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今の日本の法律では脳死=死です。
以前は、死の定義に年齢制限があったのですが(これもおかしな話なのですが)、この年齢制限の枠がなくなりました。
これは、生きている肉体つまり臓器を移植できるようにするための便宜上の死の定義です。
つまり方便なのです。
年齢制限をはずすとより多くの臓器が移植に使えると単純に思っているからです。
この背景には、これまで海外で臓器移植が出来ていたのに、各国がドナー不足のために自国民だけしか移植ができないというルールを作ったからです。
つまり、日本人は日本国内で移植をしなさいということです。
そもそも、移植の前提に臓器はモノという意識があるから、モノなら取り換えればいいという発想になるのです。
もし、臓器が単なるモノではなかったらどうでしょうか?
ある臓器は他のすべての臓器と密接に関係があります。
臓器は生きているから移植ができるのです。
その臓器が生きているということは、肉体としての人も生きているということです。
脳死は人の死という単なる取り決めで、その生きている肉体から臓器を取り出し肉体としての死、さらにその行為によってその人に死の宣告をするという医者がこの日本に何人いるでしょうか?
私ならものすごく気分が悪く後味も悪いと思うので関与しません。
私は誰かひとりを生かすために、他の一人の死を受容することはできませんし望みません。
生きる事だけにフォーカスするのではなく、その先に全ての人を待ち受けている死という厳然たる事実に対しても考えていかないとどんどん医療はおかしくなっていくばかりだと思います。
090623
お母さんがその子供が怪我をしたりお腹を痛がったりしたとき、よしよしと傷の処置をしたりお腹をさすったりします。
すると何故か痛みが軽減した記憶はありませんか?
早く元気になって欲しい、早く良くなってほしいという切実なる願い想いから母親はそうするのですが、その根底には無私なる愛があります。子供が愛おしいという愛の力が傷や痛みを癒しているのです。
キリストが数々の奇跡を起こしていますが、それらの奇跡もその根底にあるのは愛です。
本来、治療というものはその人が健康な状態、元の状態になって欲しいというその人に対する愛から生まれたものでしょう。
しかし、その本来の気持ちが無くなり、治すという行為のみが治療だと勘違いしている医療関係者がほとんだと思います。
私自身もかつてそうでした(反省)。
もう一度原点に戻って愛ある治療、その結果が治癒に繋がる医療をしていきたいと思い日々実践しています。
090610
最近、街中、電車で気づくのは口を半開きにしたひと、とくに若者が多いということ。
見てて締まりがないし、それがきれいな女の子だと愕然としてしまいます。
外で化粧するのもそうですが、もっと、まわりの状況を自覚してもらいたいと思います。
自分を意識するのなら、特定の人のためにだけきれいな自分を見せるのではなく、その自分が外から(他人から)どう見られているかも是非意識して頂きたいと思います。
医学的には、本来鼻呼吸をすることで細菌やウイルスの付着を防ぐことができているものが口呼吸をすることでそのバイ菌が素通りし、体内に入り様々な病気の要因となったりします。
そして口を開けたままにしていることから、口の周りの筋肉が緩み、睡眠時無呼吸症候群の原因の一つになるとも言われています。
実際、鼻呼吸のほうが集中力も長く続き、睡眠の質も良いことが分かっています。
外見上(見た目)、口呼吸はカッコ悪いし、内面的にも健康を保つ上で、是非、鼻呼吸を意識的に心がけて欲しいものです。
090604