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高齢者が増えています。
高齢になればなるほど臓器が機能不全に陥ります。
先日、尿量が少ないと施設から90歳の患者さんが息子さんと一緒に来院されました。
見た目はそれなりにお元気です。
検査をしても左程データは悪くありません。
高齢なので 色々不具合は生じるが お元気そうだしデータも悪くないし、そろそろそういう時期なのかもしれませんから様子を見るようにと息子さんにお話しすると(患者さんは認知症なのでコンタクトできません)、したり顔で納得されました。
側にいる付き添いの職員は納得しかねてる様子です。
施設で何か起こると困るからです。
とりあえず、病院につれていき入院させれば施設での急変はありえません。
高齢者の検査データを正常化させるのは不死を前提にしているのと同じです。
いつお迎えがきてもおかしくない状態で 数値の正常化はかなり難問です。
あり得ないといってもいいでしょう。
そのように息子さんと話していると、息子さんは 病院に入院するとかえって状態が悪くなるので入院させたくないと話されました。
入院すると環境が変わるから それに順応しかねるのでしょう。
最後を迎える高齢者にとって もっと優しい環境が作れればいいなと思います。
外力が働かない限り 静止した物体は静止し続け
運動している物体はその方向に運動し続けようとすることを慣
性といいます。
つまり運動 活動 変化に抵抗する力と言えるでしょう。
宇宙空間では物体に慣性が働きますが、地球上では重力等
様々な力により慣性は働きません。
つまり 運動 活動 変化 に抵抗する力に対抗する力が働く
ということです。
つまり、慣性に抵抗する力が働くということです 。
我々は 常に運動 活動 変化しなさいと言うことです。
日常 ついつい生活が慣性に陥りがちですが
この地球上では慣性に慣れるな、変化せよということです。
それがこの地球に生まれた我々の使命です。
110128
人は刻々と進化します。昨日より今日、1時間前より今。
常に上向きの階段を上昇し続けます(大抵は)。
だから過去を思い出す時は階段の下を見ることになります。
今より劣っている自分を思い出しているのです。
その時点で意識レベルは低下してしまいます。
そして、その思い出に浸りだすとドップリとその当時の意識レ
ベルに戻ってしまうのです。
悪口、愚痴なども過去を振り返るから出てくるのです。
今の時点はもはや過去の自分ではないのです。
今の自分を基準に考えると過去の記憶は違ってきます。
しかし、往々にして記憶は過去を基準に考えてしまいがちな
のです。
それが大きな間違いです。
記憶にだまされてはいけません。
110111
巷はパワースポット流行り。
全国各地のパワースポットの紹介があり そこに主に若い人
たちがパワーを求めて殺到します。
皆この不況な時代 パワーを頂きたいのでしょうね。
毎年 神宮にお参りに行くのですが、どんどん そのパワーが
落ちているのを体感します。
参拝客が多すぎるのです。
辛うじて 正式参拝する場所はエネルギーがまだ保たれてい
ます。
だから20年毎に式年遷宮をするのかもしれません。
銀座4丁目でパワーが感じられないのと同様に人で混雑する
場所は 例え神宮であってもパワーは感じられません。
ある場所を一人でいると占める空間は100%ですが
そこに100人行けば自分の占める空間はたった1%になって
しまいます。
パワーもそのようなものかもしれません。
人の多いところでは十分なパワーはありません。
そもそもパワーは頂くものではないのです。
同じパワー同志が引き寄せるものです。
だから 自分のパワーを強めない限り決して本物のパワース
ポットには行けないものなのです。
110107
私たちは、ひとつの細胞から生まれ、ひとつの魂として旅立ちます。
その間に無数の細胞が生まれ分化していきます。
分かれるから区別が生まれ、そこに価値観が入ると判断が生まれます。
判断すると、そこに2極性が生じます。
しかし、もとはひとつなのです。
そこに、意識を向けるか、そのあとの分極に意識を向けるかの違いがあるだけです。
しかし、分極に意識を向けると、いろいろな判断が生じるため、エネルギーを浪費します。
ひとつに意識すると判断はなくなり、その分エネルギーは消費しません。
どちらが、より楽で、快適かは自明の理です。
分極に意識を向けるから、苦しみが生じるのです。
それは、比較をするからです。
比較をしなければいいのです(これが非常に難しいことなのですが)。
そのためには、100%自分を受け入れることです。
100%ではないから、その部分に比較が生じてしまいます。それが、苦しみの原因を作るのです。
090102
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
1年前は 今の生活、状況は予想だにしませんでした。
愛知にいて、 忙しい外科医、救急医をやってました。
それが 今は 兵庫にいて 余裕のある 内科医をしているのです。
狭い平地の見晴らしの悪いマンションの4階の1LDKの住まいが
今は 高台の大阪湾の見える約2倍の広さの12階の2LDKの住まいにいます。
もちろん 家賃はそれ相応にします。
車も少し大きいのに乗り換えました。
毎日 家に帰り 夜景を見るのが楽しみです。
以前は 毎晩DVDを見ていたのが こちらに来てから
全くといっていいほど見ていません。
引っ越して生活の質が激変したのです。
意識が変わったのが一番の要因だろうと思います。
同じ医者でも外科と内科は別物でした。
最初は戸惑うばかりで慣れるのに半年かかりました。
公私ともにさらに充実した人生を歩み続けようと思います。
来年はどうなっているか楽しみです。
ことしも残りあとわずか。
この1年を振り返ってみてどうでしたか?
素晴らしかった、いつもと同じ、去年よりひどかった。
いろいろ感想はあると思います。
1日1日の積み重ねが1年になります。
日々を大切に生きていれば、何があっても振り返ってみれば素晴らしかったと感じることと思います。
少し気を抜いて生きているから後悔が生じます。
その後悔が、自己評価を下げてしまいます。
日々一生懸命、手抜きせずに生きる事です。
手抜きをすれば、手抜きをしただけの生活、感想しか生まれません。
今の自分より少しレベルが上の自分を生きる。
少しでも自分という枠を超えて生活をしていけば、その通り、それ以上の環境に周りは変化していきます。
そして、そのように生活することは可能なのです。
はじめは努力が必要かもしれません。しかし、その努力の種が、新しい花を咲かせるのです。
私は、沢山の花を咲かせたいと思います。
そのために、沢山の種を播き、育てていきます。
今年1年御愛読ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。
良い年をお迎えください。
081230
漢方薬は、色々な薬草を複合した結果、経験的に効果が確かめられて有効と認められています。
それを個々の成分に分解していくと、逆に何故その症状を抑える、治す(?)のかわからなくなります。
西洋医学では、薬は、基本的に単独成分で成り立ちます。だから、症状が増えるに伴い、その症状を抑えるために薬の種類も増えていきます。
薬には相互作用があります。添付文書にちゃんと記載されています。相乗作用があったり、禁忌があったり。
それは、大抵2種類の薬の間のことです。3種類以上の相互作用は基本的に調べていません、というか、調べられません。組み合わせが膨大になるからです。
しかしながら、多くの老人は、3種類以上の薬を飲まれています。その薬の相互作用で、何か別に症状が出れば、その症状を抑えるために、大抵は新たに薬が処方されます。
相互作用で出たのだから、薬を減らそうという概念は、医師はもちろん、患者さん本人にもありません。
じゃあ、どうすればいいのでしょうか?
もっともシンプルな答えは薬を飲まなければいいのです。
現代人は医師を含め、薬に安易に依存し過ぎています。
薬効もわからないのに、何種類も薬を医師は出し続け、患者さんはそれらを飲み続けているのです。
そのような患者さんたちは、薬の種類が増える事はあっても、決して減ることはありません。
医療側から言えば、経済が絡んできます。
現行では、薬を処方すればするほどもうかります。
患者側から言えば、安心感が生まれます。こんなに薬を飲んでいるから元気でいられると(苦笑)。
これは、医師、患者さんともに薬依存状態以外のなにものでもありません。
真に健康な人は薬は飲みません。
必要ないからです。
まずはそこに気づくことが大切だと思います。
081210
人は弱い生き物です。
だから、何かに依存したがります。
それは、自然なことです。
すぐに自分で辞められる場合には。
それが辞められなくなった時、それは依存症、つまり病気になります。
薬物、アルコール、タバコ、暴力、sex、嗜癖...
これらは、もはや自分一人では辞められません。
専門家の助けが必要です。つまり、治療しないと治らないのです。
しかし、多くの人は、単なる癖だから自分で治せると錯覚します。
一旦は、辞めてもその内また始めます。
そもそも、意志が強ければ依存症にはならないのです。
意志が弱いから依存症になるのです。
そのような人が依存を辞められるはずがありません。
まずは、依存症は病気であるという認識が必要です。
自分ではわからないから、周囲の人(多くの場合、家族)が、病気だから治療が必要であること教えてあげないといけません。
そして、本人が依存は病気だと自覚して治そうと決意しなければなりません。意志が弱いのでなかなか決意はできないと思います。しかし、行き着く先は死です。自分が死ぬのならまだしも、暴力の場合は、人を死に至らしめることもあります。
最終は、死なのだと自覚して、依存を辞めるという強い信念を持たなければなりません。
そして、専門家と共に治療するのです。
そうすれば、必ず依存症は治ります。
もう一つ有用なのは、同じ依存の仲間を持つことです。
そして、仲間同士励まし合い、労りあいながら依存から独立していくのです。
人は一人では生きていけません。お互い助け合いながら生きていくのです。
依存は、寄っかかるだけで一方通行です。
相互通行して初めてコミュニケーション、交流が生まれます。
081211
一口にいのちといっても、見えないものだから漠然とします。
わたしは、いのちとはろうそくの炎のようなものだと考えています。
一旦、ろうそくに灯りがともると、一瞬弱弱しいですが、すぐに力強く 燃え、風、雨などで揺らいだり消えかけたりすることもありますが、燃 え続け、ろうが無くなるにつれ炎は段々小さくなりやがて消えます。
つまり、いのちの強さにもその人生の時期によって強弱があるということです。
そのことは 手術をしてその回復力を見ることで如実にわかります。
幼児を手術したら、翌日はけろっとしています。まるで手術などしなかったのごとく。
しかし、成人になり年齢を重ねるとともに術後の回復力はどんどん低下してきます。
高齢者になると、残念ながら回復しないまま寝たきり状態ということも起こりえます。
つまり、回復力をみることがいのちの強さの指標になります。
あなたのいのちは、今どのくらいの回復力をもっていますか?