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現在の生活は、自然の模倣で成り立ちます。
太陽、火事を見て、火を思いつきその起こし方を考えました。
稲妻を見て、電気を思いつき実用化しました。
鳥を見て飛び方を考え、飛行機を造りました。
すべて、自然の模倣です。
では、逆にこの生活から自然の仕組みを創造できます。
何気なく、当たり前のように使っている電気について考えて見ます。
発電所で、電気を作り、それを電線で各地に供給しています。それをコンセントでつなぎ、電気を使います。そばまで供給されていても、コンセントを差しこまないと電気は使えません。
日本ではどこでも使えるコンセントも外国に行くと使えないところがあります。コンセントの形状、電圧が違うからです。同じ電気でも日本と外国ではその形、質が違うのです。
私たちは、自然に繋がるコンセントを皆が持っています。それに気付いているかどうかは別にして。
そして、そのコンセントを自然に繋げば、自然の叡智はどんどん入ってきます。電気と同様に形、質がいろいろあり、アクセスできる場所がそれぞれ異なります。また、コンセントの差し込み方がわからない人も大勢います。
しかし、あらゆる場所に自然の叡智は溢れかえっています。それらを模倣してこの世界があるのですから。
そこに、コンセントを入れた先人たちのお陰で今があるのです。
私たちも、是非自然の流れにコンセントを差し込み、自然の叡智の恵をいただき 流しましょう。
080911
医者 特に外科系は、手術の術者が出来て一人前です。
最初は、右も左もわからいペーペーですから、看護師にもあごで使われます(昔は)。
医学の教科書の知識は、実践では全く役立たずです。経験を積んで、その体験で得た知識が身になっていきます。
外科について考えると、私達の時代は、ネーベンと言って外の病院にアルバイトに行きます。給料は月10万円足らずですから(一部の私大は0円でした!)、アルバイトをしないと生活できません。そこで、切創などの縫合を覚えていきます。そして、研修といって、一般病院に数年出張にでかけ、そこで開腹手術のしかたを学んでいきます。主治医になるとまず、助手に入り、糸結びをしながら、術者の技を学んでいきます。見ていると、自分でもできそうな気がするのですが、いざ術者でやらせてもらうと、全く違うことがわかります。どれくらいの強さでどれくらい切れるのか全くわからないのです。ベテランの外科医は当然の如くさっさと華麗にメスさばきをされますが、研修医はそうはいきません。しかし、2年目になるとそれなりにさばけるようになっていきます。
外科の研修では、いかに手技が手術を含めてできるようになるかです。できるだけ経験を積むほか上達の道はないのです。だから、手術できることが嬉しくてたまりません。
しかし、経験を積んでいくとそれなりに危ない目にも会い、手術してもいいこと手術してはいけないことがわかってきます。
若い医者は、手術がしたくてたまらないのですが、経験を積んだ医者は、できることなら手術は避けたいのです。止む終えず他に方法がない場合に限り手術をしています。
ラフな考えですが、出来ない医者が、手術をしたがり、出来る医者は手術をしたがらないのです。
もちろん、出来る医者は何でも手術はできます。しかし、だからこそ、敢えてしないという選択もするのです。
出来ない医者は、手術をしないという選択はできません。
技術的にはできる手術を敢えてしないという選択ができるようになって、始めてベテランの外科医となるのです。
できることとすることとは、全く別物です。
080905
日常生活は、そこにどっぷりと漬かっているとそれが当たり前になってしまいます。
この5月に転職しましたが、転職するまでは、そこの職場環境が当たり前だと思い、それ程忙しいとも思っていませんでした。
しかし、現在の職場と較べると、忙しさが半端ではなかったことが比較することでわかります。
仕事量が全然違いました。
QOLが現在の半分以下でした。
もちろん、仕事をする上での周りの環境もあります。狭い廊下、部屋で仕事をするのと、ゆったりとした廊下、自分の部屋でのびのびと仕事をするのでは、同じ仕事の内容でも気分が全く異なります。
日頃、私たちのほとんどは、目でものを見て行動しています。
しかし、目にみえないものは実は世の中に沢山あります。
それは比較することで その違いがはじめてわかるのです。
日常の行動、考え方、生活から少し離れて、見えないものも沢山あることを考慮に入れて物事を観るということは、物事を的確に判断、認識する上ですごく大切なことです。
080814
昔は(私が子供のころ)、車にエアコンなどなく、夏は窓を開けて(三角窓もありました)走っていました。
その頃は、車もまだ少なく、舗装道路も街中だけでした。
テレビもやっと普及しつつある時期でした。
それから、どんどん人口が増え、科学が発達し、それに伴ってエネルギー消費量が増えていきました。
道路も今はアスファルトが当たり前です。(あのアスファルトの黒も熱を吸収し発生させ、温暖化の一要因ではないかと思っています。)
地球温暖化の原因としてCO2のことががさかんに議論されています。
人間が呼吸により酸素を取り入れ、二酸化炭素を吐き出しています。人口が増えれば、それに伴い、CO2が増加することは当たり前のことです。
それとは別に、温暖化の最も大きな要因と思うのは、エネルギーを消費すると必ず熱が発生するということです。
つまり、エネルギーを使えば使う程熱が出るのです。
その消費に伴う熱量は半端なものではないでしょう。
しかし、そのこと、ひいては太陽エネルギーの増加に伴う地球の温暖化についてもマスコミは全く取り上げていません。
また、ひょっとして地球自体のサイクルとして現在が温暖化の時期にあるのかもしれません。
しかし、温暖化の原因は、何故か、CO2一色です。
不思議に思いませんか?
CO2が仮に減少して(無理でしょうが)、それでも温暖化が続けば今度は温暖化を何のせいにするのでしょうか?
080812