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私は産婦人科医です。この仕事が好きです。だから何とかがんばってきたつもりです。(知っている人から見たら本当に?とか言われたりするかもしれませんが、、)だから仕事をするにあたって患者さんに不利になることがおきないように自分の生活も管理せざるを得ませんでした。そうしてでも続けたいと思ってきました。
1000人はゆうに超す出産に立会い、自分が妊婦になって子供も産みました。1000人をゆうに超す手術に立会い後輩の指導もしてきました。多くの方と出会い経験することでたくさんのことを学ばせていただいたと思います。だからこそもっとたくさんの人と出会い学ばせていただいたことを最大限皆さんのために活かして行きたい。けれど私たち産婦人科医を取り巻く現実は非常に厳しい。
子供が一歳前に肺炎をおこし入院し看病と当直の繰り返しをしたことがあります。大学病院ですでに責任のある指導医レベルでしたから患者さんに対しても後輩医たちに対してもミスは許されません。もちろん医局は何もしてはくれません。(皆いっぱいいっぱいで仕方がないのですが。)はっきりいってぎりぎりの状態でした。ミスを起こしかけたことも実際あります。たまたま運が良かっただけで何とか過ごせたのだと思います。
二人目の子供がおなかに宿ったときまだ大学病院にいました。当直続きと一人目の子供の病気が重なりました。自分も高熱を出しましたが交代できる当直医がおらず休みも取れず熱を押して当直をしました。このときに緊急手術が入り夜中ずっと眠ることが出来ませんでした。そのことが原因ではないと思います。でも残念ながら二人目はその週の検診で胎内死亡が確認されました。もうだめだな、と思いました。気持ちだけではやっていけない。
そうやって私は現場を去りました。気持ちだけではやっていけない、患者さんに不利益が起こったらどうにもならない、そう思い現場を去らざるを得ない産婦人科医は多いと思います。それでも去った私たちはなどは良い、残ってくださっている多くの医師の悲しい現実に私は本当に悔しいです。マスコミの過剰反応、行政のやり方、、、、。
もちろん医師の悪い部分もあるでしょう。でも多くの医師はつらくても患者さんの笑顔を見ることでがんばっているのです。
何が悪いのでしょう。どこを改善すればよいのでしょう。
もっと私も考えたい。出来ることがあるのならお手伝いもしたい。
産婦人科医という仕事にもっともっと誇りを持ちたい。産婦人科医として皆さんの笑顔に触れていたい、のです。
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やる気だけはあった、研修医時代の話。きっと馬鹿な研修医!笑われるであろう話。
私が在籍した大学の医局は3人当直制。当時はオーベン、チューベン、一年目で構成されていました。当直というものは不思議でどういうわけか忙しい人、暇な人、大変なことが起きる人、平和な夜を迎えられる人、気がつくと分かれています。
オーベンは基本的に呼ばない、という時代でしたからオーベンにはあまりレッテルはないのですが、、あのチューベンと一緒だと忙しい、あの一年目と一緒だととんでもないことが起こる、よく誰と当直か、という組み合わせに関してはいろいろ言われるものでした。
一年目の私にはられたレッテルは“お前と一緒になるのは勘弁だー!!忙しすぎる!!”そう、私は呼び込む人だったのです。
ある当直の夜。翌日は長丁場の広汎子宮全的術が朝から入っていました。当直が続きその日2泊目となる大学当直。ナースステーションでコンピューターうちをしながらどうも体調が良くないので熱を測ること38度。頭痛もするし喉も痛い。明日のことを考えたらちょっと不安。鈎持ちの私が休むわけには、、薬を飲んでしのごうと思った私。
“そろそろ当直帯の時間だな。産科の状況を見て医局に帰ってご飯をたのまなきゃ。”
産科へ行くと同期の助産婦さんが
“当直?ひとりカイザー(帝王切開)になりそうだよー”
げっ!体調悪いのに、、早く持ち直さないと、、、、早々に医局に帰りご飯の手配をすべく他の当直の先生、、今日は誰かな、、、、げっ!当たりやのI先生だ!やっぱカイザーか、、、。とりあえずI先生とオーベンのH先生を探して、、
“I先生今日当直ですよね。夕飯何取りますか?”
“えーつ!お前が当直?やだよ。お前とやるとろくなことねーもん。”
先生だって当たるんでしょうがー、私だけではないぞ!
“はあ。すみません”
とにかく夕飯を早く食べて薬飲まなきゃ!
夕飯もなんとなくおいしくない。
“おいお前食欲ないじゃないか。いつも大食いのくせに。”
とH先生。
“ちょっと風邪気味みたいで。当直だし明日オペだし、今日もカイザー入りそうだし、何が効きますかね。”
“ダンリッチと何か抗生剤飲んどけ。”とH先生。
“すぐ効きますかね。”
“そんなに心配なら二倍飲んどけよ二倍!”とI先生。
“ふーんそんなもんですかね。”
ああなんと無知な研修医の私。次に私のとった行動は、、
ダンリッチ、セフゾン、ロキソニン2錠ずつ服用したのでした。
そして、、、夜はカイザーと別のお産。すごーく汗をかき熱は下がった感じでした。でも睡眠もあまり取れず朝を迎えたのでした。熱は下がったもののまだなんとなくだるい。朝ごはんだべて元気出そうっと!
思ったより食欲はあるし大丈夫かな。さてとまた薬飲んでおこうっと。
そうして迎えた広汎子宮全摘術。緊張のせいかまた汗が、、。H先生の手さばきを見ながら第一助手の先生に鈎はこっち!と指導されながら、、、
あれっ?何か変だ、、体がふわふわする、、、気持ち悪い、、
“先生、少し気分が、、、”
“ん?何だ!?手を下ろせ!”
“は、、い、、、”
瞬間目の前は真っ暗、その後どうも手術室の床にうつぶせたらしい。
“血圧測れ!”H先生の声がどっからか聞こえている、、でも声がでない、、、
“先生!血圧60です!”
あっ私元から低いの、、大丈夫、、、でも声がでない、、
“すぐ連れて行け!”その後は気がついたらベットの上。
どうもそのまま眠ってしまったらしい、、まだなんだか眠いけど、、
そこにH先生が入ってきました。
“おいお前大丈夫か!顔面蒼白状態でショックかと思ったぞ!生理か。”
“いえあのそうじゃないんですけど、、たぶん風邪気味で、、疲れたから、、”
そうまだ私はこの時点で自分が何でこうなったのか理解できていなかったのでした。(恥ずかしい、、、)
“薬飲まなかったのか!”
“いえ先生に言われた通りダンリッチとセフゾンとロキソニンを2錠づつ、、”
“何ー!!2錠づつだとー”
“はあ、I先生が心配なら2錠づつ飲めって、、、”
“ばかものー!!冗談に決まってるだろーがっ!!”
“?!、、、、”
そうですよねー私の体は横にはあるものの上背はチビ。欧米人でもあるまいし決められた以上に飲めば血圧も下がりますよね。何にも知らなかったお馬鹿な研修医の私。先輩医師の冗談を間に受け気ばっかり焦っていた情けなーい時代の
ほんとにほんとに情けないお恥ずかしい話でした。笑ってくださいね。もちろん今はよーく薬のお勉強もしています!!
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