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(改行には手を入れましたが、番号は原文のまま)■□ イギリスにおける診療関連死への警察介入に対するガイドライン □■
葛西循環器脳神経外科病院・内科
関根 利藏
日本でも議論となっている診療中の「予期せぬ死亡」と「重大な障害」について、イギリス保健省が2006年にガイドラインを作成しています。 Guidelines for the NHS: In support of the Memorandum of Understanding- Investigating patient safety incidents involving unexpected death orserious untoward harm(http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_062975) このガイドラインには、「わかりやすい覚書」(Memorandum ofunderstanding: Investigating patient safety incidents involving unexpected death or serious untoward harm)も掲載されています。
その序言には、「イギリスでも以前は診療関連死が起きた場合は当事者である医療従事者を処罰する方向でしたが、処罰を前提にすることで他の医療職や医療機関が今後の診療に役立てる為の大事な情報が出てこなくなり、むしろマイナスに働くことがわかってきました。そしてNational Patient Safety Agencyへの診療関連の有害事象報告が、報告者を罪に問わないという条件でなされるようになりました。」と記載されています。
また、有害事象の報告に関するNational Health Service (NHS)ガイドラインも別途作成されています。具体的には、「予期せぬ死亡」と「重大な障害」の報告の中には警察の介入を認める事例があり、どんな事例が警察の介入を認めて、どのような手続きが取られるのかも、詳しく述べられています。
イギリスにおける予期せぬ診療関連死への警察の介入は、日本のように一方的に警察が資料の全てを押収して検察に送検して、検察が独自の医学判断をして刑事事件化するシステムとは根本的に違っています。まず始めに、医療機関であるNational Health Service (NHS)、警察当局Association of Chief PoliceOfficers、医療安全システムの政府部局Health and Safety Executive(HSE)の3者が話し合いをして、調査していきます。その際に、複数の臨床の専門医と医療安全の専門家が必ず調査チームに加わります。このチームは個々の事例ごとに召集されるので、参加するメンバーも違ってきます。そして、警察の介入の検討を要する症例とは、ガイドラインの文言を引用すると、
*evidence or suspicion that the actions leading to harm were intended (意図的に障害を起こす診療行為をした証拠あるいは疑いがあるもの)
*evidence or suspicion that adverse consequences were intended (意図的に有害な結果を起こした証拠あるいは疑いがあるもの)
*evidence or suspicion of gross negligence and/or recklessness in a serious safety incident, including as a result of failure to follow safe practice or procedure or protocols. (安全な診療手技やプロトコールに従わなかった結果、重大な事故につながった怠慢あるいは無謀な治療である証拠あるいは疑いがあるもの)
とされています。それ以外の診療行為における予期せぬ死亡はHSEの中で処理され、当然のごとく警察の介入の検討とはならず、有害事象報告者も免責されます。
上記の3点が強く疑われた場合での警察の介入の検討は、あくまで医療側と医療安全の部局と警察の3者の話し合いで結論が下されます。患者の死亡または重大な障害の医学的判断は、警察当局も加わったチーム内の複数の臨床の専門医と医療安全の専門家が判定します。
イギリスでは診療関連死の多くがcoronerと言われる行政官の指示で解剖になりますが、日本のように原告側の鑑定だけが裁判の証拠として取り上げられることもなく、解剖の所見も3者の話し合いの中で共通情報となり重要意見として取り上げられます。
検討の結果、上記の3点の疑いの確証が得られれば、警察の介入となり、そうでなければ、この時点で警察当局は手を引き、NHSやHSEに引き継がれます。
ガイドラインには、「公正で公平な判断を行うことが一番重要である」とも書かれています。そのために情報が共有されるのです。また、「一般の患者や、関係していないNHS内の医療スタッフの動揺を起こさせないように充分な配慮をすることも必要である」とも書かれています。
このガイドラインから得られることは、
(1)警察介入の検討の基準が明確である、
(2)警察と検察が先に単独では動かない、あくまで検討チームの判断を仰ぐ
(3)医学的判断をする場合に複数の臨床医と医療安全の専門家が警察も交えたひとつのテーブルで話し合って情報を共有する、
(4)医学的判断はあくまで複数の臨床の専門医が行う、
(4)解剖が多く、解剖所見が重要な資料となりデータが共有される、
(5)一般の患者や医療機関のスタッフに動揺を起こさせないような配慮をし、それを保証する、
(6)ガイドライン遵守するように警察当局と法的に決めている、等の点です。日本が学びとる点は多いでしょう。
今日は報道とは全く関係のない話。あまり使わない携帯電話の話だ。「おまえの不注意だ」と言われれば、全くその通り。でも、前回のエントリで引用した日本ブランドから考えたら、やっぱり納得がいかない。使えないもので金を取るというのはずるいと思う。
今年の初め、携帯電話を買った。色々なオプションが数ヶ月無料になるのだが、ネットで買うと初めから選択されるようになっている。その中の一つにパケットし放題というのがあった。ほとんど病院からの連絡用なので、ネットにつなぐ契約にしなかったのだが、すぐ解約すればよいと思い、そのまま申し込んだ。
課金前に解約しようとしたが、パケットし放題だけ解約できない。ネットにつなぐ契約になっていないので変更不可なのだそうだ。ここで「ネットにつながらないのにパケットし放題になるはずが無く、課金もされない」と思いこんでしまった。ところがつい先日、ネットで請求書を見て驚いた。しっかりと課金されている。3ヶ月放置したので3千円強の損害だ。
つまり、今日のエントリは3千円強の恨み。野球チームが低迷しているのは沢山の恨みを買っているからに違いない。
福島中央テレビ大野修の日記の魚拓がこれ。日本ブランド
マーケット / 2008-05-14 10:44:01
世界中の人々から見て「日本ブランド」といったとき何を思い浮かべるか??
トヨタとかソニーとかキャノンとか出てくると思うかもしれませんが、アメリカ辺りだとソニーはアメリカの会社だと思っている人がたくさんいますのでそうはなりません。 私の知る限り、彼らが日本ブランドと呼ぶ、或いは日本の力の源泉だ、と思っているポイントは「正確さ+お金に惑わされない正直さ」に尽きると思います。トヨタにしてもキャノンにしてもその日本人の力が製品に反映されているのです。
その意味で今回の吉兆の使いまわし事件はまさに日本ブランドを危機に陥れる一大事件だと考えていいと思います。携帯の電池が爆発するよりはるかに深刻な問題なのです。 よく、日本は労働生産性が悪い、効率が悪い国だと批判されますね。OECDの統計などでも労働生産性が15位とかだったりする。でもちょっと待って欲しいんですよ。それ、お金に現れるものだけで量っている訳で、お互い信用がベースでスムースにお金のやりとりができたり仕事が任せられるという、「信用」というポイントには全く考慮されていません。
例えば手形。これは日本にしかありえません。100万円を90日後に払うよ、と私が誰かに出す訳ですね。悪い奴がいれば明日換金しちゃえ、なんてことがすぐおきそうですが、みなさん商習慣として90日をキチンと守る。 その代わり裏書をすることで次の人に譲れる。つまり100万円の価値を裏書で生み出していく。これはお互いよほど信用が無ければできない訳で中国はおろか、アメリカでも絶対に通用しない究極の信用システムです。
でもそのおかげで中小企業は資金繰りができる。丸紅とかが出した手形なら安心なので(最近社員が詐欺を働くのでそうでも無いみたいだけどね)丸紅は丸紅で長めのサイトの手形を発行する事で資金繰りが楽になる、というこれをまさに「ウィンウィンの関係」と言うわけです。
こういった信用想像力は手形にとどまりません。例えば前にも登場していただいたワンさん。日本に来た当初、ビエラが欲しいと言うので秋葉原に連れて行きました。そして感激して「よし、買おう!!」となった。 でもワンさんは今、そこの目の前で移っている奴(つまり見本で飾ってあってみんながべたべたさわった指紋だらけの商品)じゃなきゃ、だめだ、と言って聞かない訳です。 いやいや、ワンさん、あとで新品のきれいなものがきちんとクロネコで送られてくるからその方がいいよ、といっても聞いてくれない。いま目の前できちんと移っているという確証のある商品を自分で持って帰るのだ、といって聞かない訳です。 なぜなら、中国ではまず電気店が粗悪品にすり替えて送ると言うリスク、そしてクロネコが粗悪品にすりかえるというリスクが存在する。それを避けずになぜ、こんな高額な商品が買えるのか、とおっしゃる訳です。百歩譲って、全てを家に持ってきてすえつけてきちんと移ってからじゃなきゃ、お金は払えない、とおっしゃる。これでは手形は流通しませんね(笑)。
なるほど、ワンさんがレストランでイセエビをご馳走してくれる時には必ずイセエビを持ってこさせて、自分の選んだイセエビのひげを折るのです。そして折った位置を指ではかる。つまり厨房で違うやせたイセエビに摩り替えられるのが日常茶飯事なのでこういうことが必要だと言う訳です。 今回の吉兆の事件をみると日本でもこういうとが必要な気もしますが、ともかく日本ではこういうったことは全て信用ベースで処理され、信用を裏切る事が今まではなかった。 そしてワンさんは日本と中国でビジネスをして、この信用できない、と言う事に払うコストの膨大さに比べれば日本は本当に効率がいい、と考えるようになった、というのです。
それはそうです。いちいち相手の持ってくるものがインチキかどうか、チェックしなければならないという社会的コストは膨大なものです。しかも商売の相手だけではなく、中国人従業員に対しても同じような心配をしなければならない、そのための苦労と精神力は膨大なもので、日本語の出来るワンさんは結局いま上海事務所の20人のうち、18人が日本人になってしまった、と笑っている訳です。 まじめにうそをつかずにきちんと働く、こんな給料ならこの程度の仕事で当然だろう、と言うことが日本人にはない・・・これが究極の日本ブランドです。
アメリカや中国のマクドナルドに行かれたことがありますか?どっちが客だかわからん態度をとられ、挙句の果てマニュアルにはねーだろー、くらいの焼け焦げたハンバーグにはみ出したレタス。これはドッグフードか、と思うようなものが平気で出てきますね。 私のアメリカ人の友人は初めて日本にきてまずマクドナルドに衝撃を受けた、という奴が多い。 まず、店員がみんな若くてかわいい(まあ、これは単なるスケベだね・・・笑)。更にとにかくにこにこしている。そして何よりレタスがはみ出してないハンバーガーが出てくる。唯一、ボリュームが少ない(日本人向けに少なくしてあるからね。日本ではビッグマックを3つ食う、ってやつが居ます)のが唯一の欠点だと言う訳です。
世界中のサービス産業で忌み嫌われるインド人の話をしましょうか。なぜ彼らは嫌われるか・・・彼らは伝統的にサービスに対する要求水準が高い。エアラインなどで一番要注意はインド人旅客とよく言われますね。 インド人の親友のラージから教わった思わずうなった、究極の手段があるのです。あまり悪用して欲しくないのですが、要する彼は飛行機に乗ったらすぐにコメントカードを取り寄せるというのですよ。 普通、サービスがひどいとかCAの態度が悪い、とか腹を据えかねてコメントカード下さい、と成る訳。エアライン側もそんなもん出されたらディモーションの対象になってしまうので必死に誤って勘弁してもらう、ってことになる。ところがラージは乗ってすぐリクエストするという。 何もサービスをされていないうちにコメントカードよこせ、と言う訳だからなぜですか、と必ず聞かれますね。そうすると「いや、いいサービスを受けた時に好かったよ、とコメントしなきゃいけないから先にもらっておくんだよ」、と答えるのだそうです。 インド人、恐るべし。これでは文句のいいようがありませんし、あの客は先にコメントカードを握っていると思えば嫌でもケアせざるを得ないですよね。
本当に頭がいい、というとともにラージは「こうでもしないとインド人は絶対に働かないんだよ」、と言う訳。 そして日本のエアラインであればそういう必要は全くないけどね、というのです。僕から見るとJALもANAも不満だらけですが、世界的にはすばらしい水準という事ですね。
事ほど左様に日本人のきちんとしたお金を意識しないサービスと言うものは世界中に認識されており、それは金融機関も同じです。 この程度の給料しかもらってないんだから窓口で1円計算間違ったっていいじゃん・・・という銀行のテラーはいない。アメリカで同じサービス水準を求めたら日本人の倍くらいのお金を払わないとそういう人材は確保できないんじゃないだろうか、と思うくらいですね。
ということで、だんだん麻生さんに似てきちゃいましたけど、日本ブランド、それは信用力、お互いが信頼できる社会力にあるということを再認識して欲しい、と思う今日この頃であります。それだけに許せんぞ、吉兆。 でも僕は付け合せのキャベツはいつも食べません・・・・
誤字まで同じでほとんどコピペに近い盗作だ。産科医療崩壊の聖地、福島県の民度が医療関係者の間で取りざたされているが、これでまたポイントを下げただろう。日本ブランド
「松下⇒Panasonic」
世界中の人々から見て「日本ブランド」といったとき何を思い浮かべると思いますか? トヨタとかソニーとかキャノンとか出てくると思うかもしれませんが、アメリカではソニーなどはアメリカの会社だと思っている人が結構いますのでそうはなりません。松下がPanasonicに名称を統一したのも、海外での認知を広げるためです。松下よりPanasonicの方が通りがいいですから。
では「日本ブランド」って何なんなのでしょう? 「正確さ+正直さ」 国際的に見ると、モノづくりや人的サービスにおいて、日本らしさが際立っている分野が多くあります。日本ブランドと呼ぶ、或いは日本の力の源泉は「正確さ+正直さ」に尽きると思います。
トヨタにしてもキャノンにしてもその日本人の力が製品に反映されているから、国際的な信用と認知を勝ち得ているわけです。 日本は労働生産性が悪い、効率が悪い国だと批判されます。たしかにOECDの統計によると労働生産性は世界15位となっています。でもこれは、お金に現れるものだけで量っている訳で、お互い信用がベースでスムースにお金のやりとりができたり仕事が任せられるという、「信用」というポイントは全く考慮されていません。
例えば「手形」。これは日本にしかありません。 100万円を60日後に払うよ、と誰かに出すとします。悪い人(会社)がいれば明日換金しちゃえ、なんてことがすぐおきそうですが、みなさん商習慣として60日をキチンと守る。 その代わり裏書をすることで次の人に譲れる。つまり100万円の価値を裏書で生み出していく。これはお互いの信用が無ければできない訳で、アジアはおろか、欧米でも絶対に通用しない究極の信用システムです。 でも、そのおかげで中小企業は資金繰りができます。長めのスパンで手形を発行して資金繰りは楽になる上に、無駄な金利も支払わなくて済む。これはまさに「ウィンウィンの関係」と言えます。
「疑い」
以前アメリカに旅行をして、華僑のツアコンにお世話になったときのこと。ツアーの途中で中華料理店に立ち寄ったとき、水槽のエビを選んで好きな調理法で頂くことになりました。 その時に、彼は水槽から出したエビの触角を左右違う長さにポキリポキリと折ってから店員に手渡していました。 「なんで?」と聞くと「こうすればすり替えられなくて済むから」との答え。 聞けば、彼は家電量販店で買い物をする時も目の前で映っている、つまり見本で飾ってあってみんながべたべたさわった指紋だらけの商品じゃなきゃ買わないと言っていました。 「新品のきれいなものがきちんと自宅に送られてくる方がいいのでは?」と言っても首を横に振る。いま目の前できちんと映っているという確証のある商品を自分で持って帰る、と言う訳です。 なぜなら、中国などでは粗悪品にすり替えて送ると言うリスク、そして配送業者が粗悪品にすりかえるというリスクが存在する。それを避けずになぜ、こんな高額な商品が買えるのか、とおっしゃる訳です。百歩譲って、全てを家に持ってきて据え付けた上できちんと映ってからでないとお金は払えない、と言う。
こんな環境では手形は流通しません。 「同じカンバンでも…」 アメリカや中国のハンバーガーショップに行かれたことがありますか?どっちが客だかわからない態度をとられ、挙句の果てマニュアルにはないだろう、というくらいの焼け焦げたハンバーグにはみ出したレタス。それも芯の部分が堂々とコンニチハしている。 アメリカ人の友人は初めて日本に来て、まずマクドナルドに衝撃を受けたと話していました。まず店員がみんな若くてかわいい(これは好みの問題にもよりますが)。店員がみんなにこにこしている。そして何よりレタスがはみ出していないハンバーガーが出てくる。 カンバンが同じでもこれだけ違うのかとカンゲキされるそうです。
新宿なんかに行くと、マクドナルドが欧米人だらけという光景を目にしますが、彼らは大変満足してお食事をしていらっしゃる。 それは安いサラリーでもマニュアルどおりに熱心に働くスタッフによって支えられているから。日本人はおしなべて「時給が幾らだからこれだけしか働かない」などとは考えません。サラリーが幾らであっても全力投球します。 お金に左右されない「正確さ+正直さ」は日本人特有のもののようです。
「インドの人は…」
世界中のサービス産業で恐れられているあるインド人。彼らは伝統的にサービスに対する要求水準が非常に高いと言われます。エアラインなどで一番要注意はインド人旅客とマニュアルに「陰書き」されている所もあるそうです。 聞いたハナシでは、究極の手段があるそうです。それは飛行機に乗ったらすぐに「コメントカード」を取り寄せるというもの。 コメントカードは、サービスがひどいとかCAの態度が悪い、とか腹を据えかねた時に、マネージャーやCEO宛に出す書類です。スタッフ側もコメントカードなんかを出されたらdemotion(降格)の対象になってしまうので必死に誤って勘弁してもらうという、乗客にとって最終兵器のようなシロモノです。 何もサービスをされていないうちに「コメントカード下さい」言われたら、「なぜですか」と必ず聞かれます。そうすると「いいサービスを受けた時に『良かった』とコメントするために先にもらっておくんだ」と答えるのだそうです。 インド人恐るべし。これでは文句のいいようがありませんし、コメントカードを握っていると思えば嫌でもケアせざるを得ないですよね。本当に頭がいい、と同時に「こうでもしないとインド人は絶対に働かないんだ」と考えているとか。 でも、そんなインドの方から見て、日本のエアラインにはそういう必要は全くないそうです。JALもANAもサービスはイマイチというお声もありますが、インド人も太鼓判!世界的にはすばらしい水準ということですね。
「日本ブランド」 かほど左様に日本人のきちんとしたお金を意識しないサービスというものは世界中に認識されているわけです。最近「日本人はダメだ」という論調も見受けられますが、いえいえどうして。お金に左右されない「正確さ+正直さ」=「日本ブランド」は今後ますます見直されると思います。 民間の現場レベルのオハナシですが。
出産時の過失で4歳児死亡 福島県立医大に賠償命令
帝王切開手術の際の不適切な対応で次女が重度の脳性まひになり、4歳9カ月で死亡したとして、福島市の幕田智広さん(42)と妻美江さん(41)が、福島県立医科大に1億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、福島地裁は20日、約7300万円の支払いを命じた。
森高重久裁判長は「分娩経過を注意深く監視し、緊急の事態に対応する準備をしておくべきだった。いずれかの注意義務を果たしていれば、事態は避けられた可能性が高い」と過失を認定した。
判決によると、次女未風ちゃんは県立医大付属病院で1995年5月に誕生。自然分娩中に子宮が破裂し、帝王切開に切り替えたが手術に手間取るなどして、仮死状態で出生した。重度の脳性まひを発症し、2000年3月5日に死亡した。
両親らは記者会見し「実質的な全面勝訴で、ずさんな医療が行われたと認められた。医大側は真剣に受け止め、県民のためにも反省を生かした医療をしてほしい」と話した。 (共同通信社)
「分娩経過を注意深く監視し、緊急の事態に対応する準備をしておくべきだった。いずれかの注意義務を果たしていれば、事態は避けられた可能性が高い」と言うのは簡単です。でも、たとえすぐに手術が可能だったとしても、母児ともに何事もなく助かったはずだというのは楽観的に過ぎるでしょう。母親だけでも助けたのはファインプレーだと言えるかも知れません。
可能性の話はともかく、遅滞なく帝王切開が出来る必要があったとしましょうか。そのためには産科医二人と小児科医・麻酔科医を各一名、助産師一名、手術部看護師二名がスタンバイする必要があります。そんな贅沢が出来るようなマンパワーはもちろんありませんし、何事もなく経膣分娩で生まれてしまえば、準備の費用は誰も払ってくれません。社会がそのような義務を病院に課すのであれば、それなりの環境を整えるのは行政の責任です。
そのような体制が可能となるような費用、負担する気がありますか、国民のみなさん。税金は所得の70%くらいは必要でしょうね。(大して根拠があるわけではありません)
追記
いつも情報源としてお世話になっているブログ、「産科医療のこれから」 に詳しい情報が出ています。臨場感あふれるエントリです。
イザ!ではこのように書かれている。つめはがし、別の患者にも 数年にわたり女性看護師
北九州八幡東病院(北九州市八幡東区)で、病棟課長の女性看護師(40)が高齢の認知症患者4人のつめをはがしたとされる問題で、この看護師が過去数年にわたり、別の患者少なくとも3、4人に同様の虐待を繰り返した疑いのあることが26日、分かった。
八幡東署は病院関係者から任意で事情聴取を開始。病院側は週明けにも傷害容疑で告発する方針で、弁護士と最終的な協議をしている。告発後、現在出勤停止にしている看護師を解雇する方針。
病院の発表によると、看護師は今月8日から15日にかけて、70-90代の男女4人の足のつめ計10枚をはがした。
4人はいずれも、東6階病棟に入院していたが、看護師は1995年から今年5月までは別の病棟に勤務し、関係者によると、この間にも同様の被害に遭った人がいるとの証言があるという。病院は職員らに聞き取りを行うなどして確認を急いでいる。 2007/06/26 13:05 【共同通信】
お年寄りのつめを次々にはいだ看護師
2007/06/27 12:59
今日も泊まり勤務でした。 次々にニュースが飛び込んできましたが、あらゆる事件事故を見ていると、人間というのは、弱者を虐めることで、心の奥深くに眠るストレスが発散されるようにできているのかと思わされることが多いです。
数ある拷問の中で、つめをはぐのは、最も痛みを感じさせる拷問と聞いたことがあります。
北九州市の病院でこんなことが起こりました。
看護師で病棟課長の女性(40)が入院高齢者のつめをはがす虐待を行っていたのです。
被害者は、ものが言えない認知症患者でした。
病院によると、この看護師は入院中の男性1人と女性3人に対し、医療資格がないのに、各2‐4本、足の指のつめをはがしていました。 院内の別のスタッフが患者の異変に気付いて、上司が口頭で看護師を注意したが、その後もつめをはがす行為はおさまらなかったそうです。
看護師つめの処置をしたことを認めた上で、「介護ケアをしていたらつめが取れた」などと、虐待行為を否定しています。
いったん、こうしたとんでもない出来事が発覚すると、加害者は過去にも同様の行為をしていて、だんだんエスカレートしていく様が明らかになっていくものです。
実際、この看護師も、過去につめをはがす虐待を行っていた疑いがあることが浮上しています。
一枚のつめをはぎ、痛がる患者の表情をみながら、またもう一枚、別のつめをはぐ。
そんな看護師の姿を想像すると、気持ちが悪くなってしまいます。
日本には推定無罪という言葉はないらしい。本人が否定していようと、ハナから犯行が行われたと断定し、異常なサディストであるかのように仕立て上げている。でも、ザ・スクープスペシャルに依れば、これは冤罪のようだ。動画はここで見られる。また、看護協会の見解も出ている。ただ単に、爪の手入れをしていただけで、極悪非道の鬼看護師に仕立て上げられる様は、まさに気持ちが悪くなってしまいます。
冤罪だとしたら、何でこんな事になってしまったのだろう。伏線として、2004年の京都の虐待事件があることは間違いないだろう。最初の記者会見では、病院幹部は事情をほとんど知らないまま記者の前に出ている。そして虐待だと決めつける記者の前で、だんだんしどろもどろになり、後日、何も実情を知らない本部の人間が「虐待ではなかったなどと言う報告はしない」と約束してしまう。
このようにして虐待であったという虚構が一人歩きを始め、修正不可能なまま起訴まで行ってしまった。こうなれば検察はメンツをかけて有罪に持ち込もうとする。大野病院の事例と同じだ。自白を得るまで帰さないところも同じ。普通の市民にとって、勾留されるのはとてつもなく苦痛だ。白状しなければ苦痛を与えるというのは立派な拷問だ。こんな事が未だにまかり通るほど、日本は野蛮な国なのだろう。結局、当該看護師は102日間に渡り、留置・勾留された。
それでも唯一の救いは、冤罪に荷担したメディアの一角から、真相に迫る報道が生まれたことだ。ザ・スクープスペシャル、グッドジョブ。
医療行為は基本的に危険なものである。風邪薬の内服でも、死ぬときは死ぬ。ましてや手術というものは、以前なら命がけで受けるものだった。何時の頃から手術で死ぬことはないと思われるようになったのだろう。
注意をすることで合併症を少なくすることは出来るが、完全に無くすことは出来ない。1人の医師が何度も同じ合併症を起こしているというのなら問題だが、たまたま一つの症例で合併症が起きたのであれば、たとえどれだけ重大な結果を招いたとしても、それは仕方のないことなのだ。防げない合併症をミスと呼ぶのは、言葉を扱う記者として、恥ずかしい行為だと思う。
記事:毎日新聞社【2008年5月14日】
医療ミス:市民病院で62歳男性、意識不明に 示談成立、院長が陳謝--大津 /滋賀
大津市民病院(大津市本宮、三澤信一院長)は13日、昨年7月に男性のがん患者(62)が呼吸困難に陥った際、処置が遅れて意識不明になるミスがあったと発表した。市が患者側に4764万円の損害賠償を支払うことで示談が成立し、16日の臨時議会に議案として提案する。同院の医療過誤の賠償議案は昨年12月議会、今年2月議会と続いており、三澤院長は「市民の医療に対する信頼を大きく損ねた」と陳謝した。
同院によると、この患者は昨年7月11日、右あごの下の腫ようを手術し、手術中に、だ液腺がんと診断されたため、周辺部も切除。同夜、手術跡に血がたまり、耳鼻咽喉(いんこう)科の男性医師(48)が再手術しようとしたが、患者が呼吸困難になり、気道確保に口から管を挿入しようとしたが、時間がかかったため、脳が酸素不足状態になった。結局、胸を切開して気道を確保。たまった血も除いたが、患者は意識不明に陥った。がんも再発、抗がん剤で治療を続けているという。
三澤院長は記者会見で「ベテラン医師が執刀したが、血が気管を圧迫して狭まり、処置が遅れた。再発防止に全力を挙げる」と話した。【鈴木健太郎】
胸を切開って何だとか、がんも再発という書き方がいやらしいとか言うことはさておいて、要するに術後出血の症例だ。多くの手術をする医師で、術後出血を全く経験していない医師はいないのではないだろうか。
得てして公立病院は安易にミスを認めてしまう。どうせ税金で払うのだし、道義的責任はもとより、もしかしたら刑事責任も問われるかも知れないが、それを引き受けるのは当該医師であって、病院長や行政のお偉いさんではない。
でも、安易にミスを犯したと断定される医師の方はたまったものではない。いくら注意しても術後出血を起こすことはあるのだから。出血の量や部位によっては命に関わることもあるだろう。そんなことは初めから分かってくれよと言うのが医師の本音だ。でも、誰もそんなことを理解しようとはしないということを、医師の方も理解しなければいけない時代なのだろう。
本来なら、「市民の医療に対する信頼を大きく損ねた」と陳謝するのではなく、「医療を盲信することなく、医療の限界と危険性をご理解ください」と言うべきだったのだと思う。
以前と比べると、医師側の主張も載るようになったものだと思う。以前なら、遺族の恨み辛みで記事が埋まっていたのに。無罪判決を受け、控訴無しで決着が付くことを願う。福島・大野病院事件が結審、判決は8月20日に
福島県大熊町の県立大野病院で2004年、帝王切開手術で女性(当時29歳)を失血死させたなどとして、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)(求刑・禁固1年、罰金10万円)の公判が16日、福島地裁で結審した。
医師が決めた治療方針の結果として起きた事故の過失責任がどこまで問われるのかを争点にした裁判は、8月20日に判決が言い渡される。
無罪を主張する加藤被告は「精いっぱいのことをしたが悪い結果になり、一医師として非常に悲しく悔しい思い。再び医師として働かせて頂けるのであれば、地域医療の一端を担いたい」と述べた。
弁護側は最終弁論で、加藤被告の起訴が医師の産科離れを加速させたとの指摘に触れ、「お産難民という言葉さえ生まれた実態が生じたのは、わが国の医療水準を超える注意義務を課したため」と批判した。
検察側の論告では、加藤被告は04年12月17日、妊娠37週の県内の女性に対する帝王切開手術で、子宮に癒着した女性の胎盤をはがして大量出血を引き起こして、約4時間後に失血死させたとされる。また、死体検案で異状を認めたにもかかわらず、24時間以内に警察に届け出なかったとして医師法違反にも問われた。子どもは無事生まれた。
公判で争点となったのは、子宮に癒着した胎盤をはがす際の出血が、死亡するほどのものかを予測できたかという予見可能性と、死に至るほどの大量出血を回避する注意義務。 検察側は「胎盤をはがすために子宮と胎盤の間に手を入れた時点では癒着を認識しており、子宮摘出手術などに移って生命の危険を避ける必要があった」と、予見可能性と注意義務がともにあったと主張した。
これに対し、弁護側は「手ではがし始めた際に癒着を認識することはあり得ない。はがし終えれば子宮が収縮して出血が収まることが期待でき、判断は妥当で標準的な医療」と反論。医師法違反について弁護側は、「院長の判断で届け出を行わなかった。異状死には当たらない」としている。 (2008年5月16日23時56分 読売新聞)
駆け込みの連作とか、ほぼ意見も出尽くしたと思いますので、このエントリーのコメントとトラックバックのフォルダーを間もなく閉じます。世の中、自分の思い通りでないといけないとされる方は、ご随意にされたらよいでしょう。使えるものならマスメディアでも使おうという方には、また別途、連絡を取らせていただきたいと思います。
結局一方的に発信して批判を受け付けないところがマスメディアの特性なのだろうなあ。発言するものの信頼性というのは、匿名か実名かではなく、どれだけ反論に対して誠実に対応するかで決まるのだろうに。
もちろん喧嘩腰のコメントにも対応しろとは言わないが、コメント欄には多くの見るべき反論があった。反論に対して再反論するにせよ、一部に同意して建設的な内容に収束させるにせよ、物書きとしてやり様はあったはずだ。反論されたくないのなら、コメント欄のあるブログなんてやらなければいいのに。ちょっと偉そうに言ってみただけなのに、反論されてうろたえちゃったのだろうな。
「世の中、自分の思い通りでないといけないとされる方は、ご随意にされたらよいでしょう」と言うことで、ご随意にしたのだろうけど、言論を扱う職業としては、かなりのダメージだと思う。
Yosyan先生の書く「新小児科医のつぶやき」というブログの「団藤保晴氏の主張」というエントリのリンクから団藤保晴氏の「医療崩壊と医師ブログ林立、勢いと隘路」というエントリにアクセスしてみた。名だたる医師ブログが紹介されているのであろうとは思っていたが、なんとこのブログも出ていてビックリした。ただ単にブログの名称が気になっただけのようだが。
そのエントリでも触れられていたのだが、医療問題に関するブログを書いている医師の多くはメディアを信用していない。もちろんブログの名称を見て貰えば分かるように、私もメディアを全く信用していない。その理由を一言で言えば、取材不足だ。記者クラブなどで与えられた情報を垂れ流すことに慣れてしまって、自分で取材しようと言う気概が無くなってしまったのだろうと、私は思っている。考えてみれば分かることだが、記者クラブの情報源は、警察や政治家、業界団体などの、本来ジャーナリストが批判的に監視すべき対象なのだ。こんな制度は何処の国にもないだろう。
こんな体たらくなのは、そもそも報道の影響力と責任への自覚がないからだろう。正確な記事を書くためには緻密な取材が欠かせないし、たとえ正確であっても、報道の影響を考えること無しには、社会に害悪をまき散らしかねない。無思慮な報道により、模倣犯罪を誘発したり、特定の手段による自殺を助長しているのはご承知の通りだ。
単なる発表の書き写しや無配慮な報道は医療記事でも同様だ。我々から見たら単なる病死や避けられない合併症でも、報道では「ミスで死なせる」と表現される。本当にミスかどうか、本気で取材する気があるようには思えない。医療現場では日常的な出来事で故無きバッシングを受けた医師は、それまでと同様のモチベーションを保てないだろう。
まあそれでも、医学的知識がない故の過ちだとして少しは情状酌量の余地も残すことにしよう。もっと許せないのは、少し調べれば簡単に分かることを調べないこと、あるいは、意図的に書かないことだ。たとえ医学的なことは分からなくても、報道陣は調査はプロのはずだ。諸外国と比べ、医療費・医師数・周産期死亡率・妊産婦死亡率・医師の労働時間・医師の勤務態勢・患者のアクセス・税金などの社会保障費の国民負担などがどうなのか、少なくとも医師よりは調べられるだろう。
諸外国と比べたら、おそらく日本の医療はとてつもなく国民にとって恵まれたものであることが分かるはずだ。医療を受けたければ好きな医療機関に自由にかかれる。税金は自己責任の国アメリカに次いで安い。救急車は無料で、タクシー代わりに使っても罰則はない。医療の質も、一部の金持ちだけではなく、国民全体が受けられることを考慮すれば世界でもトップクラスだろう。
このような医療が、今崩壊しようとしている。諸外国と比べて死亡率が低くても、まだ死ぬ人がいるのはけしからんといって糾弾される。既に救急患者の診療をしているのに、他の患者を断るとは何事だと叱られる。罵られるだけでなく、高額の賠償金を課せられたり、逮捕されたりすることもある。労働者の権利を少しでも主張すれば、医師という職業を選んだくせになんだと言われ、過労死レベルの労働が放置されてもたしなめる者はいない。耐えられなくなった者から、徐々に職場を離れていく。辞めない者も、危険な医療から手を引く傾向がある。以前なら頑張って助けられた症例でも、今なら、手に負えないと断ることもあるだろう。
報道を志す者なら、どうしてこのような実情を報道しないのだろう。
受診したのが2004年10月で、クモ膜下出血を患者または家族が疑っているのにCTなどの検査をしなかったところ、翌年1月にクモ膜下出血で亡くなったらしいことは分かります。これではクモ膜下出血が起きたのは1月で、受診時には何ともなかったような書き方ですが、だったら書類送検されるわけがありません。詳しい情報を探してみたら、次のような記事を見つけました。男性医師を書類送検 適切な検査せず女性死亡
記事:共同通信社 【2008年5月14日】
長野県警南佐久署は13日、適切な検査や治療をしなかったために頭痛を訴えて来院した女性=当時(55)=が死亡したとして業務上過失致死の疑いで、同県佐久市の男性医師(29)を書類送検した。
同署の調べでは、医師は2004年10月23日午後2時ごろ、長野県佐久市の佐久総合病院に救急外来で来院した女性が激しい頭痛とくも膜下出血の可能性を訴えたにもかかわらず、CTスキャンなどによる検査や治療をしなかった疑い。女性は翌年1月、くも膜下出血で死亡した。医師は「判断ミスだった」と認めているという。
医師は当時、2年目の研修医。05年1月、夫が県警に告訴していた。 佐久総合病院の夏川周介(なつかわ・しゅうすけ)院長は「病院側の教育、管理体制上の問題もあり、本人の責任ではないと考えている」と話した。
くも膜下出血見逃し女性死亡 佐久病院医師を書類送検
信濃毎日新聞 5月13日(火)
県厚生連佐久総合病院(佐久市臼田)で2004年10月、頭痛を訴え受診した佐久市岩村田、主婦小林美幸さん=当時(55)=がくも膜下出血で死亡し、夫の哲さん(59)夫が医療ミスがあったとして告訴していた問題で、南佐久署は13日、診察した同病院の深沢正之医師(29)=佐久市中込=を業務上過失致死の疑いで地検佐久支部に書類送検した。
調べによると、深沢医師はくも膜下出血の初期段階を疑い、適切な検査と治療をしなければならなかったのに怠った過失により、05年1月12日、同病院で小林さんを死亡させた疑い。同日、告訴状を受理し、捜査をしていた。深沢医師は過失を認めているという。
同署などによると、小林さんは04年10月23日、後頭部に急激な痛みを感じ、同病院の救急外来を受診。「肩凝りによる頭痛」と診断され帰宅したが、数時間後に意識不明になって同病院の集中治療室(ICU)に入院し、意識が戻らないまま死亡した。受診時に小林さんはくも膜下出血の恐れを伝えたが、深沢医師はCT(コンピューター断層撮影)検査などをしなかったという。深沢医師は研修2年目で、当日は土曜日だった。
同病院の夏川周介院長は「結果的には判断ミスだった。今後の経過を見守りたい」としている。
哲さんは「医師はくも膜下出血の症状をよく知らなかったようで憤りを感じる。病院側は示談を申し込んできたが断った。起訴されるか経過を見守りたい」と話した。
今度は帰宅後に意識不明となったことが分かる。その後の入院時にクモ膜下出血の診断がついたのだろう。なぜ最初に「肩凝りによる頭痛」と診断したのか知りたいところだが、その点は不明である。実際にクモ膜下出血を疑うような項部硬直などの症状があったのかどうかなど、ミスかどうかの判断に役に立つ情報は、いつもの通り無い。
それでも実際の所、医師が未熟であったのは事実なのだろう。何しろ2年目の医師なのだ。問題は、なぜ2年目の医師が診察し、そのまま帰してしまったのかと言うことだろう。自分だけのかってな判断で帰してしまったのなら、やはり責任を問われても仕方がない気もする。でも、頼る指導医もいない状態でやらされていたのであれば、この医師を責めても何にもならない。問題はその様な体制を取らせた病院、その様な体制を余儀なくさせている医療環境にあるからだ。
記事にするのであれば、受診時の医療体制について突っ込んだ取材をして欲しかった。誰かの発表を只垂れ流すのであれば、報道とは言えない。取材あっての報道ではないのだろうか。自分に高度な救急医療をする実力がないことが分かっていながら、当直表で割り振られ、強制的に救急医療をさせられて、放射線技師もいない状況で、CTを取ることもままならないという環境だったのなら、この医師も被害者だ。