努力というと、私の場合、以前はアニメ巨人の星の星 飛雄馬を思い出していました。汗水たらして日々血の出るような猛練習をするというイメージがあります。
しかし、努力とは、努めること、精を出すこと。ほねをおること。と広辞苑にあります。3番目のイメージが強すぎたのかもしれません。
最近は、努力とは、本来、決めたことを毎日精をだしてこつこつやることだと思っています。 決して、骨はおりません。
思考は現実化するとよく言われ、宝地図を造れば、想いが現実化すると流行っています。 しかし、思考はあくまで思考です。想っただけで動かないと現実化しません。高い山に登ろうと思えば、それ相応の準備をして、自分で登っていかないと決して頂上には着きません。高ければ高い程きつい思いをします。きついからと途中で止めたら、永久に頂上にはたどり着きません。
ある成果を得ようと思えば、それ相応の努力が必要なのです。
努力なくして成果はありえません。楽をすれば、楽をしただけの成果しか得られません。
この世には、厳然たる原因と結果の法則があるのです。
ある原因(努力)に対しては、それ相応の結果(成果)が現れるのです。
そこのところを、とばして成果(結果)だけに焦点をおく風潮があります。
だから、ほとんどの人は想いは叶い難いのです。
想いは、本来の意味の努力をして始めて叶うものです。
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