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2008.10.29 07:57 |  診療  |  その他(医療関連)  |  かいぼー  | 推薦数 : 2

祈りの尊さ

佐賀県の山村、三瀬村診療所で14年間診療された医師がいます。

本当に心優しい医師です。そして勇気ある医師です。

僕は直接お話した機会はそんなにありませんが、たまに勉強会などでお見かけしては、がんばっていらっしゃるんだろうなぁ、と思っていました。

がんばっている医師。遠くから見ているだけの僕からは、そのように見えていました。

そして今回、HPを見てみて、びっくりしました。がんばっているなんてものではありませんね。そしてそこには深い深い信仰がありました。

このような医師が山村の診療所にいらっしゃったのは、村人にとっては心強いことだったでしょう。

終末期医療についてもこのような発表をされています。実地診療ならではの貴重な、そして深い思慮に満ちた内容になっています。

この方がクリスチャンだったとは知りませんでした。そしてご家族ともども敬虔なクリスチャンなのですね。

そして、医師としてだけでなく、生活そのものに祈りがあるのですね。

信仰の尊さ、そして信仰するものの強さを見たような気がします。

このようにすばらしい医師がいたことを胸に刻み、自分もこれから少しでも先生に近づけるよう、実地医療に励んでいきたいと思います。こんなことならば、もうちょっと直接、先生とお話ししておけばよかった、と思います。

 

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2008.09.13 07:56 |  診療  |  生活 / くらし  |  かいぼー  | 推薦数 : 1

今を生きる

100歳以上の方が全国で36276人。佐賀県内男性44人、女性350人だそうです。かいぼー医院の患者さんでは男性1人、女性1人です。男性の方はお元気で歩いて通院されてます。女性の方は寝たきりで在宅診療をしています。

生活習慣病をメインで診療している僕としては、患者さんが100歳まで元気に過ごされることが目標です。

90歳台でお元気な患者さんは多くいらっしゃいますので、この方々が100歳までお元気に過ごされることを願いながら日々の診療を行っています。なので、かいぼー医院では『もう80歳やぁーけん、いつ死んでもよか。』は通用しません(笑)。

でも、時々経験することがあります。おひとりは、どこも悪くなく、認知もなかった方が97、8歳くらいになって、床から起きなくなられました。検査してもどこも悪くなく、でも『起きない』とおっしゃる。そうこうしているうちに2週間ほどで苦しむこともなく、すっとお亡くなりになりました。今まで3人ほど同じようなケースがありました。まるで死に時を自分でお決めになったかのようでした。

最後に、かいぼー医院に今も通院して来られている101歳のおじいちゃんのコメントをご紹介します。

『80歳、90歳台には長命時代を意識して、折角この歳まで生きてきたので、何とか百歳まで無事でいたいと一生懸命でした。さてお陰で昨年無事百寿を迎えたと思ったら、目的の山を極めたと申しますか、すっかり気力を失い、一年を無為に過ごしたようで残念でたまりません。101歳の本年から心を改め、1年生の素直さに戻って有意義に過ごしたいと決心いたしました。どうぞご縁のある多くの方々のご指導ご鞭撻をお願い致します。』

 

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2008.09.12 07:52 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  かいぼー  | 推薦数 : 0

今に生きる

先週の土曜日(6日)、南慧昭(みなみ えしょう)さんというお坊さんの話を聞きました。彼はフォーク歌手南こうせつさんの実兄です。

南さんの実家が曹洞宗のお寺で、慧昭さんは長男なので、本来ならばお寺を継ぐべきところを、お坊さんになるのはイヤで、家を出て、定年までサラリーマンをされました。その間、弟(次男)さんがお寺を継がれましたが、がんでお亡くなりになり、、、そんなこともあり、慧昭さんは60歳から仏門にお入りになったのです。

曹洞宗は修行をしないと住職の資格が取れないそうで、60歳からの修行は命がけだったようです。

といえば、大変な厳しい修行なのか、ということになりますが、もちろん厳しい様々な行もあるようですが、他にも日常的にすることとして掃除や料理など、これも立派な修行だそうです。

お寺に来て、最初に長老から言われたことのひとつが『今に一生懸命生きなさい』ということだったそうです。

何のため、誰のため、これをしたらどのように評価されるか、などそんなことは一切考えない。ただただ目の前のしなければならないことに没入して行う。たとえそこで突然死んでもいい。

僕も最近はそう思います。何歳まで生きたい、とか最低これだけはして死にたい、などこれまで何回も考えてきましたが、人間、どこまで欲を持っても、もう充分などとは思わないのではないか。また逆に目標が達成できたとしても幸せとは限らないかもしれない。人間、死ぬときは死ぬ。またそのときはいつ来るかはわからない。でもいつ来たとしても、それがそのとき。そのときまで、今、目の前のことを懸命にしていくだけ。

そう思うと楽になります。目の前のことを一生懸命やるだけでいいんだ、と思えば、楽です。

実は診療はまさにそうだと思います。目の前に次々と現れる患者さん。その患者さんとその前の患者さんに連動性はありません。目の前に現れた患者さんを一生懸命診る。そしてまた次に現れた患者さんも一生懸命診る。ひとりの患者さんの過去と未来に向けた診療に連動性はありますが、前の患者さんと今の患者さんに連動性はありません。そんな日常を過ごしているからこそこのような考え方をすんなり受け入れることができるのでしょうか、とも思います。

動物や植物もそうだと思います。今を一生懸命生きて、死ぬときは死ぬ。そうやって命をつなごうとします。

名誉だとか評判とかを気にして生きているのが人間です。そのことで迷い、結果、道を誤ったり、後悔したりします。

今に一生懸命生きる、という考え方を持ち、純粋に生きていけば、後悔することはない人生を歩むことができるかもしれないと思いました。(まだ確信ではないんですねぇ・・・笑)

最後に、もうひとつ、長老さんから言われた言葉で印象に残っているということを慧昭さんはおっしゃいました。それは『世の中は存外、公平なんだよ』というお言葉でした。

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2008.07.15 07:45 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  かいぼー  | 推薦数 : 0

声よ届け!(第87話)

今回ご紹介するメールが今のところRessarさんから来ている最新のメールです。といっても6月下旬のものです。簡単に文章が打てる状態ではなく、まとまった文章になるには時間がかかるのでしょう。またきつい体調の中、状態を見ては信じる道のために活動もしていますから、僕へのメールを打つ時間などなかなかとれないのだと信じたい。僕は彼女にひたすら武雄の天気や僕の近況を伝えるメールを送るだけです。頼っているのは僕の方。彼女の頑張りを知るにつけ、自分は情けないし、くやしいなぁ、と思うのです。

 

こんにちわ

PHS
からではもはやキーボードを打つことが難しくなり、パソコンからメールを出します。

一応このパソコンは、ノートなのですが、何しろ重くて。。持ち運びには適していないため、パソコンの前で、座位を保ちながら、打っていますが、座位も不安定なので・・・

近々小型のパソコンの購入を考えてます。
でも、我が家でパソコンや機械類を扱えるのは残念ながら私しかいないので・・・
セットアップや回線まで、今の私の体力で出来るかな・・・とそれだけが、心配ですが・・・

小型のパソコンがきたら、またかいぼー先生とのメールも以前みたいに、頻回にやりとりしたいです・・・出来ますように・・・

私たち重度重複障害、進行性難病を持つと、いずれコミュニケーション手段を奪われます。

話すことも、聴くことも、見ることも、出来なくなるかも知れない、そういう不安を常に抱えています。

重度障害を持った人のために、いろいろな通信手段の確保も注目されていますが、トーキングエイドなどの意思伝達装置は、画面が小さくまた、キーボードの幅も小さいため、手指に障害がある人や視力に障害がある人には不向きです。

聴力や視力、言語、身体障害などのコミュニケーション器官の障害を併せ持った人のための、コミュニケーションツールの開発や発展を望みます。


報告が遅くなりましたが、身体障害者指定医制度の件、ブログに載せていただいてありがとうございました。

あれから進展があったのに、ご報告も何も出来ず、ごめんなさい・・・

協力してくださる議員さんが2人も見つかり、
またその議員さんがたは、私からの話があった翌日に、直接厚生労働委員会の方に話を持ち込んでくださりました。その3日後、厚生労働委員会の方たちと話し合い(私はメールで参加しました)を持たせて頂き、その中で、早急に検討委員を設置する方向で話をまとめさせていただきました。

現在ある制度を廃止するのは容易ではないですが、現実に指定医制度によるリスクも厚生労働省は懸念しておられたようです。この際に、見直しをはかり、改善していくべき点は早急に検討したいと、おっしゃっていただきました。

また、難病指定に関しては、私のように世界でも珍しい症例は難病の基準にあてはまっていても、実際に難病認定されることは難しく(財政問題から)、逆に症例数が多い難病も認定されにくい(これも財政問題)ことなど、その実情を聞かせていただきました。

そして、最後には、厚生労働大臣あてに手紙を書きませんか、と言われたのですが、これはお断りしました・・・

私は・・・大臣に直接手紙を書けるような人間ではありません・・・
本来ならば、市議会を通し、請願書などを作成する際のアドバイスをいただいたうえで、参議院や衆議院に持ち込まれ、最終的に厚生労働省に持ち込まれるのだそうですが、こんなに早く、また各種手続きを飛び越え、直接厚生労働省と話し合いを持てたことは、非常に幸運なことでした。

早急に手配していただいた議員の方と回答をいただけた厚生労働委員会の方に、感謝しています。

このことを、知り合いの障害者団体の理事長にお話したところ、
「いつかはやると想っていたけれど、ついにあなたは国まで動かすレベルまで来ましたか()
僕らも何度も要望を出していますが、何年もかかっていますよ」

と、言っていただきました。

直接委員会とお話し、また検討委員会を立ち上げていただけるということで、話は進み、そのため当初予定していた署名が必要なくなりました。

まさかこんなカタチで、話が進むとは思っていなかったので、私もびっくりです。


しかし、私はこれで、終わったとは想ってません。いろんなことを含め、社会はこれから変わり続けなければならないのだろうと想います。

毎日いろんな今日があり、それなりに忙しく・・・
それが充実しているといった証拠なのだろうとも想っています。

今日は取り急ぎ、指定医制度のその後をお伝えしなければ・・・とメールを送信します。

各地で自然災害の怖さを感じます。
中国の四川省の大地震、そして岩手・宮城内陸地震など、地球の悲鳴が聞こえます。

佐賀県でも、豪雨。
母が心配していました。
「かいぼー先生、大丈夫?」って。

先生も、佐賀県地方にお住まいの方も、注意してくださいね。

(
パソコンからメールを送っていますが、パソコンは週に1度程度しか出さないため、
メールはこれまでどおり、PHSのほうへお願いします。お手数掛けてごめんなさい・・・)

 

Ressar



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あー、国に、県に、市に言いたいことは山ほどあります。生活者重視で考えてよ、ということです。物価は上がり、社会保障や教育などのレベルは下がる。お金をかける配分、明らかに間違ってますよね。で、やっとこさそこいらへんの話になってきましたが、国会議員定数減らすとか、議員年金のこととか、そして省庁に関わる様々な改変できることが手つかずでしょ。小泉改革のときにずるいと思ったのは、国民にはきつい思いをさせたのに自分の身の回りは国民に比べると手をつけなかった点です。外には威勢の良い姿勢を示しながらも内ではみんなで握手している、そんな様子が窺えました。福田さんはその点、僕は小泉さんよりは好きです。たぶん彼はわかっている。でも時勢がね。まずは徹底的に省内のムダを洗い出すしかないでしょう。増税する状況ではなくなってますからね。もし今、増税するなら所得上限なし(あるいは1億円くらいの上限とか)の累進課税にするとか。そのくらいの覚悟がないと日本は、国民は持たないのではないでしょうか?たばこはさっさと値段あげましょう。(あ、この話題は後日。)

しゃべりすぎました。今日はRessarさんのメールです。前回(第85話)の後に来たメールで4月下旬のものです。もの言わぬ国民と言われる日本人。僕はもっとみんながもの申してほしい、と思っていますが、彼女はベッド上にいながら、難病を抱えながら、精一杯声をあげようと頑張っています。その熱い思いを感じていただければ幸いです。題名は彼女のメールの内容ではなく、僕の気持ちです(笑)。

こんにちは。


私のほうは、なんかの感染症かまたは原疾患の再燃か、熱があがってきて、昨夜は膵炎の発作・・・おまけに筋肉のこわばりも起きて、眠れなかったです・・・
ここ数日、よりいっそう病気の進行を感じるようになりました。弱っていくのを日に日に実感しています。疲れもあるのかも。

身体障害者指定医制度廃止に関する署名について、ご協力下さる方が、何人かメールにて問い合わせていただきました。さっそく、協力いただける議員さんからもメールを頂き、具体例を聴いて下さり、至急国会へ提示させていただきますと、言ってくださいました。

私は、指定医制度というものに、断固反対の立場をとりますが、それでも、この制度を憎み、真っ正面から否定しているのではありません。

そして、議員さんとメールしていくうちに、やはり、議員さんというのは、数少ない事例のことなど、全く知らないのだな、と感じました。

だからこそ、声をあげるべきだと想ったのです。だからこそ、知ってほしかったのです。

きっと、不採択になるのは、目に見えています。

でも、知って頂くためには、誰かが声をあげなければならないのだと知りました。

指定医制度というものを本当に必要かどうか、そして今の時代、指定医側や患者のモラルを問われています。しかし、廃止する以前に、こういう事例があることを、今まで進行性難病というだけで、認定もしてもらえなかった数少ないかもしれませんが、市レベル、国レベルで、拒否され続けた事例があることを知っていただきたかったのです。

議員さんが一度会って、詳細をおききしたい、とのメールを頂きました。
本当にうれしくて、まだ未確定でも、こんな私の話を聴こうとしてくれる議員さんがひとり、少なくともふたりはいてくださることに、感謝し、頭が下がる思いです。忙しい時間を割いて、訪問したいと申してくれる議員さんに出会えたことを、大変ありがたく思いながら、こんな時に思い通りにいかない、この体に苛立ちます。

昨日からはほんと、熱も高くて、発作が耐えません。。明日になってみなければ、その日の具合がわからず、今今は自分の病状をなだめることで精一杯なため、面談はまた後日改めてもらうことにしました。

いずれ、議員さんにもお会いしなければならないと思っています。ですが、今の病状では、この件をどれだけ責任もって訴え続けていけるか、私には自信がありません。

言った以上、決意した以上、最後まで責任を持ちたいと想っています。

だけど、、、あたしには、何の力もないんだと想う。
また、何かを成し遂げられる、体力、病状でもないんだと想う。

そのことをまず、議員さんにわかって頂く必要があると想うのです。
そして、私が国と交渉していくだけの力もなくなったとき、あとを頼める、後継者の存在も必要だと感じています。

いろいろなことが重なり私の頭は大パニック。

この件以前に、国に対し、感じることを、やはり議員さんに代弁して頂かなくてはならないのだと想います。

声だけでも届け、こんな難病児者家族がいることを、国を代表し、動かしている彼らに、知っていただくことから、この一歩はあるのだと思います。

指定医制度だけでなく、国へ対した想いはたくさんあります。それは文章にできるほど、私には文章力もなく、伝えていくだけの力はありません。この機会に、議員さんを通じ、伝えていけるだけのことを伝えていこうと思います。この指定医制度を廃止するか、または難病患者も適応されるよう、障害基準枠をもっと柔軟に拡大されるか、いずれにしても、見直しは必要かと想います

現在国会で議論していることは、道路再建や暫定税率のことばかり・・・
確かにどちらも大事な議論だとは想います。

けれども、今今の生活で精一杯な国民の生活を本気で想うのならば、道路よりも、福祉、暫定税率復活よりも、生活・医療の問題に取り組んで欲しいと想います。

幸いに、私の想いを真摯に受け止め、こんな小娘の戯言のような事を聴いて下さろうとしている議員さんに巡り会い、また、さっそく厚生労働省へこういう要望・意見があったとお話下さる事になりました。

きっと、それ以上の事には発展できないでしょう。しかし、今、厚生労働省が、この指定医制度についてどう考えておられるのか、または今後どう考えていくつもりなのか、そのことだけでもお聞きしたいと想っています。

その結果が、議員さんよりメール下さる事になっています。もし国でも、指定医制度の見直しが行っていくという考えであれば、地元の議員さんと相談しながら進めていきたい事だと想っていますが、今の病状が、とても悪く、私にどれだけ伝えられるだろうと、不安でもあります。

でも一度、打診した以上、責任を持たなければという想いと、自身の具合の悪さにいらだち戸惑います。。やらなければならないことはたくさんあり、伝えなければならないこともあり、だけど、この身体の運命に今はただ、ついていくことが精一杯なのです。。

いろいろお忙しい時間のなかで、医師としての気持ちをお聞かせ下さってありがとうございました。18歳の難病児である私がどれだけのことを、今、伝えられているのか、できるのか、判りませんが、多くの国民がそうであろうと同じように、私自身も、今今の自分の生活を、そして自分の家族の生活を守ることで精一杯です・・・

またメールしますね。。

Ressar

 

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第84話に続くRessarさんのメールをご紹介します。期待し、裏切られ、助けられ、、、孤独で、仲間で、、、支え、支えられ、、、様々な思いが交錯します。でも彼女がすごいのは毎回言っていますが精神が強い。そして優しい。佐藤一斎先生が言志録でもおっしゃっていますが、立派な人は、自分には厳しく、人には寛容。Ressarさんはそのようなひとだと思います。勉強になります。

 

一昨日は、おじいちゃんが先日まで入院してた病院に、CT・MRIをもって、身体障害者の申請を書いてもらうために、朝早く母と叔母が祖父の元へ向かったのですがそのときの事です。私は、祖母の家に連れてってもらって、久々に、おばあちゃんにあいました。元気そうで、祖母のことは安心しました。でも・・・まもなくして母から電話が入り、結局、診断書を書いて貰えなかった、と・・・
ここでは麻痺の程度や経過が判らず、CTなどの画像を持ってこられても、申請書はかけないと、年いった先生で、診察室に入ってすぐ言われたらしいのです。
ではなぜ、書けないと判っているならば、あのとき、CT・MRIの画像を持ってこいと、言ったのだろう?最初から書けないならば、そう言ってくれればよかった。
そしたら、雨の中、まだ体調も万全でない祖父を、介護タクシーでも、振動があるし、しんどい中、連れて来ることも無かっただろう。
医師に、診断書を求める事は、そんなにも大変な想いをしなければ、書いてはもらえないのですか?私は、自身の診断書や身障者交付について、医師に何度も書いてもらえず、また書いてもらっても、国で却下の通知がきました。そのたびに、受け入れられて貰えないこの病気の悔しさと孤独を感じました。
診断書が書けないのは、難病認定にならないのは、私の病気が、国内では初で、世界でも、数例しか報告のない稀少難病だからですか?たった数人の、今生きているたった一人、この難病にかかっている人間に、貴重な国の財政を使うことは許されないからですか?

では、なぜ、祖父は書けなかったのでしょう?経過が判らないからですか?では、経過を書いてもらった書類を持ってくれば、書いて頂けるのですか?
私は、この特定の医師しか身障者認定書を書けない制度、「指定医制度」には、断固反対の立場をとります。
指定医になるには、そんなに偉いカリキュラムがくまれるのですか?
医師ならば、誰でも、書ける制度にするべきです。
もしも、今までかかっていた主治医が、その指定医の資格を持っていなかったら、指定医がいる病院へ受診し、一から検査し、はじめての医師に、診断書を書かれるのです。患者にとって、本当にそれが、最善だと想われますか?

祖父は今まで長年かかっていた病院で受傷し、寝たきりになりました。今までの病状や既往歴も経過も全て、判ってくれている院長先生には、指定医の資格がないため、ここでは身障者の認定書が書いて貰えませんでした。だから指定医がいる先日まで入院していたこの病院に、来たのです。

どうか、指定医制度の廃止が施行されますように。国の財源の問題云々の前に、生活者の視点に立って、国民の立場に立った支援検討を切に願います。

後期高齢者医療制度が施行され、低所得者や非課税所帯でも、関係なく、年金から天引きされます。そんな状況から、医療費はどんどんあがり、生活物価もあがっている今日。本当に私たちの生活は守られていますか?

 

(中略)

病院では、身障者の申請書を却下されたことも、年老いたドクターに、「前にあったやろ。虚無の身障者申請をしたとして、医者が訴えられて、懲役2年やて!俺、そんなんなりたないもん。だから、うちでは書かれへん。」そういきなり、言われたのだそうです。何言ってるんだろう、この人・・・。あなたは、人の命に責任を持つ事なんてできますか?あなたはなぜ医者になったの?なぜ・・・虚無の申請となるの??あなたは・・・意見書を求めて来た患者を、そんな理由で、門前払いするのですか・・・。何のための、指定医ですか?私には、そう思えてなりませんでした。。

私は、指定医制度の廃止を求める運動を始めることにしました。祖父の事、そして私自身にも、指定医をめぐり、身障者申請を書いて貰えなかった苦い経験が多々あるからです。同時に、身障者手帳に代わる、進行性難病者に身体障害者手帳の代わりとなる、難病者手帳等の新たな難病者特定の制度を国へ求めます。

今の私に何ができるか。きっと、私には何もできないんだと想う。だけど、誰かが声をあげ、立ち上がらなければ、当事者の声は、そこに置き去りになるだけです。医療裁判を怖がるため、満足な医療ができなくなっている。それも、事実です。

所詮、人事なんだよ・・・所詮、他人事。医療なんて、福祉なんて、どこの世界だって、そうでしょ?そんな事すら想いました。誰も助けてなんかくれない。

福田総理は、先日の会見で、「(生活物価の上昇、暫定税率復活は)仕方ないものは、しょうがない」そう発言しています。何かを削らなければ、やっていけないのは、確かです。しかし、削るべきところを間違ってはいないだろうか?
大阪府知事の橋下知事は、人件費の大幅な削減をし、偉く反発を買っていますが、少しやりすぎな面も感じる時があるけれど、彼が大阪を立て直してくれる一任者になるであろうとも想っています。なってほしいという、願いを込めて。知事赴任期間の、この4年間で、
どれだけこの大阪が立ち直れるだろう?府の財政を含めた府民の生活を。
それにはやはり、国民の理解と、府庁で働く全ての職員の理解協力が、不可欠だと想うのです。
批判することは、簡単です。非難することは、誰にでもできます。しかし、人を支えることは、なかなかできる事ではありません。人を応援することも、簡単な想いだけで、できる事ではありません。一度、支持しようとした人の事を、時期が経ってから、支持率が下がるのは、私は何とも、無責任に感じてしまうのです。
福田総理も、最初は支持率が結構あったのに、今はかなりの確率で下がっています。確かに、福田総理のやり方や考えに納得できない事は多々あるけれど、それを生かすも殺すも、やはり、国民次第だと想うのです。
人を非難し、批判するだけではなく、社会人として、ひとりひとりが、己の言動と行動に責任を持ち、社会で生活する事が、今一番求められる事だと想います。
政治が悪いから、生活が苦しいから、財政不足だから職がない、
それは、結局は、政府を敵にした、国民の政府を否定している結果であろうとも感じます。
政治家に悪い人もいるけど、それは何も政治に携わっている人だけではないはず。人間は誰にでも、善と悪を持っています。誰が悪い、政府を非難する前に、一緒になって、政府の再建に、国民も参加できるレベルになるように、それには、政治人以前に、ひとりひとりの人間の意識の改革の問題であろうと感じます。
なんだか、偉ぶる事言ってしまったけど・・・昨日・今日の橋下知事、福田総理の会見をみて、素直に感じた事です・・・。聞き流して下さい・・・。

最近、唯一見えていた左目の視力が急激に低下し、今では一メートル先の人の顔を識別することも不能になってしまいました。私はこれからどうなるのだろう・・・そんな想いは多々抱えていますが、夜からは、パソコンを出してもらって、お仕事でした。

身体障害者指定医制度廃止に関する署名活動を開始するために、それに向けた、陳情書の作成、署名の作成など追われています。目標は、10万人です。まずは、それだけの署名が集まれば、大阪市議会長宛に提出し、そこで検討され必要であると認められれば、参議院に持ち越され、その後、衆議院にて可決されたあと、厚生労働省へ国会レベルの請願となります。

市を相手にする署名運動ではありません。国レベルでの戦いです。きっと、簡単な事ではないと想う。そんなことは、百も承知です。しかし、やはり、何度も訴えているように、指定医制度には反対なのです。そう感じているのは、私だけではありません。今まで、各団体に所属している者として、多くの署名活動を行ってきましたが、今回、私が一人で事を起こす事は初めての事です。

陳情代表者として、私は責任ある行動をしなければならないとも想っています。身体が動かない分、左目に視力が残されている今に、右耳が聞こえている今に、左手が動ける今に、やらなければならないことだと想っています。

私は、各団体を通じて、議員さんを紹介していただき、ともに訴えていきましょうと、後押しをいただきました。それがどんなに尊いことで、ありがたく、恵まれていることなのかを、今身を持って感じています。きっと、そう簡単には、いきません。何年も年月がかかるとも想います。可決されたあとも、制度策定には、想像を絶するくらいの年月がかかります。しかし、私には、守りたい、私の後に続くであろう多くの難病児者がいます。私だけのことで言えば、何もここまで動く事はないのだと想う。国に認められない難病に、そんな稀少難病を持って生まれてきた事が運命でしたと、それでいいはずなのです。だけど、今回、祖父の診断書拒否事件で、想いました。医師は何のために、医療をなすのか?それは自己を保身するためであるのか?あの医師が言った、「訴えを起こされて、実刑にはなりたくない」モラルが問われる患者側が増えてきたのも事実です。訴訟をおそれるあまり、パワーダウンしていく医療者がいるのも事実です。しかし、自分を保身したままの医療は、結局は、人をも自分をも守れないと想うのです。
人生にリスクはつきもの。もう二度と、私たちが味わったあんな苦い想いを、する人がないように。私たちが動かなければと、想ったのです。私は市と国に、陳情書を提出しようとしているその旨を今日はじめて両親に話しました。両親は、ちゃんと受け止めてくれて、「協力する」と力強い言葉をくれました。


作成書類が多々あり、左目の視力も格段に落ちている今、パソコンのまえに、長時間座り、作業することは、本当にしんどい作業です。でも、誰もやってくれない。誰かがやらなければならないから、やるだけのことです。

Ressar

 

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日本は医師の偏在ではなく絶対数の不足だ、と医療界で言われ始めて久しいが、やっと政府も思い腰をあげました。しかし残念ながら日本人の高齢化に伴う医療費の自然増2200億円の削減路線を止めるという文言は明記されませんでした。全体が徹底削減路線だったので社会保障費も聖域ではない、という考えも理解できます。でも現場はもう限界を超えています。

経営を成り立たせるためには必要最低限の従業員数で、そして仕事の効率化をしようとして道を誤ると先日の整形外科のようなことが起こります。またそうでなくても現場はばたばたしていますから医療事故、医療ミスの起こる確率が増えます。医療の安全が脅かされているのです。

日本の医療の技術料はアメリカの2割程度です。これをさらに削減していこうとしているのですから、世界から見たらどれほど尋常でないことか。

毎年自然増を2200億円削減ということが続けられていますが、1年目は2200億円ですが、2年目は実質4400億円の、3年目は6600億円の削減になっているのです。

医師数(26万人から40万人)と医療費(GDP8%から10%)をOECD加盟国の平均くらいにすれば、国民にとっても安心した医療の提供体制がとれると思います。今でも費用対効果での医療の到達度は世界一なんですけど、満足度、安心度そして医療現場で働く人々の疲労度となるとどうでしょうか?

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2008.06.13 15:43 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  生活 / くらし  |  武雄ネタ  |  かいぼー  | 推薦数 : 0

地域の医療連携の形

昨夜は前武雄杵島地区医師会会長の太田先生の慰労会でした。

(写真がピンボケでした・・・汗。太田先生。どうもすみません。)長い医師会役員の経歴をふまえた味わい深いご挨拶でした。まさに地域医療に尽くしてこられたんですねぇ。ごくろうさまでした。

佐賀県南部医療圏の中核(第3次医療機関)である嬉野医療センター病院長古賀先生のお言葉。この地域の医療連携の中心としての医療機能を今後とも果たしていく意気込みをしっかりとお述べになりました。

佐賀県医師会長の沖田先生。日本医師会の理事もされています。この日は小城・多久地区医師会の総会でしたが、途中で退席され佐賀から武雄に来られました。武雄市民病院の件での問題点をお話になられました。

その他にも武雄地区の歯科医師会のみなさま、薬剤師会のみなさま、そして鹿島藤津地区医師会のみなさまも多数おみえでした。

歯科医師会の先生方からは「医師会ばっかいでせんで、おれたちもかてんね(仲間に入れんね)。」と嬉しいお言葉を次々にいただき、三師会(医師会、歯科医師会、薬剤師会)で武雄市民病院問題は足並みを揃えて、いっしょに行動していくことをこれからは考えていくことになると思います。

また鹿島藤津地区医師会をはじめ、佐賀県医療審議会なども、広域医療圏的考察がまったくなされないままに民間移譲が進められている武雄市に対して、意見あるいは質問をしていくということでした。

非常に盛り上がっている中、在宅療養の患者さんから往診依頼がありました。

先ほどまでの喧騒の中とは別世界の患者さんのお家。でも安心した患者さんや家族の笑顔が見られるとき、医師としての充実感を感じます。午後11時ごろ帰宅し、0時過ぎに寝ました。

午前1時半すぎ、僕が診ていた患者さんが亡くなったとの連絡が。武雄市民病院から紹介され、末期がんで自宅にいらっしゃった方で、僕は一度だけ往診していた方でした。自宅で全く苦しまれることなく、眠ったままお亡くなりになったようです。この方のご家族は武雄市民病院が急変時に診てくれないことをとても心配されていましたが、患者さんご本人はご家族の心配をよそに、安楽にお亡くなりになられました。お見事でした。午前4時すぎに帰宅しました。

僕は明日をも知れぬ多くの患者さんが武雄市民病院がこうなったことで市中に放り出されたことは問題です。病気はまったなしです。今このときも不安に思って過ごされている市民がいるのです。市民にちゃんとした説明がないままこのような状況になってしまっている。みんなそれが不安で、不満です。ちゃんと恣意的なデータ解釈ではなく、正確な情報で市民に説明していただくことをお願いします。僕ら医師会との公開シンポジウムでもいいと思います。

同時に、今回、武雄市議会が市長の独断専行の方策を止める事ができなかったことは、周辺部の自治体や県その他各種団体からも驚きの声が漏れ聞こえてきます。武雄市は議会制民主主義が機能していないと言っているひともいます。5月30日に理解浅いままに賛成された議員さんがたは今一度しっかり市民のことをお考えになり、その決断を市民は賛同してくれているのか、あるいは内容をよく理解できていない市民もいるでしょうが、そのような方々のためにも、ちゃんと理にかなった、そして筋の通った結論だったのか、広域医療圏の中での役割もちゃんと担えるのか、それはどのような役割なのか、などをもう一度考えてみてください。

地域医療の連携の形は一朝一夕にできるものではなく、自然と長い時間を経て形成されるものなのです。少なくともこの武雄地区は非常にうまくいっていました。そのことを昨夜の太田前会長の慰労会の席上で三師会の先生方や周辺部の先生方と話をして深く感じたところです。

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2008.06.02 07:59 |  診療  |  生活 / くらし  |  かいぼー  | 推薦数 : 1

医療への過信はないか

昨日の佐賀新聞。佐賀医科大学(現佐賀大学)病院勤務の時代、救急をローテーションしたときに大変お世話になった平原健司先生が終末期そして臓器移植に関するシンポジウムで、シンポジストのおひとりとしてのお話の概略が載っていました。とても感じ入る内容でしたので、そのまま載せます。

 

救命医療の現場に携わって約二十年になる。論理的なことではなく、生と死について私の考えを述べたい。

人は必ず死ぬ。それが大前提だ。救急に従事して感じるのは、具合が悪くなったら、いつでも救急車が来てくれて必ず治してもらえると思っているひとが多いということ。医療への過信はないだろうか。治らない病気はたくさんある。

昔は死はもっと身近な存在だったが、最近では死というものがあってはならないことのように思われている。畳の上で死ねない時代になったといわれるが、その傾向はますます強まっている。

今では機械に囲まれて死ぬことが少なくない。わたしたち医者は患者の回復を願い、全力を尽くす。とっさに人工呼吸器をつけ、延命治療をすることもあるが、「このような治療は望んでなかった」と言われることもある。

幸せな死とはなんだろうか。生と死について描かれた『いのちの時間』という絵本がある。機会があればぜひ読んでほしい。

 

平原先生は救急の現場で日々大変なご苦労をされていますが、お話しするときはいつも柔和で優しい方です。『いのちの時間』という絵本は読んだことはありませんが、探して読んでみたいと思います。

 

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久々にRessarさんのメールをご紹介します。「Ressarさんは最近どうなの?」と僕に話しかけられる方も数名いらっしゃいまして。調子がどうかは詳しくはわかりませんが、彼女の文面からはきついであろうことは窺えます。でも彼女の文章にはひとを優しく、そして勇気づける力があると読むたびに感じます。彼女の持つパワーに感謝です。

 

こんばんわ。
心配していただいていたのに、その後の報告ができずにすみません

 

(中略)

昨日は、消化器外科の先生のところへ受診しました。在宅医の先生が、大学が無理なら、消化器外科でかかっている先生に治療継続証明をもらってほしいということであり、そのお願いと薬も切れていたのでもらいにいったんです。治療継続証明書を書いてくれるか不安でしたが、、すぐに、「書きますよ。向こうの先生から手紙がきたら、郵送しときます。」とおっしゃってくださいました。やっぱり、診てきてくれた先生だけあります。この時は、先生が神様に見えました

しかし、残念なことを聞いたんです。
『うちね、今月いっぱいで休院するんですよ。しばらく休むので、薬は2カ月分出しとくよ』
もうかなりの御歳で、足も悪く、老体にはきつくなってきたらしい。おまけにCTの機械が壊れてちょうど修理の人が来られていました。機械も壊れたし、直すのもお金がかかるし、いろんな制度が出てきて、自由に診療ができにくくなった。新制度にもついていけないし。もうそろそろ引退時かな、みたいなことを言っておられました。自分がやめた後の、薬の処方せんは、在宅医の先生に任せるか、病院を紹介しますよ、と言ってもらったのですが喋り好きの先生で、あまり患者さんもいないから、私が行ったら必ず34時間は診察室に閉じ込められていました。カルテにも様々な面白いことを書いている実にユニークな先生でした。私も、喋るのが長いから、調子のよいときでしか、行けなかったけど、先生とお話するのがとても楽しかったんです。いろんなことを教えてくれるし、質問にも答えてくれて、その人にあった薬を処方し、適切な対応をしてくださる。

なのに再開の目途が立たない状況に、とても残念に感じます。

そうやって、一番患者にとって安心できる地域病院、開業医が、現代の医療制度の改悪によって、どんどん追い詰められ、切られていくのが、現状ですね。
生きるか死ぬか。
生き残るのは、高度設備を併せ持った大学病院や総合病院。難病患者や高齢者を診ている在宅医療を支えている、地域病院はどんどん窮地に追いやられる。

こんな日本で、本当にいいのだろうか?国会で議論すべきことは、今している議題ではないはずです。

治療証明書の件で、ひどく落ち込んでいた私に、「ちゃんと書いて、郵送しときますからね。」と、やさしい言葉をかけてくれました。「あなたも若いのに、小さいときから難しい病気と戦って。実はねぇ、うちの娘が……」ご家族のことやほかの病院のスタッフのことなど、
面白い話を聞かせてくれ、いつも笑顔をもらっていました。

ずっと休まれるわけではないようだけど、でも、廃院することも否定しておられなかったです。ここがなくなってしまうのは、とても残念。

こども病院を移ってから、消化器ではこちらで診てもらう予定で、何度か受診したことがあるだけに、残念としか言いようがない。また、祖母の代からお世話になっていた老先生で、喋り好きな点がちょっとネックでしたが、それでもとてもいい先生でした。

よい先生は、みんな辞めていかれる。
なんでなんだよぉ……。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。

長年患者さんのために、ご自身の体を酷使してまで、努められたから、先生の体も、限界なのかもしれません。患者としては、もっともっと先生の診察を受けたかったけれど。でも、また戻ってこられることを、信じています。

(中略)


恩師に、善は必ず悪に勝つと教えられたけど、本当にそう
世の中は悪の方に、向いて行ってる気がするのは私だけでしょうか

本当にいろんなことがあり、祖母や祖父のことも、私自身のことも、一気に重なり、今日はさすがに起き上がって話をするのもつらく感じてしまいました
私にはもう何もできないんだと思います。
無念です。。

Ressar

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