自らも厚労省の医系技官でありながら、新型インフルエンザの厚労省の対応を痛烈に批判して物議を醸した木村盛世氏ですが、またまた歯に衣を着せぬ語り口で同僚を批判しています。軟弱者の私など、ここまで言っていいのかしらと心配になってしまいます。
MRIC のメールマガジンより、全文を転載します。
▽ 「平成の大本営」 医系技官問題を考える(1) ▽
妊婦は新型インフルエンザ重症化のハイリスクか?
厚生労働省医系技官 木村盛世(きむら・もりよ)
2009年8月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
新型インフルエンザの話題は主要ニュースから姿を消し、あたかも患者は発生していないように見えるが実はそうではない。5月には発表された新規患者数が いったん下火になったようであったが6月には盛り返し、2009年7月24日現在の新型インフルエンザ患者数は累計で4986人である。果たして次の流行 がいつ来るのかは誰にもわからないことであるが、今回のインフルエンザよりは致死率が高い流行があるとして備えるのは必ず必要な事である。
インフルエンザの対策の基本は「一人の患者も国内に入れない、一人の死亡例も出さない」のではなく「国内に入るのは当然で入ったら必ず広がるが、その広がりをなるべく小さくする」ことである。そのための対策として重症化しやすいグループを重点的に保護するのは理にかなったやり方である。果たして新型インフルエンザで重症化しやすい人たちとは誰なのだろうか。WHOも米国CDCも糖尿病、呼吸器疾患などの基礎疾患を持つ人と妊婦と言っている。日本もそれにならって基礎疾患を持つ人と妊婦がハイリスク集団だといっている。基礎疾患を持つ人はさておき、なぜ妊婦が重症化しやすい集団なのだろうか。実のところ妊婦がハイリスクであるかどうかは本当のところ分かっていないのである。分かっているのはかつてアメリカで豚インフルエンザ(H1N1)が流行した際、妊婦が死亡したということだけである。ヒポクラテスの時代におそらくH1N1型インフルエンザであろうと予測される流行があるが、その当時の症例報告をみても出産すぐの女性の死亡例の記載はあったが妊婦は出てこない。米国CDCでも妊婦の重症化に関するエビデンスは増えていると言及しているが、先日Lancetに、米国13の州から報告された34例の妊婦の新型インフルエンザによる入院率は一般集団より高かったという研究結果がだされたが、この論文が初めての学術的考察と言ってよいであろう。
はたしてどの集団化がハイリスクなのかを調べるためにはハイリスク集団とそうでない集団との疾患の新規患者発生率を比べる相対危険度と呼ばれる指標が必要だが、新規患者発生率は前向き研究のみしか計算できない。
Lancetに出された論文における後ろ向き研究では果たして妊婦というステイタスのみで疾患の重症化しやすさを結論するのは難しい。妊娠したということでつわりがひどく食事が満足に摂れなかったかもしれない。あるいは運動不足になって体力が落ちた可能性もある。以上のべた可能性は妊娠という因子ではなく妊娠によって生じた二次的な状況である。となれば、「食事接取量が減り栄養状態が悪化した」、あるいは「運動不足により体力が低下した」がインフルエンザの危険因子であって妊娠そのものがリスクファクターではないことになる。栄養状態の悪化、口腔内状況の悪化、体力低下はインフルエンザに対するリスクと示唆されている項目である。こうした事項(交絡因子という)全てをインタビュー形式で定量化して調べるのは限界がある。後ろ向き研究が決定打とならない一つの理由はそのためだ。インフルエンザのように複数の型のウイルスによる混合感染も考えられる場合、前向きに追っていったとしても結果の解釈が難しくなる可能性はあるがやってみる価値はあるであろう。また後ろ向きであっても前向きであっても1つの研究だけでなくたくさんの場所で違う集団を使った研究結果が必要である。実際結核は白人よりも黒人が発病しやすいという研究結果は何十年にわたる複数の前向き研究から生まれた結論である。実際我が国では重症化した妊婦の報告は報告されていないようなので日本人とアメリカ人の違いがあることも十分考えられる。
研究論文は星の数ほどある。疫学研究者個人やマスコミにとっては1つ1つの結果が大切かもしれないが、それを政策に反映するには、果たして研究結果から得られた結論が正しいかどうかの見極めが必ず必要である。その見極めをするのが公衆衛生のプロである。CDCもWHOも全能ではない。時には不十分な研究報告を出す可能性もある。疫学研究でいう「バイアス」という専門用語があるが「因果関係調査のいかなる過程においても生じるシステマティックエラー」と定義されている。例えばある小児がんと放射能汚染との因果関係を調べるため、症例(小児がんに罹った子供たち)と対照(罹らなかった子供たち)の母親にインタビューをした結果、小児がんに罹った子供たちの母親のほうが高率に放射線による検査を受けていたという研究結果が出たとする。果たしてこの因果関係は事実なのであろうか?自分たちが小児がんの子供を持ったと仮定してほしい。「私が何かいけないことをしたから子供はがんにかかったのではないか」と母親は思うであろう。そして健常な子供たちをもった母親以上に「X線写真を歯医者でとった」とか「胸のレントゲン写真をとった」ということが記憶として強くして残 ることが言われている。これをリコールバイアスというのだが、バイアスの種類も山ほどある。バイアスは統計学的処理でもコントロールすることはできない。 見つけられるか否かは専門家の優れた「鼻」にある。
我が国では大規模な疫学研究という、公衆衛生にとって必要不可欠な研究がほとんど行われない。それは、自称公衆衛生のプロと言ってはばからない医系技官が公衆衛生のプロではないからだ。彼らたちが自国での疫学調査を行わない理由は、自分たちで調査研究ができないからだ。データに関して言えば、臨床現場を
使ってかなりの数を集めているはずであるが、集めた目的も分からず解釈もできなければ宝の持ち腐れと言えよう。自分たちで何もできないのであればデータを公表して、できる人たちに解析して論文を書いてもらえばよい。データを開示すると自分たちの権限が弱まるとでも考えているのだろうか。そうだとしたら、まるで「指輪物語」の世界である。WHOとCDCのデータを鵜呑みにして政策に反映させるやり方は誰にでもできるであろう。言い方を変えれば医系技官の公衆衛生の技量はその程度だということだ。「新型インフルエンザ予防にはヨーグルトが効果的」という研究が海外で出たとしたら、国民すべてにヨーグルト摂取を義務付ける局長通知でも出すのであろうか。その時は牛乳アレルギーに対して十分配慮をしないといけない。
著者紹介
筑波大学医学群卒、ジョンズホプキンズ大学公衆衛生学修士(MPH)
専門は感染症疫学
ご覧のように、内容は疫学の初歩的な注意点です。よく言われるように、統計的に有意差があることと因果関係があることは別だというようなことです。本来 なら疫学のプロであるべき厚生技官が、初歩的な分析力もないのだとすればお寒い限りです。でも、ジャーナリストを自認する人々の世の中の出来事に対する対 応を見ると、まあ、そんなものかも知れません。
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