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2010.05.25 07:10 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  Dr.K  | 推薦数 : 0

脳死

 今の日本の法律では脳死=死です。
 以前は、死の定義に年齢制限があったのですが(これもおかしな話なのですが)、この年齢制限の枠がなくなりました。
 これは、生きている肉体つまり臓器を移植できるようにするための便宜上の死の定義です。
 つまり方便なのです。
 年齢制限をはずすとより多くの臓器が移植に使えると単純に思っているからです。
 この背景には、これまで海外で臓器移植が出来ていたのに、各国がドナー不足のために自国民だけしか移植ができないというルールを作ったからです。
 つまり、日本人は日本国内で移植をしなさいということです。
 そもそも、移植の前提に臓器はモノという意識があるから、モノなら取り換えればいいという発想になるのです。
 もし、臓器が単なるモノではなかったらどうでしょうか?
 ある臓器は他のすべての臓器と密接に関係があります。
 臓器は生きているから移植ができるのです。
 その臓器が生きているということは、肉体としての人も生きているということです。
 脳死は人の死という単なる取り決めで、その生きている肉体から臓器を取り出し肉体としての死、さらにその行為によってその人に死の宣告をするという医者がこの日本に何人いるでしょうか?
 私ならものすごく気分が悪く後味も悪いと思うので関与しません。
  私は誰かひとりを生かすために、他の一人の死を受容することはできませんし望みません。
 生きる事だけにフォーカスするのではなく、その先に全ての人を待ち受けている死という厳然たる事実に対しても考えていかないとどんどん医療はおかしくなっていくばかりだと思います。

                        090623

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