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2008.06.18 15:18 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  かおかおはは  | 推薦数 : 2

こころ

こころ、を扱うことははとても難しいです。こころ、が病んでいるとき、それが病気、なのかそうでないのか、、、。

社会が複雑になるとこころも複雑になります。新しい病気がたくさん見つかっていくようにこころの病もバリエーションがどんどん出てきます。

世界から見た日本人の特質は気遣いが細かい、態度があいまい、はっきりしない、奥ゆかしい、他人の目を気にしすぎる、本音と建前が違いすぎる、良いこと悪いこといろいろありますが、どうも気遣いが細かいため他人を気にしすぎることからコミュニケーションが上手くいかなくなりこころが病んでしまうケースに最近良くあたります。特に20代から30代前半に多い気がします。みなさん普通に就職し働き出した人です。

でよく聞いてみると共通するのが口に出して話をするのがおっくうだったり苦手だ、ということ、これといって趣味がなく、なんでもそのとき流行したことは一通りやったけどいつでも何でも出来るから特に固執しなかった、ということと。

話をするって口に出してするでしょう、と思いきやそうです、メール、ブログなどのツールで出来てしまうんですよね。私なんかはこういう書く作業も好きですが基本的に誰かと面と向かって話をするのが大好きです。でも彼らは無機質な字での表現は出来ても対人ではもどかしくなってしまうらしい。ある人が言っていたのはメールは何度も読み直して書き直すことは出来るけど人と話すとき言う言葉はいろいろ気になって、、、その人がどう思うかとか、適切かとか、、、。気になりすぎて話せない、らしい。また話すことは話すけどいろいろ考えるのが面倒くさくて、メールならスルーも出来るし適当にするのも簡単、表情がわかんないし、など。

対人って彼らが避けていること自体がとても面白いのだと思っていたのですが彼らにとってはどうも違うらしい。

それと彼らは多くの場合欲しいものは何でも手に入って回りもそうで群れるけど適当に群れて適当に何でも出来たけど熱中するのは短期間、なんだそうです。でもいろいろ選択肢があったから楽しかったのでは?と思いきやそのときは面白かったけど、、、という返事。

どうも受身感覚が強くて自分からとことんいくぞーというところがその時までなかったようです。。

でもって働き始めると今までのように受身だけだと仕事が上手く進まない。夢中でついていこうとせざるを得ないわけですが、ここで初めてたくさんのコミュニケーションと自分からの働きかけをし始める、、、さて、どこまですればよいのか、間の取り方が上手く出来ない、そしていっぱいいっぱいになってしまう。

 人間と人間、誰もが持っている心と心のつながりはふれあわなければ出来てこないものだと思います。けんかをしてこころを傷つけあうことを避けるだけが良いことではないと思うのです。そしてそれは小さいときからの積み重ねで養って得ていくものではないでしょうか。

 何でも適当に手に入るけど何でも適当に避けられる、、、。世界レベルのいろいろな変調からも日本にも今まですぐに手に入ったものが手に入らなくなり、目の前にある現実を避けられない日がやってくる気がします。その時ににっちもさっちも行かなくならないよう教育も政治も生活も真剣にむきあわなければいけないのではないでしょうか。

もちろん医療も含めて、、、。

 

 

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 m3.comでもほかのサイトでも中国、ミヤンマーの災害をめぐるそれぞれの国の駆け引きについて日本と言う国との関係の中で多くの議論がなされています。

中国もミヤンマーも対外政策、国の事情がある、と言うことは議論として理解することは出来ます。国と国との駆け引き、と言う議論が必要だと言うことも頭では理解できます。

でもテレビの画面、インターネットのその向こうにいる彼らは、心臓をトクトクと動かし生きている同じ人間。

議論は置いといて、本当に助けられないのかな、と思うのは私だけではないと思います。

私は産婦人科医です。自身が分娩の取り扱いをしなくなった4年前まで15年間たくさんの妊婦さんの分娩に立会い新しい命の誕生に立ち会ってきました。そして勤務先の環境のためもあり世界各国いろいろな国の人たちの分娩に立ち会いました。言葉がわからなくても国が違っても新しい生命が誕生するとき妊婦さんと私達スタッフは皆一つでした。言葉も違い、国も違い、文化も違う人たちですが生まれてきた瞬間児が初めてあげる産声は違いません。生まれてくる児は皆精一杯生きようと産声をあげる希望の新しい生命でした。いつもいつも思ったものです。皆トクトクと心臓を動かす同じ人間だよね、って。そして生まれてきてくれてありがとうって。

テレビの画面、インターネットの向こう側にいる同じ心臓を動かして生きている彼らは本当はどう考えているのでしょう。国のためなら仕方ない、と自分の子や親をなくしても本当にそう納得できるのでしょうか、、だとしたら辛過ぎるね。それならまだ何も知らずに間に合わなかっただけと自然災害のためて思う方が良いのかも知れないね。

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2006.12.31 22:54 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  かおかおはは  | 推薦数 : 0

今日の幸せ

12月31日、今日は大晦日。

12月に入ってすぐ夫がハードな風邪をひきました。発熱、鼻水、咳がえんえんと2週間続いたかわいそうなお風邪でした。もちろんその風邪は長男→次男→私とめぐり気がついたら数日でクリスマスという時期までひたすら毎日をこなしていた、という感じでした。だもんですから、ブログの更新にまでたどり着かずここまで過ぎました。そしてとうとう今日を迎えてしまったのでした。

今やっと子供を寝かせつけた後、夫がK-1を見入っている姿を見ながらパソコンでベートーベン第九を聞き、クオーターサイズのピンクシャンパンを飲みながらこのブログを書いております。これってとっても幸せです。ほんとにささやかですがとっても幸せです。この1年間仕事の面でもなんとか大きなミスを犯さず出来る範囲の診療でやってこれたこと、スタッフとも気持ちよくともに仕事を出来たこと。家族にも大きな怪我や病気もなく過せたこと。

多くのことを望めばあれが足りないこれが足りないとつい思いがちですが、ふと家族皆が今こうして笑って過すことが出来る、その幸せが私の原動力なんだなーと思うのです。私が幸せだと感じ気持ちに余裕を持つと、自然と患者さんにもそれが伝わって気持ちを和らげることも出来るのでしょう。

あれやこれや小さなことを気にかけることも本当は必要なのかもしれませんが、今日は一年の締めくくり。終わりよければすべてよし。

皆様一年間どうもありがとうございました。私を支えてくださった皆様、懲りずにまた来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

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我が家は長男も保育園に通っていたし次男は現在進行形で通園中です。通っているのは公立で地区の保育園。

長男がおなかにいたとき保育園をどうしたものかとあちこち調べました。院内の保育園は空きがあるもののマンションの一室のせまーいスペースでなんと6:00まで。医師には優しくありません。公立は4ヶ月から受け入れてくれるものの0歳児と称する子達は4月の時点で間違いなくいっぱい4月を過ぎて生まれれば空きがなければ次の4月まで待つしかありません。医局側はもちろん産休明けから定時の仕事(もちろん一時間の授乳時間はくれませんでした。)と当直はこなさなければなりません。でもそのころはどこもいっぱいな上に延長保育なるものも10時までなどというところはなかなかありません。運よく開園したばかりの私立保育園にあたり自宅からの利便のよさ延長保育10:00までという良い条件で取り合えずそこに決めました。私の両親が他界していたことと夫の両親は仕事をしていたので2人で何とかやっていかざるを得ません。当時8:00-18:00で15万延長保育を考えると20万弱。これに病時のシッター代がかかるときもありましたから多いときは月30万を超えることもありました。外部のアルバイト当直は無理でしたから厳しいこともしばしば。その保育園は開園始めのこともあり一生懸命はやってくれますがスペースがとても狭く男の子が育つにはちょっと考えてしまいました。自宅近辺の公立保育所はスペースも広く園庭も広い朝は7:30でもOKただし延長は最大19:15でしたがシッター代を考えてもだいぶお得。後は質が、、と思いきやとても手厚い保育園だったのです。園長先生もとても優しく仕事を持つ母親にとても理解がありました。

というわけで2人めも同じ保育園を希望しました。長男のころに比べるとさらに手厚くなったのです。おかげで生活を変え収入がさらに減っても2人を育て仕事が出来ます。

さて出身大学のある会でもう少し女性医師の働き方を考えてほしいと発言したときのことです。上の上の理事の先生たちもそうだそうだ、とうなずいてくれたのですがその数分後要職のお一人が女性医師専用の保育園で来たよね、あれなんかよいと思うよね、とおっしゃられました。その通りですね、と一応お返事しましたがその金額を考えるとどんなに仕事をしたくとも2人を預けるのはとても厳しいのです。その保育園はとても考え方はすばらしくニーズは高いし私も1人目であれば迷わず入所させたと思います。でもやっぱり2人目は考えちゃいます。この先も長いし、、ほかに入用なお金もたくさんあるし(たぶん無駄使いはそんなにないものと思っていますが。)難しいですよね。

女性医師の働き方に関してはいろいろ検討がなされていますから期待しています。願うのは実際現場の人たちの声が聞こえてくることです。要職の方々が考えるのではなくて、ね。

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私は産婦人科医です。この仕事が好きです。だから何とかがんばってきたつもりです。(知っている人から見たら本当に?とか言われたりするかもしれませんが、、)だから仕事をするにあたって患者さんに不利になることがおきないように自分の生活も管理せざるを得ませんでした。そうしてでも続けたいと思ってきました。

1000人はゆうに超す出産に立会い、自分が妊婦になって子供も産みました。1000人をゆうに超す手術に立会い後輩の指導もしてきました。多くの方と出会い経験することでたくさんのことを学ばせていただいたと思います。だからこそもっとたくさんの人と出会い学ばせていただいたことを最大限皆さんのために活かして行きたい。けれど私たち産婦人科医を取り巻く現実は非常に厳しい。

子供が一歳前に肺炎をおこし入院し看病と当直の繰り返しをしたことがあります。大学病院ですでに責任のある指導医レベルでしたから患者さんに対しても後輩医たちに対してもミスは許されません。もちろん医局は何もしてはくれません。(皆いっぱいいっぱいで仕方がないのですが。)はっきりいってぎりぎりの状態でした。ミスを起こしかけたことも実際あります。たまたま運が良かっただけで何とか過ごせたのだと思います。

二人目の子供がおなかに宿ったときまだ大学病院にいました。当直続きと一人目の子供の病気が重なりました。自分も高熱を出しましたが交代できる当直医がおらず休みも取れず熱を押して当直をしました。このときに緊急手術が入り夜中ずっと眠ることが出来ませんでした。そのことが原因ではないと思います。でも残念ながら二人目はその週の検診で胎内死亡が確認されました。もうだめだな、と思いました。気持ちだけではやっていけない。

そうやって私は現場を去りました。気持ちだけではやっていけない、患者さんに不利益が起こったらどうにもならない、そう思い現場を去らざるを得ない産婦人科医は多いと思います。それでも去った私たちはなどは良い、残ってくださっている多くの医師の悲しい現実に私は本当に悔しいです。マスコミの過剰反応、行政のやり方、、、、。

もちろん医師の悪い部分もあるでしょう。でも多くの医師はつらくても患者さんの笑顔を見ることでがんばっているのです。

何が悪いのでしょう。どこを改善すればよいのでしょう。

もっと私も考えたい。出来ることがあるのならお手伝いもしたい。

産婦人科医という仕事にもっともっと誇りを持ちたい。産婦人科医として皆さんの笑顔に触れていたい、のです。

 

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2006.10.02 14:20 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  かおかおはは  | 推薦数 : 4

やる気だけは、、、

やる気だけはあった、研修医時代の話。きっと馬鹿な研修医!笑われるであろう話。

 私が在籍した大学の医局は3人当直制。当時はオーベン、チューベン、一年目で構成されていました。当直というものは不思議でどういうわけか忙しい人、暇な人、大変なことが起きる人、平和な夜を迎えられる人、気がつくと分かれています。

オーベンは基本的に呼ばない、という時代でしたからオーベンにはあまりレッテルはないのですが、、あのチューベンと一緒だと忙しい、あの一年目と一緒だととんでもないことが起こる、よく誰と当直か、という組み合わせに関してはいろいろ言われるものでした。

一年目の私にはられたレッテルは“お前と一緒になるのは勘弁だー!!忙しすぎる!!”そう、私は呼び込む人だったのです。

ある当直の夜。翌日は長丁場の広汎子宮全的術が朝から入っていました。当直が続きその日2泊目となる大学当直。ナースステーションでコンピューターうちをしながらどうも体調が良くないので熱を測ること38度。頭痛もするし喉も痛い。明日のことを考えたらちょっと不安。鈎持ちの私が休むわけには、、薬を飲んでしのごうと思った私。

“そろそろ当直帯の時間だな。産科の状況を見て医局に帰ってご飯をたのまなきゃ。”

産科へ行くと同期の助産婦さんが

“当直?ひとりカイザー(帝王切開)になりそうだよー”

げっ!体調悪いのに、、早く持ち直さないと、、、、早々に医局に帰りご飯の手配をすべく他の当直の先生、、今日は誰かな、、、、げっ!当たりやのI先生だ!やっぱカイザーか、、、。とりあえずI先生とオーベンのH先生を探して、、

“I先生今日当直ですよね。夕飯何取りますか?”

“えーつ!お前が当直?やだよ。お前とやるとろくなことねーもん。”

先生だって当たるんでしょうがー、私だけではないぞ!

“はあ。すみません”

とにかく夕飯を早く食べて薬飲まなきゃ!

夕飯もなんとなくおいしくない。

“おいお前食欲ないじゃないか。いつも大食いのくせに。”

とH先生。

“ちょっと風邪気味みたいで。当直だし明日オペだし、今日もカイザー入りそうだし、何が効きますかね。”

“ダンリッチと何か抗生剤飲んどけ。”とH先生。

“すぐ効きますかね。”

“そんなに心配なら二倍飲んどけよ二倍!”とI先生。

“ふーんそんなもんですかね。”

ああなんと無知な研修医の私。次に私のとった行動は、、

ダンリッチ、セフゾン、ロキソニン2錠ずつ服用したのでした。

そして、、、夜はカイザーと別のお産。すごーく汗をかき熱は下がった感じでした。でも睡眠もあまり取れず朝を迎えたのでした。熱は下がったもののまだなんとなくだるい。朝ごはんだべて元気出そうっと!

思ったより食欲はあるし大丈夫かな。さてとまた薬飲んでおこうっと。

そうして迎えた広汎子宮全摘術。緊張のせいかまた汗が、、。H先生の手さばきを見ながら第一助手の先生に鈎はこっち!と指導されながら、、、

あれっ?何か変だ、、体がふわふわする、、、気持ち悪い、、

“先生、少し気分が、、、”

“ん?何だ!?手を下ろせ!”

“は、、い、、、”

瞬間目の前は真っ暗、その後どうも手術室の床にうつぶせたらしい。

“血圧測れ!”H先生の声がどっからか聞こえている、、でも声がでない、、、

“先生!血圧60です!”

あっ私元から低いの、、大丈夫、、、でも声がでない、、

“すぐ連れて行け!”その後は気がついたらベットの上。

どうもそのまま眠ってしまったらしい、、まだなんだか眠いけど、、

そこにH先生が入ってきました。

“おいお前大丈夫か!顔面蒼白状態でショックかと思ったぞ!生理か。”

“いえあのそうじゃないんですけど、、たぶん風邪気味で、、疲れたから、、”

そうまだ私はこの時点で自分が何でこうなったのか理解できていなかったのでした。(恥ずかしい、、、)

“薬飲まなかったのか!”

“いえ先生に言われた通りダンリッチとセフゾンとロキソニンを2錠づつ、、”

“何ー!!2錠づつだとー”

“はあ、I先生が心配なら2錠づつ飲めって、、、”

“ばかものー!!冗談に決まってるだろーがっ!!”

“?!、、、、”

そうですよねー私の体は横にはあるものの上背はチビ。欧米人でもあるまいし決められた以上に飲めば血圧も下がりますよね。何にも知らなかったお馬鹿な研修医の私。先輩医師の冗談を間に受け気ばっかり焦っていた情けなーい時代の

ほんとにほんとに情けないお恥ずかしい話でした。笑ってくださいね。もちろん今はよーく薬のお勉強もしています!!

 

 

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2006.09.26 15:11 |  診療  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  かおかおはは  | 推薦数 : 4

お産の思い出(1)

まだ研修医2年目で出張病院で研修していたときの思い出。

その妊婦さんのAさんは検診は部長先生が見ていた人でした。

ベテランの助産師さんは

「まだ本格的じゃないし子宮口も開いていないから一度帰ったら」

と勧めたようですが初めてのお産でもあり緊張と不安で陣痛が始まるとすぐに入院を希望されたようです。

夜間だったので当直だった私は診察とご挨拶をかねて陣痛室に行きました。(当時その病院は陣痛室の隣に控え室兼仮眠室がありました。)

「先生!痛いんです!赤ちゃん大丈夫ですか!!」

こちらが声をかける前につらそうなAさんの声。心音のモニターをつけています。

「あかちゃんもがんばっているようですよ。もうすぐおかあさんですね。がんばりましょうね。今診察させていただきますからね。」

子宮口は3cm開いていましたがまだ赤ちゃんの頭は下がっておらずまだまだ分娩までにはかかりそうでした。モニター上では陣痛の間隔や強さもすぐ分娩になりそうには見えません。

「すこしづづお産も進んでいるようだけどまだかかりそうですね。」

ご主人が眠そうながらも腰を一生懸命さすってくれますが

「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ひっひっふーひっひっふー、先生痛いです!痛いです!!」

ベテランの助産師さんの耳打ち。

「先生!先生がずっとここにいると彼女も甘えるからあっちへいってて!」

そう言われてぺいぺいの私は逆らえるわけもなく控え室へ。でも数分ごとに聞こえてくる

「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ひっひっふーひっひっふー、もーだめー!おなかが割れちゃう!!」

「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ひっひっふーひっひっふー、どうにかしてー!!」

「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ひっひっふーひっひっふー、ちっとも気持ちよくない!あっちに行って!!もう帰って!!」

あらら、ご主人にもとばっちりが、、、

ちょっと診に行ってみよう。

「Aさん!診察させてくださいねー。赤ちゃん下がってきたかな。」

「先生!先生!痛いんです!もうだめです!まだですか。もうがんばれない!!!」

うーん、、あまり進行してない、、陣痛の間隔も狭まらないし、、強さも、、、。

「少しずつは進んでいるのだけれどまだかかりそうかな。」

すかさずご主人が

「A,じゃあ一度家に戻って夕飯食べてくるね。いいかな?」

「いいわよ!どうせ居てもしょうがないんだから!!」

ご主人はじゃあまたすぐ戻ります、といって出て行かれました。ちょうど

「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ひっひっふーひっひっふー、痛い!!」と始まったのでご主人の代わりに私は腰をさすることにしました。

「先生!!先生がさすってくださるとすごく落ち着きます!ありがとうございます!!」

なんてほめられてしまったものだからすっかり

「一緒にがんばりましょうね!」

時間も忘れて腰をさすり、陣痛の合間にお話し。その日はほかのお産もなく救急外来もめずらしくありませんでした。

「まだ名前考えてないんですよねー男の子だったら主人の一文字を女の子だったら私の一文字を入れようと思うんですけどね。」

「名前考えるの楽しいでしょうね。私も早く考えたいなー。」

「楽しいけどなかなか決まらなくて、、ふーっ、ふーっ、ひっひっふー」

ついに朝を迎えるまで腰をさすり診察をし、、部長先生が出勤するまで続きましたが、勤務に入るころやっとご主人が戻られそばに居るのはバトンタッチ。

午前の外来が終了し気になって陣痛室に顔を出そうと向かうと部長先生から帝王切開にする、と連絡が。

Aさんに会いにいくと

「先生!がんばったけど帝王切開だって。だいじょうぶかな。先生は立ち会ってくださいます?」

「もちろん立ち会いますよ。執刀医は部長先生だけどAさんのかわいい赤ちゃんが生まれてくるの私もちゃんと見たいし。大丈夫ちゃんと麻酔もするし心配ないですよ。」

手術の準備や搬送はもちろん研修医の私の役目。相変わらず痛みの合間にたわいのないおしゃべりをしながら手術室へ。あとは順調に帝王切開は進み無事児の娩出も終わり。

「Aさん!おめでとう!おちんちんついてるよ!!」

「ありがとう先生!!眠たくなっちゃった。寝てもいいですか?」

「もちろんですよ!!」

麻酔の効果も出て疲れもたまっていたAさんは眠りに入りました。お部屋に戻った後も気持ちよさそーに寝ていて、私も眠たくなりました。

後日退院間近のAさんに

「先生名前決めたの!今日提出したんだー」

「本当?なって言う名前?!」

「何だと思う?」

「男の子だから一字はご主人の○でしょう。あとは、、△で○△くんかな。」

「違う違う。一字は主人の○もう一字は□!先生の名前の一文字もらったの!帝王切開の時赤ちゃんみてすぐ決めたの!」

○□。なんと私の名前を一字とって命名したと!うれしいやらびっくりするやら!!

「先生とっても優しかったし励ましてくれたしこの子にも優しくおまけにお医者さんになってくれたらうれしいし!」

じーん。感動。

いまから16年前のお話。○□くん!どんな子になっているかなー。(お母さんの願い通りに育っていますように!)

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2006.09.21 21:52 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  かおかおはは  | 推薦数 : 0

すいみん

睡眠。すいみん。ZZZZ,,,。なかなか寝れないタイプの人も居ればあっという間に高いびき!という人もいます。朝はなかなか起きれない、寝起きは悪いという人も居るし朝は早く目覚めてしまう、寝起きはスッキリ!という人も居ますよね。睡眠も人それぞれ違うもの。

我が家の長男は夜は弱くふとんに入れば10秒でスヤスヤ、、、方や次男は真っ暗な中でもなかなか眠れずごそごそごそごそ、、、ばたばた、、ひとしきりあーだこーだしてやっと眠りにつきます。そして長男は夜中もよほどのことがなければ起きはしません。しかし次男は母がごそごそすればむくっと起き、父がごそごそすればむくっと起きる。朝も母が起き出せばしばらくして起きて来るのは次男。長男は起こすまで起きはしません。

兄弟でもまーったく違うすいみん。不思議なものですよねー。かく言う私はというとふとんに入ればすぐ寝れますが小さな物音でもすぐ起きてしまう方です。そして朝はわりとスッキリタイプ。でも小さいときは朝弱かったような気もします。(よく覚えていないなー)たぶん当直をするようになってからどこでもいつでもどんな時でも寝れる様になったんですよね。そして音に敏感にも(電話、ポケベル、サイレン、私を呼ぶ声、、、)なったですよねぇー。まあ連続20日などと当直をし続ければ慣れてしまいますよね。話はそれましたがほんと睡眠もひとつの個性を表している気がします。

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夏が足早に去った、と思ったら台風の季節。雨が降るとあれができない、これができない、とつい後ろ向きになってしまう、勤務医働く母です。はじめまして、よろしくお願いしますね。

しかしやはり朝起きて雨が降っていると子供の送り迎えが憂鬱。特にまだ傘がうまく持てない2歳児。兄のお下がりの長いレインコートがだめになり夏の間に買おう!と決めていたもののずーっと忘れ続け!?短いジャケットタイプのものしか手元にないままこのシーズンに突入。ついつい二の次になってしまう弟のこと。ごめんねー次男よ。怠慢でいい加減の中途半端母を許してねー。来年の梅雨までには絶対買うからね。(今年中に買えよ!!)

ところで小さい子供をお持ちの皆さん雨の日の楽しみ、何かありますか?我が家は近所の図書館に行く、児童館に行くなど一般的かなー。男の子二人だと小さいマンション住まいでは近所迷惑のうえあっという間にごみだめ状態、、、。どこかに行かなきゃ親も子もストレスがたまります!!

今日はどうしようかなー。

雨が降っても子は元気!

それではまた

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