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    <title>Dr.Kのつぶやき</title>
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    <description>臨床医が医療についてあるいは日常について感じたこと、思ったことを徒然に書いています。</description>
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    <title>Dr.Kのつぶやき</title>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20120207/HbA1c">
    <title>HbA1c</title>
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    <description>HbA1cは　過去1～2カ月の血糖値の平均を反映する値で６，１％以上は糖尿病の可能性が強く疑われていました。 これが日本糖尿病学会の意向で4月1日から国際標準化を導入するため基準値が６，５％に変更になるそうです。 例えばHbA1c ６，３％　でこれまで糖尿病と診断治療されていた人が　4月1日からは数値が変わるため健康人となるわけです。 これまでの治療は一体何だったのでしょう？日本は国際化されていな...</description>
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      <![CDATA[<p>HbA1cは　過去1～2カ月の血糖値の平均を反映する値で６，１％以上は糖尿病の可能性が強く疑われていました。 <br />これが日本糖尿病学会の意向で4月1日から国際標準化を導入するため基準値が６，５％に変更になるそうです。 <br />例えばHbA1c ６，３％　でこれまで糖尿病と診断治療されていた人が　4月1日からは数値が変わるため健康人となるわけです。 <br />これまでの治療は一体何だったのでしょう？<br />日本は国際化されていない数値をなぜこれまで使ってきたのか。 <br />いかに病気の基準、概念が良い加減かということです。 <br />高血圧の値もある日突然　学会の意向で数値が変わりました。 <br />学会は一法人団体にすぎません。 <br />国は関与してないのです。 <br />こういう一団体の意向でころころ値が変わって、そのため病院にかかって病気にされたのではたまったものじゃありません。 <br />自分の身を守れるのは自分しかいません。 <br />しっかり自分の身を守りましょう。 </p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　120203</p>]]>
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    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2012-02-07T09:21:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20120131/1">
    <title>慣性</title>
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    <description>外力が働かない限り　静止した物体は静止し続け 運動している物体はその方向に運動し続けようとすることを慣性といいます。 つまり運動　活動　変化に抵抗する力と言えるでしょう。 宇宙空間では物体に慣性が働きますが、地球上では重力等様々な力により慣性は働きません。 つまり　運動　活動　変化　に抵抗する力に対抗する力が働くということです。 つまり、慣性に抵抗する力が働くということです 。我々は　常に運動　活...</description>
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      <![CDATA[<p>外力が働かない限り　静止した物体は静止し続け </p><p>運動している物体はその方向に運動し続けようとすることを慣</p><p>性といいます。 </p><p>つまり運動　活動　変化に抵抗する力と言えるでしょう。 </p><p>宇宙空間では物体に慣性が働きますが、地球上では重力等</p><p>様々な力により慣性は働きません。 </p><p>つまり　運動　活動　変化　に抵抗する力に対抗する力が働く</p><p>ということです。 </p><p>つまり、慣性に抵抗する力が働くということです 。</p><p>我々は　常に運動　活動　変化しなさいと言うことです。 </p><p>日常　ついつい生活が慣性に陥りがちですが </p><p>この地球上では慣性に慣れるな、変化せよということです。 </p><p>それがこの地球に生まれた我々の使命です。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />                                                                    110128</p>]]>
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    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2012-01-31T09:11:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20120124/1">
    <title>意識レベル</title>
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    <description>人は刻々と進化します。昨日より今日、１時間前より今。 常に上向きの階段を上昇し続けます（大抵は）。 だから過去を思い出す時は階段の下を見ることになります。 今より劣っている自分を思い出しているのです。 その時点で意識レベルは低下してしまいます。 そして、その思い出に浸りだすとドップリとその当時の意識レベルに戻ってしまうのです。 悪口、愚痴なども過去を振り返るから出てくるのです。 今の時点はもはや過...</description>
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      <![CDATA[<p>人は刻々と進化します。昨日より今日、１時間前より今。 </p><p>常に上向きの階段を上昇し続けます（大抵は）。 </p><p>だから過去を思い出す時は階段の下を見ることになります。 </p><p>今より劣っている自分を思い出しているのです。 </p><p>その時点で意識レベルは低下してしまいます。 </p><p>そして、その思い出に浸りだすとドップリとその当時の意識レ</p><p>ベルに戻ってしまうのです。 </p><p>悪口、愚痴なども過去を振り返るから出てくるのです。 </p><p>今の時点はもはや過去の自分ではないのです。 </p><p>今の自分を基準に考えると過去の記憶は違ってきます。 </p><p>しかし、往々にして記憶は過去を基準に考えてしまいがちな</p><p>のです。 </p><p>それが大きな間違いです。 </p><p>記憶にだまされてはいけません。</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　110111</p>]]>
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    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2012-01-24T09:23:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20120117/power_spot">
    <title>power spot</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20120117/power_spot</link>
    <description>巷はパワースポット流行り。 全国各地のパワースポットの紹介があり　そこに主に若い人たちがパワーを求めて殺到します。 皆この不況な時代　パワーを頂きたいのでしょうね。 毎年　神宮にお参りに行くのですが、どんどん　そのパワーが落ちているのを体感します。 参拝客が多すぎるのです。 辛うじて　正式参拝する場所はエネルギーがまだ保たれています。 だから2０年毎に式年遷宮をするのかもしれません。銀座４丁目でパ...</description>
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      <![CDATA[<p>巷はパワースポット流行り。 </p><p>全国各地のパワースポットの紹介があり　そこに主に若い人</p><p>たちがパワーを求めて殺到します。 </p><p>皆この不況な時代　パワーを頂きたいのでしょうね。 </p><p>毎年　神宮にお参りに行くのですが、どんどん　そのパワーが</p><p>落ちているのを体感します。 </p><p>参拝客が多すぎるのです。 </p><p>辛うじて　正式参拝する場所はエネルギーがまだ保たれてい</p><p>ます。 </p><p>だから2０年毎に式年遷宮をするのかもしれません。</p><p>銀座４丁目でパワーが感じられないのと同様に人で混雑する</p><p>場所は 例え神宮であってもパワーは感じられません。 </p><p>ある場所を一人でいると占める空間は１００％ですが </p><p>そこに１００人行けば自分の占める空間はたった１％になって</p><p>しまいます。 </p><p>パワーもそのようなものかもしれません。 </p><p>人の多いところでは十分なパワーはありません。 </p><p>そもそもパワーは頂くものではないのです。 </p><p>同じパワー同志が引き寄せるものです。 </p><p>だから　自分のパワーを強めない限り決して本物のパワース</p><p>ポットには行けないものなのです。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　110107</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2012-01-17T09:18:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20120110/1">
    <title>区別</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20120110/1</link>
    <description>　私たちは、ひとつの細胞から生まれ、ひとつの魂として旅立ちます。 　その間に無数の細胞が生まれ分化していきます。 　分かれるから区別が生まれ、そこに価値観が入ると判断が生まれます。 　判断すると、そこに２極性が生じます。 　しかし、もとはひとつなのです。 　そこに、意識を向けるか、そのあとの分極に意識を向けるかの違いがあるだけです。 　しかし、分極に意識を向けると、いろいろな判断が生じるため、エネ...</description>
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      <![CDATA[<p>　私たちは、ひとつの細胞から生まれ、ひとつの魂として旅立ちます。 <br />　その間に無数の細胞が生まれ分化していきます。 <br />　分かれるから区別が生まれ、そこに価値観が入ると判断が生まれます。 <br />　判断すると、そこに２極性が生じます。 <br />　しかし、もとはひとつなのです。 <br />　そこに、意識を向けるか、そのあとの分極に意識を向けるかの違いがあるだけです。 <br />　しかし、分極に意識を向けると、いろいろな判断が生じるため、エネルギーを浪費します。 <br />　ひとつに意識すると判断はなくなり、その分エネルギーは消費しません。 <br />　どちらが、より楽で、快適かは自明の理です。 <br />　分極に意識を向けるから、苦しみが生じるのです。<br />　それは、比較をするからです。<br />　比較をしなければいいのです（これが非常に難しいことなのですが）。 <br />　そのためには、１００％自分を受け入れることです。<br />１００％ではないから、その部分に比較が生じてしまいます。それが、苦しみの原因を作るのです。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　090102</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2012-01-10T09:32:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20120103/1">
    <title>念頭所感</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20120103/1</link>
    <description>明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。１年前は　今の生活、状況は予想だにしませんでした。愛知にいて、　忙しい外科医、救急医をやってました。それが　今は　兵庫にいて　余裕のある　内科医をしているのです。狭い平地の見晴らしの悪いマンションの４階の１ＬＤＫの住まいが今は　高台の大阪湾の見える約２倍の広さの１２階の２ＬＤKの住まいにいます。もちろん　家賃はそれ相応にします。車も...</description>
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      <![CDATA[<p>明けましておめでとうございます。<br />今年もどうぞよろしくお願いします。</p><p>１年前は　今の生活、状況は予想だにしませんでした。<br />愛知にいて、　忙しい外科医、救急医をやってました。<br />それが　今は　兵庫にいて　余裕のある　内科医をしているのです。<br />狭い平地の見晴らしの悪いマンションの４階の１ＬＤＫの住まいが<br />今は　高台の大阪湾の見える約２倍の広さの１２階の２ＬＤKの住まいにいます。<br />もちろん　家賃はそれ相応にします。<br />車も少し大きいのに乗り換えました。<br />毎日　家に帰り　夜景を見るのが楽しみです。<br />以前は　毎晩ＤＶＤを見ていたのが　こちらに来てから<br />全くといっていいほど見ていません。</p><p>引っ越して生活の質が激変したのです。</p><p>意識が変わったのが一番の要因だろうと思います。</p><p>同じ医者でも外科と内科は別物でした。<br />最初は戸惑うばかりで慣れるのに半年かかりました。</p><p>公私ともにさらに充実した人生を歩み続けようと思います。<br />来年はどうなっているか楽しみです。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2012-01-03T07:57:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111227/1">
    <title>自分という枠</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111227/1</link>
    <description>　ことしも残りあとわずか。 この１年を振り返ってみてどうでしたか？素晴らしかった、いつもと同じ、去年よりひどかった。いろいろ感想はあると思います。 　１日１日の積み重ねが１年になります。日々を大切に生きていれば、何があっても振り返ってみれば素晴らしかったと感じることと思います。少し気を抜いて生きているから後悔が生じます。その後悔が、自己評価を下げてしまいます。 　日々一生懸命、手抜きせずに生きる事...</description>
    <content:encoded>
      <![CDATA[<p>　ことしも残りあとわずか。 <br />この１年を振り返ってみてどうでしたか？<br />素晴らしかった、いつもと同じ、去年よりひどかった。<br />いろいろ感想はあると思います。 <br />　１日１日の積み重ねが１年になります。<br />日々を大切に生きていれば、何があっても振り返ってみれば素晴らしかったと感じることと思います。<br />少し気を抜いて生きているから後悔が生じます。<br />その後悔が、自己評価を下げてしまいます。 <br />　日々一生懸命、手抜きせずに生きる事です。 <br />手抜きをすれば、手抜きをしただけの生活、感想しか生まれません。 <br />　今の自分より少しレベルが上の自分を生きる。<br />　少しでも自分という枠を超えて生活をしていけば、その通り、それ以上の環境に周りは変化していきます。 <br />　そして、そのように生活することは可能なのです。 <br />　はじめは努力が必要かもしれません。しかし、その努力の種が、新しい花を咲かせるのです。 <br />　私は、沢山の花を咲かせたいと思います。<br />そのために、沢山の種を播き、育てていきます。 <br />　今年１年御愛読ありがとうございました。<br />　来年もどうぞよろしくお願いします。 <br />　良い年をお迎えください。 <br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　081230<br />　　　　　　　　　　　　　　　</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-12-27T09:11:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111220/1">
    <title>薬依存</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111220/1</link>
    <description>　漢方薬は、色々な薬草を複合した結果、経験的に効果が確かめられて有効と認められています。それを個々の成分に分解していくと、逆に何故その症状を抑える、治す（？）のかわからなくなります。 　西洋医学では、薬は、基本的に単独成分で成り立ちます。だから、症状が増えるに伴い、その症状を抑えるために薬の種類も増えていきます。 　薬には相互作用があります。添付文書にちゃんと記載されています。相乗作用があったり、...</description>
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      <![CDATA[<p>　漢方薬は、色々な薬草を複合した結果、経験的に効果が確かめられて有効と認められています。<br />それを個々の成分に分解していくと、逆に何故その症状を抑える、治す（？）のかわからなくなります。 <br />　西洋医学では、薬は、基本的に単独成分で成り立ちます。だから、症状が増えるに伴い、その症状を抑えるために薬の種類も増えていきます。 <br />　薬には相互作用があります。添付文書にちゃんと記載されています。相乗作用があったり、禁忌があったり。<br />　それは、大抵２種類の薬の間のことです。３種類以上の相互作用は基本的に調べていません、というか、調べられません。組み合わせが膨大になるからです。<br />　しかしながら、多くの老人は、３種類以上の薬を飲まれています。その薬の相互作用で、何か別に症状が出れば、その症状を抑えるために、大抵は新たに薬が処方されます。<br />　相互作用で出たのだから、薬を減らそうという概念は、医師はもちろん、患者さん本人にもありません。 <br />　じゃあ、どうすればいいのでしょうか？ <br />　もっともシンプルな答えは薬を飲まなければいいのです。 <br />　現代人は医師を含め、薬に安易に依存し過ぎています。 <br />　薬効もわからないのに、何種類も薬を医師は出し続け、患者さんはそれらを飲み続けているのです。 <br />　そのような患者さんたちは、薬の種類が増える事はあっても、決して減ることはありません。 <br />　医療側から言えば、経済が絡んできます。<br />　現行では、薬を処方すればするほどもうかります。 <br />　患者側から言えば、安心感が生まれます。こんなに薬を飲んでいるから元気でいられると（苦笑）。 <br />　これは、医師、患者さんともに薬依存状態以外のなにものでもありません。 <br />　真に健康な人は薬は飲みません。<br />　必要ないからです。 <br />　まずはそこに気づくことが大切だと思います。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　081210</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-12-20T09:27:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111213/1">
    <title>依存</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111213/1</link>
    <description>　人は弱い生き物です。だから、何かに依存したがります。 それは、自然なことです。すぐに自分で辞められる場合には。 それが辞められなくなった時、それは依存症、つまり病気になります。 　薬物、アルコール、タバコ、暴力、sex、嗜癖... 　これらは、もはや自分一人では辞められません。 　専門家の助けが必要です。つまり、治療しないと治らないのです。 　しかし、多くの人は、単なる癖だから自分で治せると錯覚...</description>
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      <![CDATA[<p>　人は弱い生き物です。<br />だから、何かに依存したがります。 <br />それは、自然なことです。<br />すぐに自分で辞められる場合には。 <br />それが辞められなくなった時、それは依存症、つまり病気になります。 <br />　薬物、アルコール、タバコ、暴力、sex、嗜癖... <br />　これらは、もはや自分一人では辞められません。 <br />　専門家の助けが必要です。つまり、治療しないと治らないのです。 <br />　しかし、多くの人は、単なる癖だから自分で治せると錯覚します。<br />　一旦は、辞めてもその内また始めます。 <br />　そもそも、意志が強ければ依存症にはならないのです。 <br />　意志が弱いから依存症になるのです。<br />　そのような人が依存を辞められるはずがありません。 <br />　まずは、依存症は病気であるという認識が必要です。<br />　自分ではわからないから、周囲の人（多くの場合、家族）が、病気だから治療が必要であること教えてあげないといけません。 <br />　そして、本人が依存は病気だと自覚して治そうと決意しなければなりません。意志が弱いのでなかなか決意はできないと思います。しかし、行き着く先は死です。自分が死ぬのならまだしも、暴力の場合は、人を死に至らしめることもあります。 <br />　最終は、死なのだと自覚して、依存を辞めるという強い信念を持たなければなりません。 <br />　そして、専門家と共に治療するのです。 <br />　そうすれば、必ず依存症は治ります。 <br />　もう一つ有用なのは、同じ依存の仲間を持つことです。 <br />　そして、仲間同士励まし合い、労りあいながら依存から独立していくのです。 <br />　人は一人では生きていけません。お互い助け合いながら生きていくのです。 <br />　依存は、寄っかかるだけで一方通行です。 <br />　相互通行して初めてコミュニケーション、交流が生まれます。 <br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　              　081211</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-12-13T09:22:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111206/1">
    <title>回復力</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111206/1</link>
    <description>一口にいのちといっても、見えないものだから漠然とします。 わたしは、いのちとはろうそくの炎のようなものだと考えています。 一旦、ろうそくに灯りがともると、一瞬弱弱しいですが、すぐに力強く 燃え、風、雨などで揺らいだり消えかけたりすることもありますが、燃 え続け、ろうが無くなるにつれ炎は段々小さくなりやがて消えます。 つまり、いのちの強さにもその人生の時期によって強弱があるということです。 そのこと...</description>
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      <![CDATA[<p>一口にいのちといっても、見えないものだから漠然とします。 <br />わたしは、いのちとはろうそくの炎のようなものだと考えています。 <br />一旦、ろうそくに灯りがともると、一瞬弱弱しいですが、すぐに力強く 燃え、風、雨などで揺らいだり消えかけたりすることもありますが、燃 え続け、ろうが無くなるにつれ炎は段々小さくなりやがて消えます。 <br />つまり、いのちの強さにもその人生の時期によって強弱があるということです。 <br />そのことは　手術をしてその回復力を見ることで如実にわかります。 <br />幼児を手術したら、翌日はけろっとしています。まるで手術などしなかったのごとく。 <br />しかし、成人になり年齢を重ねるとともに術後の回復力はどんどん低下してきます。 <br />高齢者になると、残念ながら回復しないまま寝たきり状態ということも起こりえます。 </p><p>つまり、回復力をみることがいのちの強さの指標になります。 </p><p>あなたのいのちは、今どのくらいの回復力をもっていますか？ </p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-12-06T07:23:00+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111129/1">
    <title>日常診療</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111129/1</link>
    <description>病院、医院に出かけ、満足して帰っていますか？ 何時間も待たされ、いざ自分の診察の順番がくると、医者はコンピューターの画面を見ながら、症状を聞き、検査のオーダーをする。その間、ほとんど患者さんの顔すら見ない。 そして、検査の結果が出れば、異常値、異常な画面を見せ、病名を告げて、その病気に対処する処置、投薬をする。その間、正味、医者と同席する時間は3分。そして、病院にいた時間は3時間以上。薬をもらうの...</description>
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      <![CDATA[<p>病院、医院に出かけ、満足して帰っていますか？ </p><p>何時間も待たされ、いざ自分の診察の順番がくると、医者はコンピューターの画面を見ながら、症状を聞き、検査のオーダーをする。その間、ほとんど患者さんの顔すら見ない。 <br />そして、検査の結果が出れば、異常値、異常な画面を見せ、病名を告げて、その病気に対処する処置、投薬をする。<br />その間、正味、医者と同席する時間は3分。<br />そして、病院にいた時間は3時間以上。<br />薬をもらうのにまた小一時間かかる。 <br />医者は身体すらみてくれない、話もろくに聞いてくれない。</p><p>これが多くの日常診療の現状だろうと思います。 <br />こんな診療をされて、患者さんは満足するはずはないし、フラストレーションが溜まり病状は悪化するばかり。 <br />患者さんは、もっと、話を聞いてほしい、身体をちゃんと診察してほしいと思われるでしょう。 <br />そのような診療所が増えればいいですね。</p><p>　　　　　　　　　　　　                                           091201</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-11-29T08:22:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111122/1">
    <title>ワクチン</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111122/1</link>
    <description>　季節性インフルエンザのワクチン接種希望者がお年寄りを中心に来院されています。雨の日も風の日も。  　今年はワクチン接種後風邪症状が出現し何人もの人が再来院されています。　ワクチンを接種をしなければ恐らくこのような症状にはならなかったと思います。　インフルエンザにかかったら大変だからとワクチンをうたれるのですが、ワクチンを打ってもインフルエンザにかかる人もいるしワクチンを打たなくてもインフルエンザ...</description>
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      <![CDATA[<p>　季節性インフルエンザのワクチン接種希望者がお年寄りを中心に来院されています。雨の日も風の日も。  <br />　今年はワクチン接種後風邪症状が出現し何人もの人が再来院されています。<br />　ワクチンを接種をしなければ恐らくこのような症状にはならなかったと思います。<br />　インフルエンザにかかったら大変だからとワクチンをうたれるのですが、ワクチンを打ってもインフルエンザにかかる人もいるしワクチンを打たなくてもインフルエンザにならない人もいます。<br />　ちなみに私はワクチンを打ったことはありませんし、インフルエンザに罹ったこともありません。<br />　自己責任なのですが、もう少し本当にワクチン接種が必要なのか否か臨床試験も必要でしょうしデータも必要なんだと思います。<br />　何か惰性でワクチン接種されているひとが多いように感じます。</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-11-22T08:18:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111115/1">
    <title>エゴとエコ</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111115/1</link>
    <description>エゴとエコ 　良く似た言葉です。 　エゴは自分が正しいと自己主張します。 　エコもエコは素晴らしいと自己主張しています。 　エゴは相手を批判します。 　エコも相手を批判します。 　エゴを含めて本当の自分を知る必要があります。 　エコも何が真のエコなのか自分でじっくり考える必要があります。 　エコという言葉が大手を振って独り歩きしています。 　まるで、これが本当の自分だと思い込ませているエゴのように...</description>
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      <![CDATA[<p>エゴとエコ <br />　<br />良く似た言葉です。 <br />　<br />エゴは自分が正しいと自己主張します。 <br />　<br />エコもエコは素晴らしいと自己主張しています。 <br />　<br />エゴは相手を批判します。 <br />　<br />エコも相手を批判します。 <br />　<br />エゴを含めて本当の自分を知る必要があります。 <br />　<br />エコも何が真のエコなのか自分でじっくり考える必要があります。 <br />　<br />エコという言葉が大手を振って独り歩きしています。 <br />　<br />まるで、これが本当の自分だと思い込ませているエゴのように。<br />　<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　0901127</p>]]>
    </content:encoded>
    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-11-15T09:09:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111108/1">
    <title>胃ろう</title>
    <link>http://blog.m3.com/ken/20111108/1</link>
    <description>　食事が食べられなくなると、入院中の高齢の患者さんは胃ろう造設をすすめられます。　そして大抵はすすめられたまま胃ろうをつくります。　造設の簡易キットもあり、局所麻酔下にわずか１５分で造れます。 　その多くの人は意思の疎通はとれない寝たきり老人です（もちろん例外は沢山あります）。　赤ちゃんと同じで、一人で何もできません。しかも身体は大人で大きいので何をするのも何人もの人手がかかります。 　本人は、果...</description>
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      <![CDATA[<p>　食事が食べられなくなると、入院中の高齢の患者さんは胃ろう造設をすすめられます。<br />　そして大抵はすすめられたまま胃ろうをつくります。<br />　造設の簡易キットもあり、局所麻酔下にわずか１５分で造れます。 <br />　その多くの人は意思の疎通はとれない寝たきり老人です（もちろん例外は沢山あります）。<br />　赤ちゃんと同じで、一人で何もできません。しかも身体は大人で大きいので何をするのも何人もの人手がかかります。 <br />　本人は、果たしてそんな状況を望んでいたのでしょうか？ <br />　 <br />　自分が、将来、食べられなくなったときそういう状況を望みますか？ <br />　 <br />　食欲は、３大本能の一つです。食べられなくなったら、動物、生物としての終わりではないのでしょうか？ <br />　その、生物的終わりを無理やり医学という科学で引き伸ばしてもいいものなのか？ <br />　私には　胃ろうからfeedingされているひとに人間としての尊厳など少しも感じられません。<br />　私は胃ろう造設には反対です。<br />　患者さん、家族にも薦めません。 <br />　<br />　胃ろう造設についてもっとよく考える必要があるのではないでしょうか？<br />　入院費、人件費も余計にかかります。 <br />　アメリカでは、認知症患者には胃ろうは造らないそうです。 <br />　その辺に関しては、私はアメリカに大賛成です。</p>]]>
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    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-11-08T08:16:00+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.m3.com/ken/20111101/Inner_trip">
    <title>Inner trip</title>
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    <description> 自分を変えるため、人は外の世界で体験をしようと努力します。 　確かに、そこに行かなければ味わえない雰囲気、空気、気づきがあります。 　ただ、何かを期待してそこに行っても期待は大抵裏切られてしまいます。 　感じることができるのは自分の内面だからです。 　外から気づきは得られません。 　気づきは、自分の内面で自然に発生するものです。 　 　すべては自分の内なる世界で起こっています。 　 　外の世界の...</description>
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      <![CDATA[<p> 自分を変えるため、人は外の世界で体験をしようと努力します。 <br />　確かに、そこに行かなければ味わえない雰囲気、空気、気づきがあります。 <br />　ただ、何かを期待してそこに行っても期待は大抵裏切られてしまいます。 <br />　感じることができるのは自分の内面だからです。 <br />　外から気づきは得られません。 <br />　気づきは、自分の内面で自然に発生するものです。 <br />　 <br />　すべては自分の内なる世界で起こっています。 <br />　 <br />　外の世界の旅行も楽しいけれど、　inner trip はもっと楽しいものです。 <br />　しかしながら、何故か、それを怖がるひとたちがいます。 <br />　そういう時は、ナビゲイターをつけたらいいのです。 <br />　旅行でも、ガイドについてもらって旅行するように、inner trip にもナビゲイターについてもらったら心配はいりません。 <br />　自分探し、自分を受け入れる旅はそれはそれはスリリングでエキサイテイングで楽しいものです。</p><p>　　ブログ書いています。 <br />　　　　　　ありがとうけんの元気が出るブログ <br />　　　　　　http://plaza.rakuten.co.jp/kengenki/ <br />　　<br />　　　　　　ありがとうけんの元気が出るメルマガ <br />　　　　　　http://www.mag2.com/m/0000270390.html<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　　　　　　　　　　                  　　　　　　　　080924</p>]]>
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    <dc:creator>Ｄｒ．Ｋ</dc:creator>
    <dc:date>2011-11-01T08:16:00+09:00</dc:date>
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