人と関係を結ぶとき、特に男女関係、婚姻関係になるときにはそのふたりのエネルギーの純度により、その粗い方に純粋なエネルギーが引き込まれ吸収されます。その粗い人が、意識的かどうかは問題ではありません(粗さと善悪は無関係です)。
それを、恋は盲目と言います。
周りのひとは、ふたりのエネルギーフィールドの外にいるので、二人の関係を冷静に見て判断できますから、どう考えても釣り合わないと思って忠告したりしますが、ふたりにはその意味すらわかりません。
両親が、ふたりの結婚にもしも異議を唱えるなら、深い意味があるのです。
しかし、当人同志はわかりません。
いわば、エネルギーの純粋なひとは魔法にかけられた状態になります。
魔法に掛かった状態なので、周りの声は届きません。
しかしながら、結婚して年月が経ち、エネルギーの純粋なひとが、意識レベルが上がり、自分に繋がるとそのエネルギーが本来の強い、濃い状態になりある日、突然、魔法にかかっていたことに気付きます。
当たり前だった関係に疑問が浮かんできます。
実は、最初からエネルギーが釣り合っていない関係だったのです。
エネルギーの純粋さは、生まれ持ったものなのでなかなか人為的に変えられるものではありません。
生きる世界がその純度によって異なります。違う純度のひとが一緒に生きるのは難しいことです。
多くの人は、その純度の差に気付いていないので、人生はこんなものと諦めていきるか、何故なんだろうと悩みながら生きています。
しかし、一度(ひとたび)エネルギーの純度の差に気付くと、これまでの人間関係がすべて理解できます。
実にシンプルです。
同じ純度のエネルギーの人としか平安は共有、分かち合えないのです。
世間では、そのことを類は友を呼ぶと言っています。
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