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2007.03.27 11:35 |  診療  |  Dr.K  | 推薦数 : 0

Dr.ショッピング

  何か買い物をするとき、情報を集めて少しでも安くて良い物を選びます。洋服を買う時も色々お店を回って自分に似合う洋服を探します。車を買う時もメーカー、車種を検討し、サービスが良くてより安い営業所を探します。便利さやアフターサービスも考慮します。
 では、病気になったらどうするでしょう?近所の医院か病院に大抵は行きます。ある意味、自分の命をそこに預けるのです。この世で一番大切なもの、値段のつけられない程貴重なものに対してそんな安易な選択でいいのでしょうか?近くの病院、医院は評判、うわさを耳にしているはずです。よくない評判の場所にあなたは行きますか?医院、病院は何故か行くのです(行く前も、行った後もブツブツ文句をいいながら)。だから、どんどん評判は悪くなってもその医院、病院は潰れません。そのような場所には行かなければいいのです。場所にもよりますが、医院、病院は探せばいくらでもあります。仮に少々遠くて不便でも命がかかっていたらそんなこと言ってられないのではないでしょうか。今現在、医院、病院、医師に不安、不満があれば遠慮なく転院、転医を考えましょう。セカンドオピニオン、サードオピニオンを求めるのは患者さんの権利です。そのようにしてその医院、病院、医師に現実の実態をわかってもらわないと何ら改善は期待できません。悪いものは本来は淘汰されるのです。淘汰されないのは何故か少し考えてみる必要があります。良い物を選択すればいいのです。日常の買い物と一緒です。

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2007.03.20 11:29 |  診療  |  Dr.K  | 推薦数 : 1

インフォームドコンセント

  医療の現場で説明と同意が求められています。これから行う医療行為についてこれから治療をすることによるメリット、デメリット、しないことによるデメリット、メリット、代替治療の有無について詳しく説明し患者さんの同意を得て初めて治療行為が行えます。しかし、これはあくまで原則であり、実際はほとんどが説明もなくその医師の知識、経験、考え方の範囲での医療行為が行われています。それでは治療に偏りがおきますから最近は個々の頻繁にある病気に対しては、その治療のガイドラインがあり、標準的な(今、日本で最も一般的に行われているという意味で)治療の指針にそって多くの医師は治療をしています(そのはずです)。
 しかし、大原則は、治療の選択権は患者さんにあるということです。患者さんが自分の病気にどう対面するか。例えば、胃癌になって治療を希望すれば、その患者さんにとって最良の方法を医師は行います(本来は)。しかし、患者さんが治療をしないという選択もあり、それに対して医師が意見をいう資格はありません。デメリット、メリットについて医学の専門知識をコメントするだけです。しかしながら、現状は治療をしないと大変なことになりますよ、死にますよといわば患者さんに脅しをかけて治療をする方向に導こうといている医師が多いと思います(私も以前はそうでした)。彼らは(自分もそうでしたが)、基本は仕事熱心で真面目なのです。命を助けるという使命感に燃えているのです。何とか、命を助けたいのです。しかし、患者さんは自分の意思で別の選択枝を選んでもいいのです(そのためには、患者さんはその病気について知識を持つ必要があります)。そのことで、その医師、病院と万が一きまずくなりそうならばまず、責任者、多くは病院長と会って自分の意見を聞いてもらい、それでも駄目ならば別の病院に行けばいいし、病院に行かないという方法ももちろんあります。病院は山ほどあります。自分の命は自分しか守れません。医師は命の身代わりはできません。患者さんが命を永らえる最良の方法、手段を提供するだけなのです。
 患者さん、家族のかたが、治療に対して、その方法、手段が医師とじっくり相談しても自分達の意に添わなければNOとはっきり言っても全然構わないのです(勇気はいるでしょうが自分の命がかかっているのです。命がけで行動する必要があります)。

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2007.03.13 10:58 |  診療  |  Dr.K  | 推薦数 : 0

寿命

 日本人の平均寿命がのびたことに医療の進歩が貢献していることは誰もが認めることだと思います。心身ともに健康で自分で食事も食べられる状態でそれなりに意識もはっきりした状態での高齢化は良いことだと思いますが、病院にいるといろんなことがわかります。例えば、高齢で寝たきりのボケて食事摂取量が少なくなった御老人は、以前は老衰ということでそのまま自然に寿命を全うされていたと思います。しかし、今は鼻から経鼻栄養をしたり、高カロリー輸液をしたり、PEGといって胃にお腹からボタンのような器具を装着しそこから直接栄養剤を注入する方法をとって生かしている施設が沢山あります。食事時にその病室を訪れると、全員がかたまっていて栄養剤が胃につけた管から注入されています。ちょっと不思議な光景です。人間が入院している病院とは思えません。そうまでして生かすことに意味があるのだろうかと疑問を感じます。では、どうすればこの状況を変えられるのか。多くの医療者は以前にも書きましたが生かすために人間の尊厳等を度外視して懸命に医療行為を行います。彼らの価値観を変えることは非常に難しいと思います。使命感に燃えて仕事をしているのですから。患者さん本人はボケて意思疎通ができませんからその時点で判断能力はありません。判断能力があるときにリビングウィルといって自分のいずれ迎える死に対する自分の考えを表明しておくのも一つの方法でしょう。あとは、患者さんの家族の意思です。医師のいいなりになるのではなく、その大切な肉親の命の尊厳を守るためにそのような医療行為に対してNOと意思表示をすればいいのです。もちろん、嫌な顔をする医師もいると思います。言いにくいかもしれません。でも、患者さんにも自分のもともとの寿命を全うする権利があります。そして、家族はその患者さんがどのように自分の死を迎えたいかわかっています。決して安楽死ではなく、老衰、元々の寿命なんです。
人はどうあがいても必ず100%全員が死にます。
私は本来頂いていた寿命を大切にしたいと思います。

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2007.03.06 11:12 |  診療  |  Dr.K  | 推薦数 : 1

手術の成功、失敗

 よくテレビのドラマで手術が終わったら、執刀医が手術は成功しましたという場面があります。実際の医療現場では手術は無事終わりましたといいますが、成功しましたとは言わないと思います。時々、患者さんから手術は成功しましたか?と聞かれることはありますが。
 そもそも、手術が成功するとはどういうことでしょうか?悪い部分を取りきって二度とその病気にならないと確信できれば本当の意味で成功かもしれません。しかし、特に癌の手術では絶対はありません。どんなに早期の癌でも再発の可能性はゼロではありません。目で見て悪い場所を含めて取っているのが現状です。目にみえないミクロな部位があっても現代の西洋医学ではそこは認識しようがありません。従って無事に手術が終わることが手術が成功したというんだと思います。そうならば、手術が失敗することはまずありません。ほとんどすべてが成功です。癌が予想より進み過ぎて取れないことがあっても(インオペといいます)無事手術が終われば、手術は成功です。取るリスクより取らないリスクの方が良いこともあります。
 以前アナウンサーの逸見さんの胃癌の再手術を某有名教授が執刀され、逸見さんは術後まもなく亡くなられました。私の回りの外科医の間ではあれは無謀な手術だという意見ばかりでした。あの手術は、目に見える部分だけに囚われて目に見えない病気全体を見失っていたと思います(上記の定義なら手術は成功していますが)。
 手術に限らず、物事に対峙するときは目(五感)だけに頼らず目に見えない部分も大切にして全体を意識しながら対応していければと実感します。

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