以前書いた胃癌のおばあちゃんは、御本人とお話をして(癌とは告知していません)予定どおり1時間で手術を終え、今は元気に(no trouble)ご飯をもりもり食べられています。御本人はすべてに感謝されるかわいい方で(今は)、このような方が何故癌になっとのかと逆に不思議なくらいです。昔、大変苦労されてたんだろうなと察します。
膵癌の患者さんは、本人、家族の強い強いご希望もあり10時間近い時間をかけて何とか癌は切除できました。一旦は元気になられましたが、肺合併症から多臓器不全に陥り人工呼吸器にて管理していましたが残念ながらお亡くなりになりました。御本人、家族の方は手術できた時点で生きる望みをもつことができて感謝されていました。御本人も生きられると思いながら亡くなられたので満足されているのではないかと思います。 手術をしたことで満足され、バーンアウトされた可能性もありあます。
この患者さんは、私が主治医ではありませんでした。個人的には、手術できるかどうかだけにこだわられてその後(合併症、予後)については十分考えられていなかったのではと少し残念に思います。主治医は十分話しをしていますが、多分、御本人、家族の方の耳には全く入っていなかったのだと思います。
もし、私が主治医なら手術はしていません。そして、この患者さんは、別の手術をしてくれる医者、病院を探されたでしょう。従って、患者さんは、この病院で手術をしてくれる医者と出会い満足されていると思います。私が主治医だったらきっと恨まれていただろうと思います。
PS:膵癌は、今の医学では残念ながら診断された時点で手術できる可能性が極めて低い病気です。
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私の知人で毎日のように病院、医院に通っている70代の女性がいます。
彼女によれば、家族関係に恵まれず、そのためか、30代後半から買い物依存症が始まり、太りはじめ、それとともに子宮筋腫、卵巣嚢腫、胆石症と3回手術をしており、骨折でも足、手首と2回入院治療したそうです。今は、リウマチ、肥満による高血圧、高脂血症、痛風で通院しており、山ほどクスリを飲んでいます。そういう人は一つの医療機関で満足せず、いろんな病院にかかります。そして、時間、手間、お金をかけます。今回、耳下腺炎にもなって辛いと愚痴をこぼしています。
病院に行けば、先生が親身になって話しを聞いてくれ、病気だから周囲の人が優しくしてくれます。
基本は彼女は、淋しいのだと思います。愛が欲しいんです。家族にかまって欲しいのです。そのベースは自分に自信がないんだと思います。健康になったら、誰もかまってくれなくなるんじゃないかと不安なのです。その心の情景が体に現れていることに気付きません。今は、病人の世界にどっぷり漬かっていますからその世界しか見えません。もし、健康な世界に足を踏み込めば健全な別の素晴らしい世界があるのに、病気の世界にしがみつき恐くて健康になれないのです。だから、次から次へと病気を生み出し、しがみつきます。
彼女の口癖は、だってしょうがないじゃない。病気なんだから。自慢そうに言われます。
しょうがなくない。自分で病気を創っているんだよ、健康になれるんだよと話しても、聞く耳を持ちません。こころが(考え方、意識の持ち方が)不健康なんだよと話すのですが聞いてもらえません。
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医師であり、春日大社の宮司である葉室頼昭さんの「大祓知恵のことば」という本を読みました。
その中で、ウィルスはガンでもエイズでも病気をもたらす悪魔のように思われていますが、そのウィルスがなかったら人間は進化してこなかった。無数のウィルスやばい菌を防ぐ抗体をつくって今の人間がいます。悪いことを自分のプラスに変えないと滅んでいく。環境の厳しさを自分のプラスに変えられない、つまり進化しなかった生物は全部滅びていま一匹もいない。鳥インフルエンザが流行し一度に何万羽もニワトリが死んだということは、その免疫をニワトリがなかったことを示している。今は、ニワトリは養鶏場で人工的に飼育し、一度に多くの卵を生ませたり、肉を太らせたりと、人間の都合で檻の中に閉じ込めて運動もさせず、しかも飼料の中に抗生剤などの薬をいれるために、ますます免疫の能力が低下している。だから、一度インフルエンザにかかるとあっという間に広がる。それを防ぐために何万羽のニワトリを殺さなければならなくなる。人間のエゴイズムそのものです。人間の目的のため飼っていたニワトリが病気になり、人間社会に害を与える恐れが出てくると、全て殺しても当然だと思っている。近頃の子供のように外で遊ばず、1日中家でテレビを見たりインターネットなどをして、しかも食べる物は全てクスリ漬けというようなものばかり。しかも病気になるとすぐクスリでばい菌を殺すというようなことをやっていると、やがてはニワトリと同じ運命になるのではないかと心配になる。戦争絶対反対と叫んでいる人間でも、自分に都合が悪いと、何万羽という鳥を平気で殺してしまう。それを聞いて何にも思わない。人間は殺してはいけないが、他の生物は殺してもよいというわけでしょうか。命に差別をつける、これを罪とは思わないのでしょうか。
と、書いてありました。
私達大人は、今の子供達をブロイラー化してないと言えるでしょうか?
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ポール・マクリーンさんによれば、人には3つの脳があるそうです。脳幹が、1番古い脳で約2億年前に出来た主に身体的経験を司る部分で爬虫類型脳といいます。次に、大脳辺縁系ができ、主に情動的経験を司り、原始哺乳類型脳と呼び、最後に皮質部分が出来上がり、知的経験を担当し、新哺乳類型脳と呼びます。この、爬虫類、哺乳類、新哺乳類の形は正に人が受精して母胎の胎内で成長していく姿そのものです。その3つの脳を支えているものが脳幹上部と中脳、脊髄であり、いわば、自動車の車台シャーシにあたり、神経上の車台です。この車台を制御する運転手にあたるのが3層の脳です。私達の体験的日常意識は爬虫類型脳が担当し、感覚ー運動活動を行い、外界についての学習を最深部の脳に記憶し、反復学習をすることで無意識的に行えるように自動化する機能を兼備しています。私達の個体維持と種族保存に関する基本的生命活動のための知的システムです。その基本の上に情動的着色をするのが原始哺乳類型脳です。知性、創造的思考、抽象的思考などに代表される精神機能や、共感、愛、同情などの複雑で高次な感情に関する知的システムが新哺乳類型脳で、他の脳機能を映し出す意識の巨大な神経スクリーンの役割も担っています。入ってきた感覚、情報の電車の終着駅にあたり、また身体運動の意識的制御にも関与しています。
よく右脳型人間、左脳型人間と言われていますが、実際は右と左には脳梁という架け橋が無数にあり、左右全体で一括して制御しているそうです(女性の方が男性より脳梁の数が多いそうです)。
参考:脳と波動の法則 濱野恵一
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