いろいろな人が先生と呼ばれます。学校の先生、代議士の先生、医者の先生。
私は、何か特別な知識、技術を持っているからその部分を持っていない人に教える立場にあるから先生と呼ばれるのだと思います。
広辞苑では、①先に生まれた人。②学徳のすぐれた人。自分が師事する人。また、その人に対する敬称。③学校の教師。④医師、弁護士など、指導的立場にある人に対する敬称。⑤他人を、親しみまたはからかって呼ぶ称。
だそうです。
ちなみに、医者の世界で考えると、最近はサービスの観点から患者さんは(患者様と呼ばねばならないらしい)お客様らしい。
しかし、医療の本質は、サービスではありません。医者は、専門的な知識を駆使して患者さんの病気が治る方向に導くガイドをする役割を持っています。だから、先生と呼ばれているのです。その先生が、患者さんを患者様と呼ぶというのはちょっと違う気がします。
義務教育が済んだ高校生、大学生は在る意味、学校にとってお客さんだから~様と呼びましょうというのと変わらないと思います。学校の先生は、生徒は何か専門的な知識を学ぶために高等教育を自ら受けに来ている訳ですから彼らに対して先生としてきっちり接して欲しいと思います。
同様に、医者も患者さんに対して先生としての自覚を再確認し、威厳を持って(偉そうにするのではなく)接していって欲しいと思います。
先生と呼ばれるからにはそうじゃない人と立ち位置が違うのです。そこを自覚していない人がいます。もちろん徳のある人(先生)は自分から相手の位置に合わせに来てくれます。しかし、相手が先生の位置に合わせるという逆はあり得ません。合わせられないです。
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おはようございます。
昔に比べると、うやむやにされている事、うやむやに流されている事が 多くなってきているのが現在なのかもしれません。 その傾向が 各々に置いて侵食されているのもいなめない現実があります。 指導的立場の専門職にある方々が 今一度、プロとしての自覚と 威厳を再認識するという意識とその発言は 混沌としている現在に ピリっと身が引き締まる思いがします。 どのプロフェッションでも 職務中はプロに徹するのが あたり前と肝に思っています。
医師法第一条の ”医師は その専門知識を持って 国民を健康に導く、、、”。 患者側も 専門知識を持っている先生に委ねて病院に行きます。 その立ち位置の違いは患者も認識しているとは思います。(たぶん) 威厳を持っている医療従事者なら良いのですが、 その専門職を 別の意味で徳を積んでいない 人は 肩書きで 偉そうにしている 医師達もいます。 先生の言う 先生としての自覚を持ってない 先生です。
話は変わりますが、現代で耳にする 医療は サービスというのは あまりにも そういう先生達が 医療を行っている際に 言葉の大切さをしらずに 患者に発言したりした結果ではないでしょうか・・・・ 我々、患者は 生身の人間ですから。
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