ひとからかっこいい!と思われるような人物(雰囲気、生き方)になりましょう!
余りに格好悪いひとが、特に大人に多すぎます。
子供は大人をお手本にして意識的にも、無意識にも成長していきます。今の世は、我々大人の生き様が現実に現れているのです。
かっこいい人がいれば、その人に憧れ、その人のようになろうと真似をします。逆もあります。格好悪い人が多ければ、無意識にそうなってしまうのです。
現代に、かっこいい人はいるでしょうか?政治家、俳優、メデイアの中でかっこいい人は皆無に近いと思います。
今の老人は、戦争という大きな試練の中で精魂尽き果てられたのかもしれません。それにしても、余りに格好悪い人が多すぎます。
その中で、かっこいい老人もおられます。その違いはなんでしょうか?
意識の持ち方だと思います。
老いは醜いもの、諦め、消え去るもの、生活レベル、身体レベル、代謝レベルが下がるもの等マイナスの観念が強すぎるのです。
老いとは、本来、年齢の積み重ねであり、その積み重ねにより知識、体験、洞察力がどんどん増えていくものです。しかしながら、いつの間にか老いるとはそうじゃなくなっています。
ワインは古いものほど熟成し、まろやかさを増していきます。レアものは必ず年代のたったものです。
ひとも本来、年齢を重ね徳を積んで熟成された人格者になっていくものです。
賢人は、老人です。
ひとりひとりが、その事を自覚しかっこいいひとになりましょう!
かっこいい人が増えれば、世の中こっこいい世になります。
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この世界は、1+1=2という大前提で成り立っています。
今の数学、物理学もこの前提があるから成り立ちます。
もし、1+1=3 あるいは 1+1=5の世界があれば、今の数学、物理学は成り立ちません。相対性理論も、量子力学も崩壊してしまいます。
この日常の便利な生活も異なったものになるでしょう。
しかしながら、全く変わらないのもがあります。
自然です。
自然の世界は、1+1が何であろうと関係ありません。
この自然を何とか理解しよう、理論づけようと人が1+1=2という世界を創って表現しようとしているだけです。
単なるひとつの理解の方法にしばられて、その世界で説明できないから本当だ、ウソだと判断していること自体がナンセンスです。 余りに今の世界に染まりすぎです。
いくらでも別の世界が存在しうるのです。
たまたま、今の世界を人類が選択しているだけです。
別の選択も、選ぼうと思えばすぐにできます。
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人が営みをいていくうちに色々疑問がでてきます。日常生活をする上では何ら問題ないことでも、気になり出したら理由を知ろうとします。
昔は、天動説が一般でした。徐々に視野、視点が拡がり、意識が進化していくうちに、それは間違いだということがわかりました。
そのようなことが、この世界には山ほどあります。
いまある現象を科学的に証明したいのです。そして、証明できないものは真実ではないと思っています。
誰でも意識を持っており、意識を意識できます。しかし、その意識はどこから発生してどこにあるのか誰もわかりません。
つまり、意識は現代科学では証明できないのです。
今の科学からすると意識は証明できないのですから、真実ではありません。しかし、意識はうそだ、存在しないという科学者はいません。
宇宙は、いまだに膨張を続けています。どこまであって、その先の世界はどうなっているのか、それ以前はどうだったのか誰もわかりません。皆、そのことは周知の事実なのに誰も何も言いません。解らないからです。
本来、解らないことを解ろうとして科学は発達してきました。しかし、人の脳で考えられることなどほんの少しでしかありません。天才科学者は、皆インスピレイションで物事の道理を得ています。誰かあるいは何かから教えてもらっているのです。
世の中、知らない世界だらけだということが真実で、知ってる世界はほんの僅かです。
広い広い野球場で、懐中電灯で一筋の灯りをともして見えてる空間をこの宇宙と思っているのがこの世の中です。
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朝起きた瞬間に気分がいいと、その日は1日いい気分で過ごせます。
逆に、いい気分でない状態で起きた時は、なかなか充実した1日はおくりにくいものです。
天気がいいと、物事はクリアーに見えたり、思えたりします。雨だと、見通しは悪いし、得てしてふさぎ込みがちです。
かといって、天気ばかりだと干ばつ、水不足といった問題も起こり、適度な雨も必要です。
同じように、気分もいいに越したことはありませんが、たまにはふさぎ込むことがあって、よりいい気分を実感できます。
天気はなかなかコントロールできませんが、気分は、意識次第でコントロールできます。
いい気分で、目覚められなかったとしても、敢えていい気分になることを意識しましょう。楽しかったこと、いい気分だった出来事を思いだしていい気分になればいいのです。
いい気分はますますいい気持ち、いい出来事を呼び込みます。
いい気分でいましょう!
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世の中は常に進歩しています。1秒でも1mでも早く、短くなるように技術革新しています。そのために、犠牲になるもの、ことも沢山あります。自然(地球)がその最大なる犠牲者です。
人類は、無からものを創り出せません。何かを使って、その代替えでものを造っています。
そのために犠牲になっている微生物を始めとする無数の命。
無数の命の犠牲の上に、人類の進歩は成立しています。
進歩することは、本当に進化なのでしょうか?
進化する上で、必要なくなったものは退化していきます。
つまり、退化も進化の一部なのです。
前にばかり進むんじゃなくて、たまには、停まったり、後ろを振り返ったり、逆戻りすることも必要です。
この人類の進歩を振り返ったら、果たして本当に進歩していると言えるのでしょうか?余りにも自然の犠牲が多すぎるように思います。
1秒長くなっても、1m延びてもいいじゃありませんか。
今の生活に比べたら多少不便を感じるとしても、それで他の命の犠牲が減るならそれくらいは我慢すべきではないでしょうか?
決して、命という立場では上下はなく、人間が1番偉いはずがありません。
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