医者が「おひとよし」であったことは間違いないが、そのために奴隷だと思われているようだ。僻地で不便な思いをしながら働く義理はないと思いながら、そこで暮らすひとのことを思えばこそ、頑張って働いてきた。自由経済のもとでのことなのだから、本来なら好待遇で迎えられてもおかしくないのだが、医療だけはガチガチの統制経済なので、待遇は決して良くはない。規模が小さい分、人員も少ないので、休みも自由時間もなく働くことになる。かつては、住民の感謝だけを生き甲斐に留まっていたのだろう。
今では、夜中も休日もなく働くことが当然だと思われている。それどころか、夜中だろうが休日だろうが、何で専門医がいないのだと糾弾される。結果が悪ければ医療ミスだと責められ、場合によっては刑事被告人だ。
医師のモチベーションの続かない環境になれば、医師が僻地から逃散するのは当然のことだ。
医師計画配置に前向き…厚労省医療課長「よい規制」
厚生労働省の佐藤敏信医療課長は18日、秋田市内で講演し、医師の計画配置について「結論から言うと、計画配置をする考えはある。よい規制だ」と導入へ前向きな考えを示した。
佐藤課長は、医師の計画配置には、職業選択の自由や官僚統制などを理由に批判があるとしながらも、「今はハコ(病床数)の規制があるのに、人の規制はできない」と現状に疑問を投げかけた。講演後の質疑に答えた。
医師の計画配置を巡っては、読売新聞は16日に発表した医療改革の提言で、医師不足解消を図るため、若手医師を地域・診療科ごとに定員を定めて配置するよう求めている。
(2008年10月19日 読売新聞)
16日の記事というのは見ていないのだが、ちょうちん記事を書いて、それを厚労省がヨイショする、下手な芝居のような気がするのだが考えすぎだろうか。
それはともかく、こんな事が上手く行くとはとても思えない。もちろん、国家権力が本気で力任せにやれば、配置までは出来るだろう。でも、若手が役に立つのは、その上の指導医がいるからだ。実際にこんな制度が出来れば、若手医師の教育はおろそかになるし、医師という職業の人気はなくなるし、レベルの低下は免れない。
「レベルなんかどうでも良いから、医師が来てくれるだけでよい」とか、「結果がどうあろうと、決して文句なんか言わない」というような、昔のようなコンセンサスがあるなら、これほどの医療の崩壊はなかっただろう。でも、医師も患者も、もう昔には戻れないよね。
(しばらく更新が滞っていましたが、南の島でリフレッシュしていました)