山形の地にて『おくのほそ道』研究の第一人者、梅津保一先生のお話を聞きました。
松尾芭蕉さんは『旅の途中で死にたい』と常々思っていて、俳句のお師匠さんの23回忌の年に東北(あの世)を旅することを決めたのです。現在の三月二十七日、隅田川を三途の川として、この世である此岸(しがん)、場所は深川、で仲の良いひとたちと一夜送別の宴をし、みんなで隅田川を、当時橋はあったけれど、舟で渡り、あの世である彼岸、場所は千住、で皆に見送られながら、あの世のひとたちに会う旅に出たのです。そのときの留別(見送られる側)の吟が
行く春や鳥啼き魚の目ハ泪
春は昔の人にとっては特別。春は大好き。夏は疫病は流行ったりして大嫌い。その大好きな春がもうすぐ終わる。鳥は啼き、魚の目も泪になっちゃった、という句。魚は泣かない、なんて言っちゃダメ。また普通なら、「魚の目ニ泪」と言うところを「目ハ泪」と言ったことでこの句は世界を唸らせる作品になったのです。この一文字が重要なんです。
そんな梅津保一先生の話はとても楽しかった。芭蕉さんは旅立ちで葬式をし、あの世に旅に出たのです。梅津先生は言います。元服は子どもの自分が死んで大人の自分が生まれる儀式。結婚式で花嫁は白無垢を着るが、あれは死に装束。娘である自分が死んで、衣替えをしたところから、相手方の妻として生まれる。お寺に行きあの世を体験する。

昔のひとは精神的に死んだり生まれたりを一生の中で何度かしていたんだなぁ。そういう術を現在にも取り入れれば自殺したり思い悩んだりしているひとたちで救われるひとも多いのではないか、と思いました。そうすれば『人生一度きり。やり直しがきかない』というプレッシャーやあきらめから解放されますからね。
※写真は立石寺(通称山寺)です。
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