた。「万が一、控訴されれば、現場はさらに萎縮(いしゅく)しかねなかった」と東北公済病院(仙台市)産婦人科の上原茂樹科長は胸をなで下ろす。
国立病院機構仙台医療センター(仙台市)産婦人科の明城光三医長も「先週、事件のような難しい症例があった。無罪判決があったので比較的冷静に対応できた」という。それでも「今後も逮捕という同じことが起こる可能性はある。ショックは忘れない」と影響の大きさをうかがわせた。
一方、死亡した女性患者の父親渡辺好男さん(58)は取材に対し「無罪有罪は関係なく、1人の命が失われた。医療界には原因を追及し、再発防止に努めてほしいとだけ願っている」と話した。
福島地検の村上満男次席検事は記者会見で「遺族の方にはあらためてお悔やみ申し上げますとしか言いようがない」と述べた。県警の佐々木賢刑事総務課長は「県警としては法と証拠に基づいて必要な捜査をしたと考えている。医療行為をめぐる事件の捜査は本判決を踏まえ、慎重かつ適切に行っていく」と語った。
第5 被告人が行った医療措置の妥当性・相当性、結果を回避するための措置として剥離行為を中止して子宮摘出手術に移行すべき義務の有無
1 検察官は、子宮摘出手術等への移行可能性とこれによる大量出血の回避可能性があることを前提とした上で、被告人は、遅くとも用手剥離中に本件患者の胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点で、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行し、大量出血による本件患者の生命の危険を未然に回避すべき注意義務があったとするので、移行可能性、回避可能性について検討した後、医学的準則及び胎盤剥離中止義務について検討する。
2 子宮摘出手術等への移行可能性について
被告人が胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点においては、本件患者の全身状態は悪くなく、意識もあり、子宮摘出同意の再確認も容易な状況にあった。
したがって、手術開始時から子宮摘出手術も念頭に置いた態勢が取られていたこと等に鑑みれば、検察官が主張するとおり、同時点において、被告人が直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することは可能であったと認められる。
3 移行等による大量出血の回避可能性
一般論として、通常の胎盤剥離の出血量よりも前置胎盤の剥離の出血量の方が多く、それよりもさらに前置胎盤と癒着胎盤を同時に発症している胎盤の剥離の出血量の方が多いことが認められる。
本件において、クーパー使用開始直前時点までに被告人が用手剥離によって剥離を終えていた胎盤は、後壁部分と考えられる部分のおよそ3分の2程度であり、胎盤全体との関係では3分の1強程度である。この剥離部分は、用手剥離で剥離できた部分で、そこからの出血はあまり見られず、出血が多かったのは、その後、被告人がクーパーを使用して剥離した後壁下部であったこと、病理学的にも癒着胎盤と認める根拠に乏しい部分であることから、この剥離部分からの出血量は、いわゆる通常の胎盤の剥離の場合の出血量と同程度と推認される。
そうすると、胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合である本件の出血量が著しく大量となっていることと比較すれば、相当に少ないであろうということは可能であるから、結果回避可能性があったと解するのが相当である。
大野病院事件の場合、女性は手術を受ける1ヶ月前から入院していた。その間に、執刀医は助産師から「大きな病院で手術した方がいい」と助言され、先輩医師からも女性と同様の症例で「大量出血して大変だった」と教えられていた。これらは警察が捜査に入ったことで、初めて明らかになった事実だ。
弁護人: 大野病院で前置胎盤の症例を取り扱うことに問題があると思いますか。
加藤医師: 問題あるとは思っていません。
弁護人: なぜですか。
加藤医師: 施設スタッフがしっかりしていますし、同規模の施設でも引き受けていますので。
弁護 先生は前置胎盤の帝王切開は何人でされましたか?
証人 今年に入って、一月にやりましたが、それは人をたのみました。
弁護 それ以前の9例は全部1人でしたか?
証人 そうです。
弁護 麻酔は?
証人 ひとりで全部やります。
弁護 助手は誰がするのですか?
証人 手術室の看護師です。
弁護 前回帝王切開、前置胎盤の患者さんで、術前にわかっており、大量出血の可能性がある場合も。
証人 はい。
弁護 前置胎盤で搬送しようと考えませんか?
証人 これだけではhigh riskではないので、ひとりで対応できます。
弁護 県立大野病院では、加藤医師の体制では、外科医1名、麻酔科医1名、助産師などスタッフ全9名。この体制は不十分だと考えられますか?
証人 私どもの施設に比べかなり恵まれていると思います。
弁護 同じような症例に対して先生はひとりでされているのですね。
証人 はい。
福岡県八女市の公立八女総合病院(吉田博企業長)は27日、患者2人に酸素ではなく誤って二酸化炭素(CO2)を吸入させる事故があったと発表した。2人は死亡した。病院側は同日会見し、「二酸化炭素の吸入は数分間と短時間で、直接的な死因につながったと考えていない」と因果関係を否定した。八女署は同病院から届け出を受け、業務上過失致死の疑いもあるとみて関係者から話を聴いている。
同病院によると、24日午前4時前、がんで入院中の70代男性が危篤状態になり、手術台まで搬送する際、酸素ボンベが空だったため、看護師が誤って二酸化炭素ボンベと交換し吸入させた。男性は手術前に死亡した。
さらにミスに気づかないまま同日午後6時ごろ、急性硬膜下血腫で救急搬送された80代の男性にも、手術台に運ぶ際と、手術を終えて病室に運ぶ際に二酸化炭素を吸入させた。この男性は翌朝に死亡した。
その後、別の看護師が取り違えに気づいた。外観は酸素ボンベは黒、二酸化炭素ボンベは緑色で別々の場所に保管しているが、形状は同じという。
同病院は26日に2人の遺族に謝罪。取り違えた看護師は「患者の容体に焦ってボンベの色や文字に目がいかなかった」と話しているという。
石倉宏恭・福岡大病院救命救急センター長の話
一般論として重症患者に対して、口から二酸化炭素を入れた場合は即、窒息状態になると考えられる。
=2008/08/28付 西日本新聞朝刊=
8月21日付けの朝日新聞・時時刻刻の記事の引用:
東京都内の大学病院で06年11月、癒着胎盤と診断された20歳代の女性が帝王切開で出産後に死亡するという大野病院事件と類似の事故が起きた。病院は胎盤をはがすことによる大量出血を避けるため、帝王切開後ただちに子宮摘出手術に移った。しかし、大量出血が起こり、母親を救命できなかった。病院はリスクの高い出産を扱う総合周産期母子医療センターだった。厚労省の補助金で日本内科学会が中心に運営する「医療関連死調査分析モデル事業」で解剖と臨床評価が行われ、評価調査報告書の最後に「処置しがたい症例が現実にあることを、一般の方々にも理解してほしい」と記されている。
5 再発防止への提言
1)当該病院への提言
今回各部門から提出された記録には不明な点があった。また時間的経緯のずれ、また不備もあり審議に苦慮した。院内委員会で十分に審議し統一見解としてまとめて提出しなければ真相は究明できない。モデル事業の参加は真相究明であるので、第三者が見ても良い限りなく透明性のある診療録にすることにより、医療の質も向上し医療不信を払拭できるのではないかと考える。本事例の調査委員会には小児科医が何故含まれなかったのか。また委員会の構成は当該科に呼応する外部の専門家や法律家も入れ、メンバ-を構築しなければ真理は追究できず、再発防止に繋がらない。さらに、モデル事業に提出された資料は委員会の議事録(開催日、場所、出席者、審議内容など)として体裁を整える必要がある。今回提出された資料は三部門(産婦人科、麻酔科、看護師)の資料を集めただけの内容であったことを追記する。
(1) 産婦人科医への提言:当該診療科から提出された資料には記載不十分な部分も多く丁寧なチェックを行い提出することを希望する。また執刀医が手術記録を書いていない。極めて稀な事例でもあるので手術記録は誠実に詳細に執刀医が記載するのは当然である。たとえ下位医師が上級医に依頼されても断ることも重要である。硫酸マグネシウムの投与方法・用量は守られ手術決定とほぼ同時に中止し、手術に臨んだが、添付文書の重要事項に硫酸マグネシウムを分娩直前まで持続投与した場合に出生した新生児に高マグネシウム血症を起こすことがあるため、分娩前2時間は使用しないと書かれている。また子宮収縮抑制薬の併用による母体への重篤な心筋虚血などの循環器関連の副作用も報告されているので、このような知識は周産期センタ-ともなればスタッフ全員がこの認識を持つ必要がある。
(2) 麻酔科医への提言:手術時の麻酔記録が極めて不十分であり、術中の記録から病態を解析するのに困難を極めた。稀有な症例であり、その時点での記録が困難であったものと推測するが、その後詳細な記録を残すことが重要である。硫酸マグネシウムの使用という情報が共有されていれば中和剤としてカルチコ-ルの選択もあった。また今回使用した以外の別の昇圧薬やドーパミン薬の使用も考慮しても良かった。今後、大量出血が予想される手術にあたっては、麻酔開始前から中心静脈圧、動脈圧を連続的にモニタリング出来るように準備してから手術を開始すべきである。ただ現実に臨床の場で常に準備することは難しいことも理解出来る。しかし今後検討すべきである。
(3) 泌尿器科医への提言:当初、提出された診療録に膀胱修復の手術記録が含まれてなく、手術への拘わりなど時間の参考資料にはならなかった。手術記録は当然記載し診療録に入れ診療録を完成させて提出する必要がある。
(4) 看護師への提言:本事例は術中の大量の出血によると考え、真相究明には時間的経過を詳細に知りたく、再三資料の提出を求めた。当然存在するはずの資料の提出がない場合、審議において、資料提出がないこと自体を当該施設に不利益な事情の1つとして斟酌する可能性もあることも、当該施設に対し通知した。その結果、最終的に提出されたメモと記憶からの資料により審議に臨めた。手術に入った看護師の配置は2名(器械出し、外回り)で、帝王切開用と子宮摘出用の器具を準備し、子宮摘出用の器具を隣室に置き隣室で器械を揃えるなど時間を取られている。そのため看護師の仕事である継続的に出血量をカウント出来ない時間が生じたことが解った。予め子宮摘出術が行なわれる可能性が高い例では、両器具を完全に揃え同一手術室に準備し、手術室から離れることがないようにすべきである。また緊急とはいえ大きくなる可能性のある手術では事前に医師と情報を共有することでマンパワ-も増し、再発防止に繋がると思われる。
2)医療界への要望
当該医療施設は周産期でも有数な施設であり、そのような機関でも本症例は不幸な転帰を辿ってしまった。手術開始前から出血が始まり、手術開始と同時に短時間に予期せぬ大量出血から生じたものと推測する。産科領域では、分娩を中心に稀有に見聞するが、急激な失血を正確に測定すること、またそれに呼応した輸血を考えると、今日の治療では難しかったかも知れない。なお、本事例のケ-スでの周術期死亡率は7.4%とも報告されている。学術集会では貴重な稀有な症例が発表され、無論成功例から学ぶことも大事である。しかしながら患者を救命することを使命とする医療従事者は、処置し難い症例が現実には存在し、不幸な転帰を辿る症例もあり対処出来るように努めなければいけない。またこのような症例が現実にあることを医療界だけでなく、一般の方々にも開示し理解して頂くことを希望する。
2008年8月25日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Medical Research Information Center (MRIC) メルマガ 臨時 vol 114
■□ 大野病院事件判決と署名のお願い □■
周産期医療の崩壊をくい止める会
佐藤 章
(福島県立医科大学産科婦人科学講座 教授)
今回の記事、転送歓迎します!!
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周産期医療の崩壊をくい止める会 代表の佐藤 章です。
8月20日、福島県立大野病院 加藤克彦医師が業務上過失致死、医師法21条違
反の罪を問われてきた裁判で、福島地方裁判所により、同医師には過失はなかっ
たとして無罪判決が言い渡されました。このような判決が下されたのは、一重に
国民、および医療現場の皆様の御支援のお陰と一同感謝しています。本日は、更
にお願いしたき件があり、メールさせていただきました。
同医師は一審で無罪となったものの、まだ、判決が確定したわけではありませ
ん。検察が高裁に控訴する可能性が残されています。しかしながら、本来は刑事
事件として立件されるべきではなかったのであり、本件裁判の影響で、萎縮医療、
産科医師激減は全国に拡大し、医療を受ける国民全体にとっても大きな不利益と
なっていることは明らかです。
そこで、同医師をこれ以上の刑事手続から解放し、本件裁判が全国の医療現場
にもたらした混乱を一刻も早く収束させるために、同医師が検察によって控訴さ
れないことが求められます。
医療現場の正常化と回復を望むことは、医療者、非医療者に共通した希望であ
り、そのために、同医師の控訴がなされないことを求める署名を集め、法務大臣、
検察庁等の関係機関に提出したいと考えています、是非ともこの署名にご協力を
お願い申し上げます。署名は以下の方法で受け付けています。
1)ホームページ:
http://spreadsheets.google.com/viewform?key=pVSu1jKcdiL1dT7HDioKlfA
2)メール:perinate-admin@umin.net
(氏名、所属、署名賛同の旨を本文にお書きください)
加藤克彦医師を控訴しないことを求める意見書
平成20年8月25日
福島県立大野病院産科医師加藤克彦氏の行った医療行為に関して、同医師が逮
捕、勾留、起訴され、業務上過失致死、医師法違反の罪に問われてきましたが、
同医師の行為は、医療者としての適切な判断に基づいた医療行為であり、本来刑
事事件として立件されるべき性質のものではありませんでした。
福島地方裁判所も、同医師に刑事上の過失はなかったとして無罪判決を言い渡
しました。
一方で、本件裁判により、医療現場とりわけ産科医療の現場では、過失ない医
療行為によっても不幸な結果が起きた場合に、医師が刑事責任まで問われてしま
うことから、萎縮医療の進行、産科医師の激減の悪影響を生じ、医療を受ける国
民全体にとっても不利益となっています。
福島地方検察庁におかれましては、加藤医師の行為が刑事裁判の場で争われる
べき性質のものでないこと、加藤医師には何らの過失もなかったと裁判所が判断
したことを踏まえ、加藤医師を早期に刑事手続から解放し、本件裁判が全国の医
療現場に及ぼした影響の甚大さを認識した上で医療現場の混乱を一刻も早く収束
させるためにも、本件において加藤医師を控訴しないとのご決断をしていただき
たい次第です。
上記の趣旨から、医療者 ( )名、非医療者( )名の署名を添えて提出い
たします。
以上
判決要旨被告人 加藤克彦
罪 名 業務上過失致死・医師法違反
裁判官 鈴木信行(裁判長)、堀部亮一、宮崎寧子
主 文 被告人は無罪
第1 出血部位等
1 出血部位
胎盤剥離開始後の出血のうちの大部分は、子宮内壁の胎盤剥離部分からの出血と認められる。
2 胎盤剥離中及び剥離直後の出血程度
胎盤剥離中に出血量が増加したことが認められるところ、胎盤剥離中の具体的な出血量については、麻酔記録等から、胎盤娩出時の総出血量は2555mlを超えていないことが、カルテの記載及び助産師の証言等から、遅くとも午後3時ころまでに出血量が5000mlに達したことが認められる。
第2 本件患者の死因及び被告人の行為との因果関係
1 死因
鑑定は、本件患者の死亡は、胎盤剥離時から子宮摘出手術中まで継続した大量出血によりショック状態に陥ったためであり、他の原因は考えにくいとする。
同鑑定の内容は、本件患者の循環血液量の絶対量が不足する状態が長時間継続していた手術経過に合致し、死亡診断書及びカルテに記載された被告人の判断及び手術を担当した他の医師らの判断とも合致している。
したがって、本件患者の死因は、出血性ショックによる失血死であると認められる。
2 因果関係
本件患者の死因が出血性ショックによる失血死であり、総出血量のうちの大半が胎盤剥離面からの出血であることからすれば、被告人の胎盤剥離行為と本件患者の死亡との間には因果関係が認められる。
第3 胎盤の癒着部位、程度
1 当事者の主張
(1)検察官は、本件患者の癒着胎盤が子宮後壁から前壁にかけての嵌入胎盤であり、前回帝王切開創部分は嵌入胎盤であった旨主張し、その根拠として、A鑑定、胎盤剥離に要した時間が長かったことを挙げる。
(2)弁護人は、B鑑定を根拠に、癒着の部位は、子宮後壁の一部であり、前回帝王切開創を含む前壁には存在しなかった上、絨毛の侵入の程度は、筋層全体の5分の1程度である旨主張する。
2 検討
(1)癒着部位について
ア A鑑定は、子宮筋層と絨毛の客観的な位置関係を認定するというレベルでは一応信用性が高いと評価できるが、胎盤の観察、臨床医の情報等を考慮しておらず、子宮の大きさ、胎盤の形や大きさ、帝王切開創部分と胎盤の位置関係、臍帯を引いたときの胎盤と子宮の形、胎盤剥離時の状況等に関する事実と齟齬する点がある。したがって、A鑑定が指摘する部分全てに癒着胎盤があったかは相当に疑問であり、その結果をそのまま癒着胎盤が存在する範囲と認定することはできない。
イ B鑑定は、胎盤の写真を鑑定資料に加えて、胎盤が存在し得ない場所に絨毛が存在することにつき合理的説明を加えていることなどから、その鑑定手法の相当性は是認できる。
しかし、胎盤の写真を根拠として癒着の有無を正確に判断することには困難が伴うと考えざるを得ないことなどの事情を総合すれば、B鑑定は、A鑑定と異なる部分について、A鑑定に対し、合理的な疑いを差し挟む論拠を提供するには十分な内容を有しているものの、積極的にその結果の全てを是認し得るまでの確実性、信用性があるかについては疑問の余地が残る。
ウ 以上からすれば、A鑑定で後壁の癒着胎盤と判断した標本から、B鑑定が一応合理的な理由を示して疑問を呈した部分を除いた標本部分については癒着胎盤があり、胎盤剥離状況や剥離に要した時間に鑑みると、癒着範囲は相当程度の面積を有していたと認められる。
(2)前回帝王切開創について
ア 本件患者の子宮標本のうち、絨毛及び糸の存在が認められる部分があり、A鑑定は同部分を嵌入胎盤としている。
イ 同部分を前回帝王切開創と見ることに不合理な点はないものの、同部分が用手剥離等によらず剥離できたこと、また、B鑑定は、同部分を癒着胎盤と評価していないことからすれば、絨毛が観察されたことをもって、直ちに癒着胎盤と認めることは疑問が残る。
(3)癒着の程度
癒着の程度については、A、B鑑定に差異はあるものの、本件の癒着胎盤が、ある程度子宮筋層に入り込んだ嵌入胎盤であることについては、両鑑定ともに一致する。
3 結論
(1)胎盤は、子宮に胎盤が残存している箇所を含む子宮後壁を中心に、内子宮口を覆い、子宮前壁に達していた。子宮後壁は相当程度の広さで癒着胎盤があり、少なくともA鑑定で後壁の癒着胎盤と判断した部分から、B鑑定が一応合理的な理由を示して疑問を呈した部分を除いた部分については、癒着していた。
(2)癒着の程度としては、ある程度絨毛が子宮筋層に入り込んだ嵌入胎盤の部分があった。
第4 予見可能性
1 当事者の主張
(1)検察官は、被告人は、手術前の検査で、本件患者が帝王切開手術既往の全前置胎盤患者であり、その胎盤が前回帝王切開創の際の子宮切開創に付着し、胎盤が子宮に癒着している可能性が高いことを予想していた上、帝王切開手術の過程で、子宮表面に血管の怒張を認め、児娩出後には臍帯を牽引したり子宮収縮剤を注射するなどの措置を行っても胎盤が剥離せず、用手剥離中に胎盤と子宮の間に指が入らず用手剥離が不可能な状態に直面したのであるから、遅くとも同時点で胎盤が子宮に癒着していることを認識したと主張する。
そして、被告人は、癒着胎盤を無理に剥がすと、大量出血、ショックを引き起こし、母体死亡の原因になることを、産婦人科関係の基本的な医学書の記載等から学び、また、手術以前に、帝王切開既往で全前置胎盤の患者の手術で2万ml弱出血した事例を聞かされていたのであるから、癒着認識時点後に、胎盤の剥離を継続すれば、子宮の胎盤剥離面から大量に出血し、本件患者の生命に危険が及ぶおそれがあることを予見することが可能であったと主張する。
(2)これに対し、弁護人は、被告人は、癒着胎盤であることを認識していなかった上、仮に癒着胎盤であることを認識したとしても、前置胎盤及び癒着胎盤の場合、用手剥離で出血があることは当然であり、出血を見ても剥離を完遂することで、子宮収縮を促して止血を維持し、その後の止血措置をするのが我が国の医療の実践であるから、大量出血を予見したことにはなり得ないと主張する。
2 被告人の癒着胎盤の認識について
(1)被告人の手術直前の予見、認識
手術に至るまでの事実経過に照らすと、被告人は、手術直前には、子宮を正面から見た場合に、胎盤は本件患者から見て左側部分にあり、前回の帝王切開創の左側部分に胎盤の端がかかっているか否か微妙な位置にあると想定し、本件患者が帝王切開手術既往の全前置胎盤患者であることを踏まえて、前壁にある前回帝王切開創への癒着胎盤の可能性を排除せずに手術に臨んでいたが、癒着の可能性は低く、5パーセントに近い数値であるとの認識を持っていたことが認められる。
(2)被告人の手術開始後の予見、認識
ア 血管の怒張について
本件患者の腹壁を切開し子宮表面が露出された際、子宮前壁の表面に血管の怒張が存在したことが認められる。この点につき、検察官は、癒着胎盤の特徴として、子宮表面に暗紫色の血管の怒張が見られるとする。
しかしながら、被告人は、これにつき前置胎盤患者によく見られる血管であり、癒着胎盤の兆候としての血管の隆起とは異なる旨診断したと供述しており、当該診断が不自然であるとは認められない。
したがって、上記血管の怒張を見た段階で、被告人が、前述のとおりの術前の癒着の可能性の程度に関する認識を変化させたと認めることはできない。
イ 胎盤の用手剥離を試みたが、胎盤と子宮の間に指が入れることができなくなったことについて
被告人は、用手剥離中に胎盤と子宮の間に指が入らず用手剥離が困難な状態に直面した時点で、確定的とまではいえないものの、本件患者の胎盤が子宮に癒着しているとの認識をもったと認めることができる。
しかしながら、前回帝王切開創部分に癒着胎盤が発生する確率が高いのは、前回帝王切開瘢痕部付近は脱落膜が乏しいためと考えられており、この理由は子宮後壁部分の癒着には当てはまらない。したがって、被告人が有していた前壁の癒着の程度の予見、認識が、段階的に高まって癒着剥離中の癒着の認識に至ったと考えることはできない。
3 大量出血の予見可能性について
癒着胎盤を無理に剥がすことが、大量出血、ショックを引き起こし、母体死亡の原因となり得ることは、被告人が所持していたものも含めた医学書に記載されている。したがって、癒着胎盤と認識した時点において、胎盤剥離を継続すれば、現実化する可能性の大小は別としても、剥離面から大量出血し、ひいては、本件患者の生命に危機が及ぶおそれがあったことを予見する可能性はあったと解するのが相当である。
第5 被告人が行った医療措置の妥当性・相当性、結果を回避するための措置として剥離行為を中止して子宮摘出手術に移行すべき義務の有無
1 検察官は、子宮摘出手術等への移行可能性とこれによる大量出血の回避可能性があることを前提とした上で、被告人は、遅くとも用手剥離中に本件患者の胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点で、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行し、大量出血による本件患者の生命の危険を未然に回避すべき注意義務があったとするので、移行可能性、回避可能性について検討した後、医学的準則及び胎盤剥離中止義務について検討する。
2 子宮摘出手術等への移行可能性について
被告人が胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点においては、本件患者の全身状態は悪くなく、意識もあり、子宮摘出同意の再確認も容易な状況にあった。
したがって、手術開始時から子宮摘出手術も念頭に置いた態勢が取られていたこと等に鑑みれば、検察官が主張するとおり、同時点において、被告人が直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することは可能であったと認められる。
3 移行等による大量出血の回避可能性
一般論として、通常の胎盤剥離の出血量よりも前置胎盤の剥離の出血量の方が多く、それよりもさらに前置胎盤と癒着胎盤を同時に発症している胎盤の剥離の出血量の方が多いことが認められる。
本件において、クーパー使用開始直前時点までに被告人が用手剥離によって剥離を終えていた胎盤は、後壁部分と考えられる部分のおよそ3分の2程度であり、胎盤全体との関係では3分の1強程度である。この剥離部分は、用手剥離で剥離できた部分で、そこからの出血はあまり見られず、出血が多かったのは、その後、被告人がクーパーを使用して剥離した後壁下部であったこと、病理学的にも癒着胎盤と認める根拠に乏しい部分であることから、この剥離部分からの出血量は、いわゆる通常の胎盤の剥離の場合の出血量と同程度と推認される。
そうすると、胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合である本件の出血量が著しく大量となっていることと比較すれば、相当に少ないであろうということは可能であるから、結果回避可能性があったと解するのが相当である。
4 医学的準則及び胎盤剥離中止義務について
(1)検察官の主張
検察官は、移行可能性と回避可能性がいずれもあることを前提とした上、さらに、胎盤剥離を継続することの危険性の大きさ、すなわち、大量出血により、本件患者を失血死、ショック死させる蓋然性が高いことを十分に予見できたこと、及び、子宮摘出手術等に移行することが容易であったことを挙げ、癒着胎盤であると認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であり、本件において、被告人には胎盤剥離を中止する義務があったと主張する。そして、上記医学的準則の根拠として、医学書、及び、C医師の鑑定(C鑑定)を引用する。
(2)弁護人の主張
これに対し、弁護人は、癒着胎盤で胎盤を剥離しないのは、(1)開腹前に穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できたもの、(2)開腹後、子宮切開前に一見して穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できたもの、(3)胎盤剥離を試みても癒着していて最初から用手剥離ができないものであり、用手剥離を開始した後は、出血していても胎盤剥離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合に子宮を摘出するのが我が国における臨床医学の実践における医療水準であると反論する。
(3)産科の臨床における医療措置
ア 本件では、癒着胎盤の剥離を開始した後に剥離を中止し、子宮摘出手術等に移行した具体的な臨床症例は、検察官側からも被告人側からも提示されておらず、また、当公判廷において証言した各医師も言及していない。
イ 次に、上記医師らのうち、C医師のみが、検察官の主張と同旨の見解を述べるが、同医師が腫瘍を専門とし、癒着胎盤の治療経験に乏しいこと、同医師の鑑定や証言は、同医師自ら述べるとおり、自分の直接の臨床経験に基づくものではなく、主として医学書等の文献に依拠したものであることからすれば、同医師の鑑定結果及び証言内容を、臨床における癒着胎盤に関する標準的な医療措置、あるいはこれを基準とした事案分析と理解することは相当ではない。
ウ 他方、上記医師らのうち、D及びE医師の産科の臨床経験の豊富さ、専門知識の確かさは、その経歴からのみならず、証言内容からもくみ取ることができ、少なくとも、臨床における癒着胎盤に関する標準的な医療措置に関する証言は、医療現場の実際をそのまま表現しているものと認められる。また、中規模病院に勤務するF医師も同様の見解を述べる。
そうすると、本件では、D、E両医師の鑑定ないし証言等から、「開腹前に穿通胎盤や程度の重い嵌入胎盤と診断できたものについては胎盤を剥離しない。用手剥離を開始した後は、出血をしていても胎盤剥離を完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでもコントロールできない大量出血をする場合には子宮を摘出する。」ということが、臨床上の標準的な医療措置と解するのが相当である。
エ 医学書の記載
医学書に記載された癒着胎盤の治療及び対処法をみると、用手剥離にとりかかる前から嵌入胎盤、穿通胎盤であることが明確である場合、あるいは剥離を試みても全く胎盤剥離できない場合については、用手剥離をせずに子宮摘出をすべきという点では、概ね一致が見られる。しかしながら、用手剥離開始後に癒着胎盤であると判明した場合に、剥離を中止して子宮摘出を行うべきか、剥離を完了した後に止血操作や子宮摘出を行うのかという点については、医学書類から一義的に読みとることは困難である。
オ 判断
(ア) 検察官は、癒着胎盤であると認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であり、本件において、被告人には胎盤剥離を中止する義務があったと主張する。これは、一部の医学書及びC鑑定に依拠するものであるが、C鑑定が、臨床経験よりも多くを医学書に依拠していることは前述のとおりであるから、結局、検察官の主張は、医学書の一部の見解に依拠したものと評価することができる。
(イ) しかし、検察官の主張は、以下の理由から採用できない。
a 臨床に携わっている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものは刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない。
なぜなら、このように解さなければ、臨床現場で行われている医療措置と一部の医学書に記載されている内容に齟齬があるような場合に、臨床に携わる医師において、容易かつ迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことになるし、刑罰が科せられる基準が不明確となって、明確性の原則が損なわれることになるからである。
この点につき、検察官は、一部の医学書やC鑑定に依拠した医学的準則を主張しているのであるが、これが医師らに広く認識され、その医学的準則に則した臨床例が多く存在するといった点に関する立証はされていないのであって、その医学的準則が、上記の程度に一般性や通有性を具備したものであるとの証明はされていない。
b また、検察官は、前記のとおり、胎盤剥離を継続することの危険性の大きさや、患者死亡の蓋然性の高さや、子宮摘出手術等に移行することが容易であったことを挙げて、被告人には胎盤剥離を中止する義務があったと主張している。
しかし、医療行為が身体に対する侵襲を伴うものである以上、患者の生命や身体に対する危険性があることは自明であるし、そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難である。したがって、医療行為を中止する義務があるとするためには、検察官において、当該医療行為に危険があるというだけでなく、当該医療行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにした上で、より適切な方法が他にあることを立証しなければならないのであって、本件に即していえば、子宮が収縮しない蓋然性の高さ、子宮が収縮しても出血が止まらない蓋然性の高さ、その場合に予想される出血量、容易になし得る他の止血行為の有無やその有効性などを、具体的に明らかにした上で、患者死亡の蓋然性の高さを立証しなければならない。そして、このような立証を具体的に行うためには、少なくとも、相当数の根拠となる臨床症例、あるいは対比すべき類似性のある臨床症例の提示が必要不可欠であるといえる。
しかるに、検察官は、一部の医学書及びC鑑定による立証を行うのみで、その主張を根拠づける臨床症例は何ら提示していないし、検察官の示す医学的準則が、一般性や通有性を具備したものとまで認められないことは、上記aで判示したとおりである。そうすると、本件において、被告人が、胎盤剥離を中止しなかった場合の具体的な危険性が証明されているとはいえない。
(ウ) 上記認定によれば、本件では、検察官の主張に反して、臨床における癒着胎盤に関する標準的な医療措置が医療的準則として機能していたと認められる。
(エ) 以上によれば、本件において、検察官が主張するような、癒着胎盤であると認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であったと認めることはできないし、本件において、被告人に、具体的な危険性の高さ等を根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできない。したがって、事実経過において認定した被告人による胎盤剥離の継続が注意義務に反することにはならない。
5 以上の検討結果によれば、被告人が従うべき注意義務の証明がないから、この段階で公訴事実の第1はその証明がない。
第6 医師法違反について
1 医師法21条にいう異状とは、同条が、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にしようとした趣旨の規定であることに照らすと、法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味すると解されるから、診療中の患者が、診療を受けている当該疾病によって死亡したような場合は、そもそも同条にいう異状の要件を欠くというべきである。
本件において、本件患者は、前置胎盤患者として、被告人から帝王切開手術を受け、その際、子宮内壁に癒着していた胎盤の剥離の措置を受けていた中で死亡したものであるが、被告人が、癒着胎盤に対する診療行為として、過失のない措置を講じたものの、容易に胎盤が剥離せず、剥離面からの出血によって、本件患者が出血性ショックとなり、失血死してしまったことは前記認定のとおりである。
そうすると、本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、本件が、医師法21条にいう異状がある場合に該当するということはできない。
2 以上によれば、その余について検討するまでもなく、被告人について医師法21条違反の罪は成立せず、公訴事実第2はその証明がない。