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2008.07.10 06:40 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  医療事故  |  bamboo  | 推薦数 : 3

示談で8290万賠償

 いつものように、実際に何が起きたのかまるで分からない記事です。「医療ミスで高額の賠償金だってよ」と伝えたいだけなのでしょうが、今回は麻酔に関係しているので、何が起きたのか是非知りたいものです。

函館市:「手術で後遺症」 患者に8290万賠償で示談 /北海道

  函館市は8日、市立函館病院の手術で右腕まひの後遺症が生じた渡島管内の30歳代の男性患者に8290万円余を賠償する示談が成立した、と発表した。麻酔の薬液が誤ってくも膜下に入り神経を損傷した可能性があり、同病院は「施術にミスはなく原因は不明」と説明しているものの、全身と局所を併用する現在の麻酔方法を改めることにした。

  市によると、男性は右肩関節の慢性脱臼の治療のため昨年4月、関節形成の手術を受けたが、右腕が機能しない障害2級のまひが残った。この手術では術後に強い痛みが残るため、全身麻酔と右首下部への局所麻酔を併用。しかし、局所麻酔の薬液が脊髄(せきずい)神経の束になっている部分を通じ、くも膜下に入り込んだ跡が確認されたという。【昆野淳】 毎日新聞 2008年7月9日 地方版

 記事を読む限りでは、全身麻酔と何らかの局所麻酔を併用して肩関節の形成術を行い、術後に右腕の麻痺が残ったと言うことのようです。どうして手術ではなくて麻酔が原因だったと判定したのか知りたいものです。肩関節形成術では、筋皮神経麻痺が起こりうることが知られていますが、麻痺の範囲はどのようなものだったのでしょうか。

  記事では「局所麻酔の薬液が脊髄(せきずい)神経の束になっている部分を通じ、くも膜下に入り込んだ跡が確認された」とありますが、そのような「跡」と言うものを思いつきません。いったい何なのでしょうか。

  そもそも併用した局所麻酔とは何でしょうか。「右首下部への局所麻酔」ですから、おそらく斜角筋間ブロックでしょう。これは、肩を含む腕全体に効く麻酔で、上腕神経叢という神経の束に麻酔薬を浸す麻酔法です。神経の束の所に針を刺すわけですから、超音波画像や電気刺激を用いない従来の方法では、当然神経に針が刺さる事になります。神経に針が刺さっても、たいてい問題はありません。たいてい問題がないから、長いことこの麻酔法が用いられてきたのです。でも、時にしびれが残ることもあり、この記事の症例でも、麻酔が原因である可能性はゼロではありません。

  けれども、記事にあるように、局所麻酔薬がくも膜下に入ったとしても、麻酔薬が切れれば元に戻ります。また、頸部でくも膜下に局所麻酔薬が入れば、全脊麻という状態になりますから、全身麻酔前であればもちろん、全身麻酔下であっても血圧や脈拍数の変動から気がつきそうなものだと思います。と言うわけで、くも膜下に局所麻酔薬が入ったという説はありそうもありません。

  おそらくは病院側が記事のような発表をしたのでしょうが、だとすると、麻酔科医としては素直にうなずくわけにはいきません。ありそうもないシナリオを発表するからには、何か隠したいことがあるのではないかと勘ぐりたくなります。ましてや、示談としては破格の8290万円という賠償金です。また、「ミスをした」当事者にされた麻酔科の、この病院での立場も気にかかります。何かあると麻酔のせいにされることはよくありますので。発表を勝手に誤解して記事にした可能性ももちろんありますが。

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コメント

コメント一覧

働き盛りの30代男性の右腕が術後機能障害に陥った、したがって示談金8290万円、これだけみると仕方がないなあ、と一般の人たちは考えて当然でしょう。ただ今作られようとしている医療安全調査委員会の主目的として強調されている原因究明、報告、再発予防という点に関しては病院もマスコミもまったくだめとしかいいようがりません。先生が危惧されるように立場の弱い者にそっと責任転嫁してはい終わり、という意図もみえなくもありませんし。こういう誰がみてもきいても不可思議な不信感をあおるようなことを繰り返すから医療安全調査委員会に医療関係者以外の人間を入れるのは当然だ、という話になってしまうんですよねえ。本当に自分で自分たちの首をしめている認識のない人間が特にお偉方の医師に多いように思えてなりません。
written by Paul Carpenter / 2008.07.10 09:13
Paul Carpenter先生、コメントありがとうございます。

このケースは公金なので議会さえ通してしまえば支払い可能ですが、医賠責だと判決が下りないと無理でしょう。穏便に済ませたくて、現場が納得していないのに示談にしたのであれば、当事者はつらいでしょうね。
written by bamboo / 2008.07.10 17:28
 ロートルですが現役麻酔科医です。先生のブログいつも興味深く拝見させていただいております。
あるいは他の先生からの指摘がすでにあったかとおもいますが、この症例は先の日本麻酔学会第27回大会で発表があったものと同じ症例ではないでしょうか。うまく要約できないのでそのまま抄録を載せます。
 「全麻下に行った斜角筋間ブロックで全脊麻と頸髄損傷を引き起こし、永続的一側上肢麻痺を来たした症例を報告する。肩関節形成術予定の29歳男性、プロポフォールとフェンタニールで導入、筋弛緩剤を使わずに挿管。神経刺激装置を使って腕神経叢を同定、1%リドカイン20mlと0.75%ロピバカイン20mlを注入した。途中、首を振るような体動があったがプロポフォールの投与で消失。ブロック終了後座位となった直後に血圧が42/31mmhgまで低下し瞳孔散大も伴ったため全脊麻と判断した。急速輸液とエフェドリンの投与で血圧は回復した。手術終了後、麻酔覚醒は速やかで自発呼吸も十分だったため抜管した。このとき右上肢の完全麻痺とホルネル兆候は認めたが、下肢や左上肢に異常を認めなかった。しかし術後10時間しても右上肢の完全麻痺が続き、更に左上肢のしびれを訴えたため頸髄MRI撮影した所、T2強調画像でC6を中心とする広範な高信号域を認めた。・・・・」
written by 駄目麻酔科医 / 2008.07.11 15:11
 すいません。コメント欄がいっぱいになってしまって2回にわたっての投稿です。ブロック針が深く入りすぎて(斜間筋アプローチではまれにあるようです)スパイナルコードを傷つけたというのなら、対策をとることは可能(例えばエコーガイド下に行うとか)ですが、神経根もしくはその周囲組織を伝わってくも膜下に入ったとなると・・うーん?
しかしそんなことが後になって画像で診断できるんだろうか?他にも同様の報告を1例どっかで見たような・・確かそれはステロイドの注入だったと思いますが。
とにかくこの示談で真相究明がうやむやにならないように願っています。
written by 駄目麻酔科医 / 2008.07.11 15:38
駄目麻酔科医先生、コメントありがとうございます。

全脊麻になったことは間違いないようですが、どうして永続的な麻痺になったのでしょうか。腕一本だけの麻痺ですから、ルートを傷つけたと言うことですかね。

こういう症例があった以上、これからは全麻下の神経ブロックは出来ないのでしょうね。腋窩ブロックはやっているのですが、もう止めようかなあ。
written by bamboo / 2008.07.11 17:30
↑の文中の

ブロック終了後座位となった直後に血圧が42/31mmhgまで低下し瞳孔散大も伴ったため全脊麻と判断した

これってよくあることなんですか?
written by ぎっちょ / 2009.01.23 17:52
ぎっちょさん、コメントありがとうございます。

よくあることだとは思いませんが、脳脊髄液と比べて低比重の局所麻酔薬がくも膜下に注入されれば、そのようなことは起きます。
written by bamboo / 2009.01.23 21:26

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