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2010.01.17 09:05 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  仕事 / 職場  |  bamboo  | 推薦数 : 2

我々は無法者?

 皆さんは一般高圧ガス保安規則という法律をご存じでしょうか。その「第六十条の十」には以下のような文言があります。

一般高圧ガス保安規則 第六十条の十

可燃性ガス又は酸素の消費に使用する設備(家庭用設備を除く。)から五メートル以内においては、喫煙及び火気(当該設備内のものを除く。)の使用を禁じ、かつ、引火性又は発火性の物を置かないこと。ただし、火気等を使用する場所との間に当該設備から漏えいしたガスに係る流動防止措置又は可燃性ガス若しくは酸素が漏えいしたときに連動装置により直ちに使用中の火気を消すための措置を講じた場合は、この限りでない。


 ということで、役所に問い合わせをした麻酔科医が居ます。「酸素投与下で電気メスを使用することは問題ないか」と。問題があるか無いかというはっきりした答えはなかったようですが、電気メスは火気だとのことです。事故が起これば規則違反で責任を問われる危険はありそうです。

 術者の皆さん、電気メスを使用するときは麻酔機や肺から5メートル以上離れて使用してください。

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2010.01.14 18:53 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  bamboo  | 推薦数 : 3

こんにゃくゼリーへの怨念?

 こんにゃくゼリーについては何度も書いているのですが、どうしても悪者にしたい勢力があるようですね。以下の記事を、数字を確認しながら、読んでみてください。

こんにゃくゼリー「事故頻度、アメと同等」 食品安全委
2010年1月13日20時54分 asahi.com

 食品の窒息事故の危険性を議論している食品安全委員会のワーキンググループが13日開かれ、子どもや高齢者の死亡事故が相次ぐこんにゃく入りゼリーの窒息死亡事故の確率について、餅に次いで「アメと同程度の事故頻度がある」とする推測値を初めて公表した。

 一口あたりの事故頻度を摂取量などに応じて、食品ごとに試算。こんにゃく入りゼリーについては、その生産量と、内閣府が把握する死亡事故数をもとに試算した。

 その結果、1億人が一口食べたと仮定して最大で0.33人が窒息死の危険性がある計算になった。また、別の試算による事故頻度の推計では、こんにゃく入り以外も含めたゼリー全体の摂食量などから最大で5.9人となった

 他の食品の試算では、事故頻度が高い順に、いずれも最大で餅7.6人▽アメ2.7人▽パン0.25人▽肉類0.15人などとなった。こんにゃく入りゼリーの事故頻度は、二つの試算から、餅とパンの間にあり、アメと同程度ということになった。

 同委は、今回の試算を踏まえ、こんにゃく入りゼリーを含めた窒息事故を引き起こす食品について事故防止策の提言などをまとめることにしている。内閣府によると、こんにゃく入りゼリーが原因の窒息死亡事故は過去13年間に22件報告されている。(小林未来)
 

 一億人が一口食べたときの窒息死の危険性が、
餅:7.6人、 アメ:2.7人、 こんにゃくゼリー:0.33人、 パン:0.25人 です。
こんにゃくゼリーの危険度が餅とパンの間というのは事実ですが、どう見てもアメと同等と言うよりパンと同等と言うべきでしょう。

 また、ゼリー全般では危険性が5.9人と餅に迫る勢いと言うことなので、こんにゃくゼリーはゼリーの中で特別に安全だと言うことになります。それがどうしてこのような記事になるのでしょう。

 食品安全委員会の意向か朝日新聞の意向か知りませんが、記事の内容はこんにゃくゼリーの安全性を認めたくないように思えます。数字から判断すれば、こんにゃくゼリーは従来言われているような危険な食品ではないと言っていいと思います。

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 私は以前から、故意や故意に近い重大な過失を除いて、過失を刑事事件とすることに反対してきました。故意に行うことであれば罰によって抑止力はあるでしょうが、出来れば本人も避けようと思っている過失に罰を与えても抑止力はないからです。かえって罰を逃れるために、真相究明と再発防止が阻害されるでしょう。

 医療に限らず、事故の調査は再発防止に力点が置かれるべきで、そのためには真相究明が何よりも大切です。それを可能にするためには、正確な報告が不可欠で、報告者の不利益を招かない体制が必要です。調査機関は司法から独立し、報告者を守らなければなりません。リスクマネージメントは海外から入ってきた概念ですから、既に欧米ではそのような動きがあるものと思っていました。

 以前からネット上では「業務上過失致死で警察が介入するのは日本くらいのものだ」と言う人もいました。たとえばここから引用してみます。

 
この「業務上過失致死」という言葉は最近の医療事故に関わった医師を拘束するのに都合の良い口実として頻繁に使われるようになったが、「業務上過失致死」の拡大解釈は医療を滅ぼすことになりかねない。
 医療事故は、その問題をきちんと扱えるだけの専門知識を持った人たちで組織された第3者機関によって落ち度の有無を客観的に検討されるべきであって、医学に暗い警察権力が踏み込むべきではないし、そのような介入がまかりとおっている国は日本だけである。

 「やはりそうなのか」と思う一方で「本当かな」と思う気持ちもありました。検索しても、真偽のほどは分かりませんでした。

 昨日たまたま図書館で「ヒューマンエラーは裁けるか」シドニー・デッカー著という本を見つけ、借りてきました。読んでみたら、上記の情報はやはり言いすぎで、欧米にも業務上過失致死に当たる罪状はあり、医療や航空機の事故が裁かれていました。誰も被害者の居ない単なるインシデントですら有罪判決が出て、責任者である機長を自死に追い込んでいる事例もありました。

 それでも報告者を守るという概念はある程度広まっていて、ノルウェイでは報告内容を証拠として採用できないようですし、アメリカの多くの州では報告内容の開示には法的手続きが必要とのことです。

 この本の著者や私たちの希望する(再発防止に重点を置いた)調査機関の実現が困難なのは、やはり処罰感情なのでしょう。被害者が強い処罰感情を持つのは理解できますが、どうも関わりのない人々にも強い処罰感情がありそうです。非難の論調のメディアと、その背後の多くの人々、彼らにも極めて強い処罰感情を感じることがしばしばあります。

 一方で裁判は真実を明らかに出来るようなシステムにはほど遠く、その結果、ミスの連鎖のたったひとつが罰せられ、危険なシステムは放置され、ミスの連鎖を防げたはずの関係者への教訓は生かされないまま、またいつか同じ事が起こるのでしょう。

 そうなったところで、また誰かを罰すればそれで気が済むというわけです。

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 世の中には理不尽な訴訟がたくさんありますが、これほど理不尽なものも珍しいと思います。いつも参考にさせていただいていますサイト、“KALEIDOSCOPE WORLD"の中の「東京脳梗塞見落しカルテ改ざん訴訟」からの情報です。

 どのような事例かというと、以下の通りです。原告は患者遺族で、患者は脳梗塞のために亡くなっています。原告は、医師が脳梗塞を見落としたが見落としがないかのようにカルテを改竄したと主張します。その証拠としてメモを提示しました。ところが裁判では、改竄されたのはメモの方で、カルテは改竄されているような不自然なところもないし、改竄そのものが物理的に極めて困難であるとの認定が為されました。当然原告敗訴となり、控訴したものの、被告の完全勝利と言える内容での和解となった模様です。

 地裁の段階では原告側弁護士も良く分かっていなかったかも知れませんが、審理の過程で無理筋だと言うことは分かったのではないでしょうか。控訴を断念するよう説得しなかったのかな。それとも、無理筋でも敗訴でも金になればいいのでしょうか。

 地裁の判決要旨は同じサイトのここで読めます。

 私自身はリンク先を信用していますが、いわゆる裏は取れていません。他から判決文を入手しようとしたり、記事を探したりしたのですが、見つかりませんでした。客観的なソースをご存じの方がいらっしゃいましたらご教授願います。

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