どうも世間では、大野病院での事例が無罪判決になって、医師がはしゃいでいるように見えているらしい。あまり知らない医師ははしゃいでいるかも知れないが、経過を追い、判決要旨に目を通した医師は、はしゃぐどころではない。それについては後で触れる。まずは控訴断念の報道。
医療現場に安堵広がる 大野病院事件で地検控訴断念
8月30日6時13分配信 河北新報
医療界を震撼(しんかん)させた事件は一審で幕が引かれることになった。産婦人科医が帝王切開中の過失を問われた福島県立大野病院事件。福島地裁が言い渡した無罪判決に福島地検は29日、控訴断念の方針を明らかにした。事件が暗い影を落とした産科医療現場には安堵(あんど)が広がり、捜査関係者らは淡々と結末を受け止めた。
被告の加藤克彦医師(40)には弁護団から地検の方針が伝えられた。加藤医師は「逮捕からの2年6カ月はとても長く、ほっとしている。今後も地域医療に精いっぱい取り組んでいきたい。あらためて患者さんのご冥福をお祈り申し上げます」とのコメントを出した。
福島県は2005年、判断ミスなどを指摘した事故調査結果に基づき加藤医師らに減給などの懲戒処分を科し、加藤医師は起訴に伴い休職となった。無罪が確定すれば休職は解かれる見通しで、県は処分の取り消しも検討する。
茂田士郎県病院事業管理者は、発表した談話で「引き続き県民医療の安全確保に努め、医療事故の再発防止に全力を尽くしていく」との考えを示した。
逮捕には当初から医療界が猛反発し、お産を扱う現場に動揺を与えた。「万が一、控訴されれば、現場はさらに萎縮(いしゅく)しかねなかった」と東北公済病院(仙台市)産婦人科の上原茂樹科長は胸をなで下ろす。
国立病院機構仙台医療センター(仙台市)産婦人科の明城光三医長も「先週、事件のような難しい症例があった。無罪判決があったので比較的冷静に対応できた」という。それでも「今後も逮捕という同じことが起こる可能性はある。ショックは忘れない」と影響の大きさをうかがわせた。
一方、死亡した女性患者の父親渡辺好男さん(58)は取材に対し「無罪有罪は関係なく、1人の命が失われた。医療界には原因を追及し、再発防止に努めてほしいとだけ願っている」と話した。
福島地検の村上満男次席検事は記者会見で「遺族の方にはあらためてお悔やみ申し上げますとしか言いようがない」と述べた。県警の佐々木賢刑事総務課長は「県警としては法と証拠に基づいて必要な捜査をしたと考えている。医療行為をめぐる事件の捜査は本判決を踏まえ、慎重かつ適切に行っていく」と語った。
控訴断念自体は、被告医師のことを考えれば素直に嬉しい。でも、医療のこと、これからの患者のことを考えると、はしゃいではいられないのだ。控訴断念と言っても、起訴自体が誤りだったと認めたわけではなく、判決要旨も、検察の顔を立てたものであった。以下に判決要旨の問題部分を引用する。
第5 被告人が行った医療措置の妥当性・相当性、結果を回避するための措置として剥離行為を中止して子宮摘出手術に移行すべき義務の有無
1 検察官は、子宮摘出手術等への移行可能性とこれによる大量出血の回避可能性があることを前提とした上で、被告人は、遅くとも用手剥離中に本件患者の胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点で、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行し、大量出血による本件患者の生命の危険を未然に回避すべき注意義務があったとするので、移行可能性、回避可能性について検討した後、医学的準則及び胎盤剥離中止義務について検討する。
2 子宮摘出手術等への移行可能性について
被告人が胎盤が子宮に癒着していることを認識した時点においては、本件患者の全身状態は悪くなく、意識もあり、子宮摘出同意の再確認も容易な状況にあった。
したがって、手術開始時から子宮摘出手術も念頭に置いた態勢が取られていたこと等に鑑みれば、検察官が主張するとおり、同時点において、被告人が直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することは可能であったと認められる。
3 移行等による大量出血の回避可能性
一般論として、通常の胎盤剥離の出血量よりも前置胎盤の剥離の出血量の方が多く、それよりもさらに前置胎盤と癒着胎盤を同時に発症している胎盤の剥離の出血量の方が多いことが認められる。
本件において、クーパー使用開始直前時点までに被告人が用手剥離によって剥離を終えていた胎盤は、後壁部分と考えられる部分のおよそ3分の2程度であり、胎盤全体との関係では3分の1強程度である。この剥離部分は、用手剥離で剥離できた部分で、そこからの出血はあまり見られず、出血が多かったのは、その後、被告人がクーパーを使用して剥離した後壁下部であったこと、病理学的にも癒着胎盤と認める根拠に乏しい部分であることから、この剥離部分からの出血量は、いわゆる通常の胎盤の剥離の場合の出血量と同程度と推認される。
そうすると、胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合である本件の出血量が著しく大量となっていることと比較すれば、相当に少ないであろうということは可能であるから、結果回避可能性があったと解するのが相当である。
ここで検察側主張を認め、検察の顔を立てている。少なくともこの症例のように用手剥離の時点で出血量がたいしたことがない癒着胎盤では、胎盤をはがさずに子宮を摘出すべきと言う判断である。本当に用手剥離の時点で出血量がたいしたことがなかったのかは別にして、今後は、今までなら残せた子宮をも摘出することになるのだろう。産科医にとっても、患者にとっても、つらいことだと思う。手放しではしゃいでいると思うのは、どうかしているのではないだろうか。
コメント
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世間もいい加減ですね。
ただ、医療界が団結して、協力すれば、情報を共有して、法律家の先生方の助けも得て、不合理な裁判にも立ち向かうことができることが判りました。
インターネットを通じた情報発信を通じて、医療職ではない一般市民のかたのご理解と支援も充分に得られることも判りました。
また、相変わらず浅い認識のままの既存の大手マスメディアが、的外れの記事を出し続けていることも判りました。
しかし、これからも、関わる人と場所と症例が異なるだけで、医療裁判が続くことは同じです。
おかしな鑑定があり、おかしな判決があり、そのつど医療職は、裁判の推移や判決の結果で混乱させられる・・・
裁判官が、あちらの顔をたて、こちらの顔もたて、では正確な医学的判断は下りません。
やはり、専門家でない裁判官が、診療行為の是非を判断するのは困難なのでしょう。
だからこそ、スウェーデンやニュージーランドは医療裁判自体ををシャットアウトしています。
事案となった症例の診療経験豊かな複数の複数の専門医、医療安全の専門家が検討して、解剖の結果なども用いて医学的判断を下す。医療側の当事者からも、話を聞く。検討会議のチェアマンが最終的な判断を下す。結論に不服の場合は、異議申し立てもできる・・・英国、カナダ、オーストラリア、北欧各国などを初めとする欧州各国、が採用している方法です。
これからは大野病院裁判で中断した医療安全委員会の法案の議論に移っていくと思いますが、先進各国の医療安全への取り組みを学習して、取り入れていくと同時に、(北欧やニュージーランドのように)医療裁判自体を根絶する方向に進むべきだと思います。
国ごとに医療制度が違うから、他国のやり方は参考にならないという論調を時々見ますが、故意でない診療関連死と有害事象、医療エラーは、国が違っても同じ状況で起こるから、各国が共同してシステムを構築作り上げているのが、先進国の状況です。
きちんとした調査機関を作ろうとすれば、かなりのコストがかかります。
診療に追われる医師に調査する時間はありませんから、その分の医師も確保しなければなりません。
欧州各国は、制度維持のために多くのコストを費やしているはずです。
何事も金をかけなければまともなものは出来ませんが、その金を負担する気が行政にも国民にもないのでしょうね。
ただ基本的にこの事件をきっかけに医療崩壊が進んでいるという事実の認識はきちんとされている方で、それが最終判断につながった可能性は高いと思っています。
そういう意味では、とりあえずこの国を救ったことは間違いないと思います。
しかし残念ながら、もしも自分の判断に思わぬミス落とし穴があってはいけないという保険保証的な部分は確保し残したかったのでしょう、それが一部検察の言い分も認めるような判決につながったのではないか、医療の素人にこれ以上を求めるのは無理だったのではないか、と思います。
ということは、やはり医療に関する件は通常の司法とは別のシステムで検証判断するしかないと思います。たとえ人もお金もかかっても。
医療だけでなく、航空機や大規模鉄道事故の場合、やはり重要なのは真相究明と再発防止なのですから、事故調のあり方も、それに見合った体制になるべきなのでしょうね。
◎刑事も民事もともに医療裁判をシャットアウトした国スウェーデンの医学的監査委員会(HSAN=Halso-och sjukvardens ansvarsnamed)
http://www.reference.co.jp/imori/info/info6_8.html
http://www.reference.co.jp/imori/info/info6_9.html
◎スウェーデンの医学的監査委員会のホームページ
(HSAN=Halso-och sjukvardens ansvarsnamed)
イギリスおよびイギリス連邦内には、医師のための、医師による、医師を保護してくれる団体があります。
診療でトラブルになりそうになったとき、あるいは既になってしまった医師に救いの手を差し伸べてくれる組織ですが、いわゆる医師会や専門医団体とは違います。
いずれも非営利団体で、医師が登録料を払うことによってメンバーになります。
英国の大多数の病院勤務医と開業医の医師と歯科医が加盟しています。
◎The Medical Defence Union Limited (英国のうちイングランドとウェールズ).
http://www.the-mdu.com/
◎The Medical and Dental Defence Union of Scotland(英国のうち、スコットランド)
http://www.mddus.com/mddus/CCC_FirstPage.jsp
◎The Medical Protection Society Limited(英国および英国以外の英連邦の医師や歯科医師や看護師も含む、25万人以上が加盟)
http://www.medicalprotection.org/uk/
例えば、医師が医療過誤(訴訟)などの疑いで、警察や患者や、コロナー(異常死の死因究明を行う法的資格をもつ行政官、医師のことが多い)、GMC(医師の資格認定や、医師資格の停止や行政処分を行う機関)から、問い合わせがある場合に、これらの組織に相談すると、24時間対応で相談にのってくれるそうです。相談相手としては、医事法を学んだ医師が大半を占めます。
必要な場合は、医師の代理人となって、問い合わせをしてきた機関や患者の間に立って、紛争処理をしてくれるとのこと。
また、さまざまな勉強会も開催して、医師に医療安全への知識を授けてくれることもしています。
◎スウェーデンの医学的監査委員会のホームページ
(HSAN=Halso-och sjukvardens ansvarsnamed)
http://www.hsan.se/eng/start.asp
北欧や英国のように医療者を守ってくれる制度、組織があることは大変ありがたいです。
いまは、大手マスコミも一部の患者団体の考えを真に受けて、医療者を責めるばかりでしょう。
これでは、医療者が現場から離脱します。
それに気づかないのですかね。
例えば、ドイツの医師がヨーロッパ連合の医師資格・専門医資格相互承認を利用してスウェーデンやノルウェーやイギリスに移っている現実もあります。
日本は工業製品では外国のものを取り入れて上手にアレンジして立派なものをこしらえたのに、どうしていろいろな制度はまねしないのでしょう。
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