僕は4年間、生化学の教室で大学院生として研究生活をしたことがあります。分子生物学という分野です。僕の場合は医学博士号を取ることが目的でしたから、テーマは教室から与えられ、その結果をきちんと出すことが仕事でした。僕が行った大学院では、世界に名の通る(ポイントが一定以上ある)雑誌に論文が採用され、また大学内で教授先生方の前で発表して合格、ということになれば、博士号が与えられるというシステムでした。
僕の行った教室は当時、ある物質の研究で世界の3か所ほどの研究室としのぎを削っているところでした。その体系の中のひとつの研究が僕に与えられた仕事。そしてその体系も分子生物学全体からみれば小さなひとつの研究分野に過ぎません。でも何が大化けするかはわかりません。そうして研究者はみんな地道な研究を続けているのです。というか続けられる研究テーマを見つけられたひとはラッキーで、この方向で進もうと思って研究するための環境を整え、走り出したものの行き詰まり、進路を断たれ、次の研究テーマを探すのに苦労されているひともいました。でもその方々は研究者のプロであり、また別の研究方向を探しだされるのですが、僕のように与えられたテーマを与えられた環境でやっていくのがやっとこさの者から見れば『とてもこの世界で僕はやっていけない』と思ったものでした。
そして僕が行った小さな実験の結果が世に出て、研究室のひとつのシリーズが完結したとき、ある会社からこのシリーズの商品化の話がすぐにきたのはびっくりしました。実現はしませんでしたが、小さな研究にまで目を光らせて、どこかに宝がないかと見ている人たちがいるのだなぁと感心しました。
今回、鈴木章先生と根岸英一先生がノーベル化学賞を受賞されたことで、ほんとに失礼な話ですが、研究者の端くれの端くれと呼べるかどうかもわからない僕の話をしてみました。いやぁ、本当に失礼でしたね。すみませんm(__)m
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