いわゆる「割り箸事故」の件の医師の無罪が確定しました。そのこと自体は嬉しいのですが、未だにこのような記事が出ることにガッカリします。本当は有罪のはずなのだが、いろいろな壁に阻まれて、やむなく無罪になったと言わんばかりです。こうやって救急医療を崩壊させておきながら、実際に受け入れ不能で犠牲者が出ると、また医師を叩く。こんな事がいつまで続くのでしょうか。
共同通信社の医師無罪を伝える記事は2部に分かれています。その後段を引用します。
関係者談話 《2》
記事:共同通信社【2008年12月4日】
▽ただただ無念
杉野隼三(すぎの・しゅんぞう)ちゃんの両親の話 最高裁への上告にいちるの望みを抱いていたが、その望みが断たれ、ただただ無念でならない。裁判員制度の導入など、現在は刑事裁判の転機だが(過失も認めずに無罪と判断した)東京高裁判決は国民感覚や被害者、遺族を守っていく流れからは遠いように感じた。
▽遺憾ながら上告断念
鈴木和宏(すずき・かずひろ)東京高検次席検事の話 上告を求める遺族の意向も踏まえて判決内容を慎重に検討したが、適法な上告理由が見いだせず、遺憾ながら上告を断念せざるを得ないとの結論に達した。
▽医師として自信回復
根本英樹(ねもと・ひでき)被告の話 無罪確定で、医師として診療する自信が回復し、うれしい。隼三(しゅんぞう)ちゃんが亡くなったことについては、これまで同様、哀悼の意を表します。
両親や検察に取材すれば、当然このような答えが返ってきます。それを大きく報じれば、あたかもそれが世論であるかのようなミスリードが可能です。一応被告医師の発言も載せ、公平を装っていますが、被告は本音を言えないでしょう。本来なら、こんな事で有罪になるのはもちろん、事件になること自体がとんでもないことなのです。
隼三ちゃんが亡くなったこと自体は大変お気の毒なことですが、これはあくまで不幸な事故です。その時点では、私は親の責任だと言うつもりはありません。子供というのはチョロチョロするもので、親が完全に制御できるものではありません。一定の確率で、不幸な事故は起こるものだからです。
でも、その後がいけません。誰の責任でもないとはいえ、どうしても誰かの責任としたいのであれば、やはり親の責任です。その矛先を医師に向け、刑事罰まで求めるのは甚だしい考え違いと言わざるを得ません。
メディアも、救急医療についての何らかの見識をもとに記事を書くのであればともかく、何も分からないのであれば、まずは判決を尊重しましょう。以前、判決を不服とした田母神氏(今は退職)が「そんなの関係ねえ」とやったことで物議を醸しましたが、それを批判したメディアが同じ事をしているようでは一貫性がないのではありませんか。
コメント
コメント一覧
本当に不幸な事故であったと思います。
しかし。
>適法な上告理由が見いだせず<
この検察側の意見ってこわくないですか?
当たり前と言えば当たり前ですが、なにがなんでも今回は大野事件のリベンジをやってやるつもりだったと想像するのは、見当はずれでしょうか?
>裁判員制度の導入など、現在は刑事裁判の転機だが<
ご遺族のこのコメントも気になります。
裁判員制度ってたしか殺人事件など、凶悪犯罪に限るんではなかったでしたっけ?
医療事故、医療ミスが(遺族側から)疑われる事例も裁判員制度に含めるべきだとおっしゃっているのでしょうか?
どちらのコメントも大変恐ろしく感じるのは小生だけではないですよね.....
聞くところによりますと、最高裁は事実認定には触れず、手続きが適法に行われたかどうかを判断することが建て前なのだそうです。ですから、検察が上告するためには、高裁判決の手続き上の問題を指摘する必要があるわけです。ところが、その様な問題点を指摘できないため、上告を断念したと言っているのでしょう。時々最高裁が事実認定に口を差し挟むこともありますが、本来ならおかしいことのようです。
私が本当に恐ろしいのは、検察審査会ですね。もうすぐ、素人判断で起訴を強制できるようになります。私はもうすぐ定年ですから実害は少ないでしょうが、若い先生方は大変です。
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