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2008.06.17 06:30 |  生活 / くらし  |  Dr.K  | 推薦数 : 0

比較

 私たちは意識的あるいは無意識のうちにあらゆるものを比較し、判断(ジャッジ)しています。
 自分より、背が高い、低いというどうにもならないことも、自分よりいい物、服、時計をもっているといった何とかなるもの(物欲)も比較し、一喜一憂しています。
 自分の外に対してばかりか、内側でも、この消極的なところが嫌い、内気な自分が嫌などと比較、判断しています。
 その判断は誰がするのでしょうか?自分という意識です。自分という意識はどこから生まれるのでしょう?自分と人を区別するためです。あるいは自分を同定するためです。

 でも、本当に区別する必要があるのでしょうか?
 宇宙はひとつ、人類は皆兄弟といいます。ならば、区別する必要はないと思います。
 外に対して、自分の劣等感があるから比較します。劣等感がなければ、自分を信じていれば比較する必要はありません。
 内に対して、自分に劣等感があるから比較します。劣等感がなければ、自分を信じていれば比較しません。劣等感は本当に劣った感覚なのでしょうか?自分の思い込みだけかも知れません。

 そのままをすべて受け入れればいいのです。それを、受け入れずに、拒絶するから葛藤が起こります。悩むんです。自分を否定するからいろんな問題が心、肉体に起こります。内側はすべて自分です。嫌と思っている(思い込んでいる)部分も嫌と思っている間は異聞が受け入れられないから、自分が受け入れるまで、自分の内側、外側の世界で受け入れることを教えてくれます。
 自分という存在を肯定しましょう。
 自分というかけがいのない存在をもっともっと受け入れましょう!

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コメント

コメント一覧

自分を見つめるようになってから、自分の劣等感、自分を信

じること(自信)が何なのか、ながめています。

まだ、模索中です。ひとつずつ、自分と向き合ってみます。
written by 涼音 / 2008.06.22 16:31
自分を受け入れるにはひとつひとつ向き合って行くしか方法はありません。
地道にひとつひとつ向き合って下さい。
向き合えるだけすごいと思います。
なかなか自分にも向き合えないもものです。
written by Dr.K / 2008.06.22 21:18

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