食事が食べられなくなると、入院中のほとんどの高齢の患者さんは胃ろう造設をすすめられます。そして胃ろうをつくります。造設の簡易キットもあり、局所麻酔下にわずか15分で造れます。
そのほとんどの人は意思の疎通はとれない寝たきり老人です。赤ちゃんと同じで、一人では何もできません。しかも、身体が赤ちゃんと比べると大きいので何をするのも人手がかかります。
本人は、果たしてそんな状況を望んだのでしょうか? あるいは望んでいるでしょうか?
自分が、将来、食べられなくなったときそういう状況を望みますか?
食欲は、3大本能の一つです。食べられなくなったら、動物、生物としての終わりではないのでしょうか?
その、生物的な終わりを無理やり医学という科学で引き伸ばしてもいいものなのか?
胃ろうからfeedingされているひとに人間としての尊厳は感じられません。
もっと考える必要があります。入院費、人件費も余計にかかります。
アメリカでは、認知症患者の胃ろうは造らないそうです。
その辺は、もっとアメリカに学んだ方がよさそうです。
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