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失敗を 責めずに生かせ 先のため
前から予想していたんだけど で書いた症例の報告書が出た。通り一遍の報道なので、誤挿管に対する見解がどうなったのかよく分からない。ある程度の失敗を容認するような見解が欲しかったのだが、それは無理なのだろう。
「救命の可能性低かった」=誤挿管事故で報告書-名古屋市
2007/07/04 時事通信
名古屋市で5月、心肺停止状態となった女性(68)の気道を確保するため気管に挿入するチューブを救急救命士が食道に誤って挿入し、その後女性が病院で死亡した事故で、同市は4日、誤挿管と死亡との因果関係について「適正に挿入されていても救命された可能性は極めて低かった」とする報告書を公表した。
救急隊の到着時に心肺停止状態では、救命はほとんど困難なのは分かり切っている。わざわざこんな当たり前のことを発表するのは、救命士への訴訟リスクに配慮したのだろう。気管挿管に限らず、救急医療の現場で失敗をおそれていたのでは何も出来ない。助かったらラッキーの局面はいくらでもあるのだ。ある程度の失敗を容認する覚悟が社会全体に必要だと思うのだが、どうだろう。
人命がかかっていると、どうしてもミスは許されないと思ってしまう。でも、実際にミスをなくすことは出来ないし、ミスではなく、力の及ばない困難な症例もある。ちょっと野球に置き換えて考えてみよう。
打球を捕れない場合、捕球が容易な打球であればエラーになる。捕球が困難な打球であればヒットだ。エラーかヒットかはプレーヤーの技量を考慮して判定される。少年野球のヒットのほとんどは、プロが守備をしていれば容易に捕球されてしまうだろう。
気管挿管だって同じだ。失敗を捕球の失敗にたとえれば、エラーもあればヒットもある。難しい症例は失敗しても仕方がないのだ。失敗に気づかなかったことを問題にする向きもあるが、確認自体が難しい症例もあるのだ。制度として気管挿管を認めた以上、一定の確率で失敗があることを受け入れよう。現場の萎縮は誰にとっても得策ではない。